第6話 Singing dream
半ば強引な試験の約束を取り付けてから、数日の時が過ぎた。
術を教えて貰ってから、ハツネは何とか物にしようと練習を繰り返している。カナリアはそれを見守り、環境や食事等を整える事でサポートをしていた。ハクロウも、時折顔を出しては細かな所の修正をして更に完璧な形になるように手を貸してくれている。そのお陰か、ハツネの魔法も当初より安定し、形になって来ていた。
「……と。どうでしょう、今回は安定感一番良かったんじゃないでしょうか!」
静かにテーブルに置かれたグラスを見て、ハツネが弾んだ声を上げた。
「凄いです、ハツネさん! どんどん上達していってますね」
拍手を送りながら、カナリアは心から喜んだ。ハツネの技術が上がるという事は、すなわち合格の可能性が広がるという事だ。ツグミの心境がどう動くかなど分からないが、それでも上達した姿を見れば彼女の中で何かが変わるかも知れない。その奇跡にも近い「何か」に、カナリアは一縷の望みを賭けていた。
「より良くする為には直した方が良い箇所もまぁ幾つかあるが……この時間でこれだけ成長出来れば文句は無いな。合格点と言ってもいい」
ハクロウの評価も、悪くない物だった。それを聴いたハツネの表情が、更に綻ぶ。
「本当ですか!? やったぁ!」
「そうやって甘やかすから、詰めが甘くなるんだよ」
手放しで喜び掛けたハツネが、突然の声に動きを止める。声のする方へと視線を向けると、其処にはツグミが立っていた。無にも近いその表情からは、彼女がどんな感情を持ってこの場に居るのかは窺い知る事が出来ない。
「……えっ、ツグミ!?」
「なに。僕が此処に居ちゃいけないの」
冷ややかとも取れる声に、ハツネは慌てた。
「え、あ、いや、そういう訳じゃないんですけど……どうしたんですか? 役目は終わった、って言ってましたし、もう試験まで顔を出さないものと思ってました。だから、その……ちょっとビックリして」
正直な感情を口にしたハツネに対し、ツグミは一瞬躊躇うような顔をしたが、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。表情は変えずに。
「この数日、僕なりに色々考えた。考えて、考えて、考え抜いて……それで出した結論がこれだ。これが正解なのかどうか、僕自身分からない。でも、決めたからには自分を信じる事にした。それだけ」
「ええとつまり……? どういう事でしょう?」
ハツネは首を傾げた。ツグミの説明は何処か内容が曖昧で、何を言わんとしているのかが掴めない。ツグミの性格を熟知しているカナリアとハクロウはある程度の事が推察出来た様だが、ハツネだけは純粋に疑問符を浮かべていた。ただでさえ他人の感情を読み取る事は難しいというのに、それがツグミとなれば付き合いの浅い者に推し量れというのも無理な話だろう。ハツネの反応は尤もであった。
聞き返される格好になったツグミが、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「練習に付き合ってやるって言ってるんだ! 不要なら僕は戻る!!」
「そんな事言ってませんよぅ!」
勢いのまま本当に返ろうとしたツグミを、慌ててハツネは引き留めた。
「……嬉しいです。ありがとうございます」
にこにこと微笑みかけるハツネから照れる様に視線を外し、ツグミは言う。
「間違いも失敗も絶対に許さない。それは変わらないから。覚悟して」
「はい、もちろん! 精一杯頑張ります!!」
こうして念願のツグミ直々の教えを受ける事になったハツネは、より一層練習に励む事となった。だが、それは想像を遥かに超えた厳しい指導の連続であった。少しでも求めるクオリティに届かなければ、即座に修正指示が入る。其処に一切の妥協は無い。間違いも失敗も許さないと言う彼女の言葉を、体現するかの様に。
「違う。もっと集中して。もう一回」
「あの、もう少しだけ、手心を加えて頂けると……」
「僕は師匠とは違うからな。ちょっとやそっとで褒められると思わない事だね」
「そんなあ!」
ささやかな願いは、一瞬で打ち砕かれた。だが。
「……あ、でも回を重ねて上達すれば褒めてくれるって事ですよね」
「それ以上余計な事を言ってみろ、教えるのは終わりにするからな!?」
「ひゃー! ごめんなさいー!!」
傍から見れば言い争いそのものであったが、それでもふたりの間には信頼という物が確かに積み重なっている様に見える。遠巻きに様子を眺めていたカナリアは、そんな光景にふと笑みを零した。
「……嬉しそうだな、カナリア」
それを見られていたらしい。傍で同じ様に弟子達の様子を見ていたハクロウが、不意にそう口にした。そんなに笑っていただろうかと思ったが、そんな感情は些細な物だ。カナリアは素直に頷いた。
「ええ、嬉しいですよ。嬉しいに決まっているじゃないですか。あんなに楽しそうなツグミは、久し振りに見ました」
「……楽しそうか? ひたすら怒っている様にしか見えないんだが」
「微妙な感情に気付けないとは、まだまだですねえ。それでも師匠なんですか?」
「それを言われると反論出来ない気もするが……」
冗談交じりで指摘すると、ハクロウが若干口籠った。流石の師匠も、繊細な感情の機微には疎いのかも知れない。だが彼女が僅かながらも変化し始めたという事実は、彼の目にも確かに映っていた。
「まぁいずれにせよ、一歩は踏み出したって事かね」
「はい。止まっていた時が、漸く動き出したみたいです。あとは試験の結果がどうなるか、ですけど」
「それは……まぁ、あいつの良心に期待するしかねえって事だな」
カナリアは頷いた。考える事は、ふたりとも同じであった。
ツグミが自身で考えた結果、確かに一歩を踏み出した。だが、その先で彼女がどんな結論を下すのかまでは、それなりに長い時間を共にして来たふたりにも読めない。自身が術を教える道を選んだからといって、そのまま合格とするとは限らないのだ。試験の結果も、まだどちらに転ぶか分からない。
「以前は、術が成功しようがしまいが、認めるつもりは無いって言ってましたが」
「なるほど。あいつらしい逃げ方だ」
「でも、きっと大丈夫ですよ。今のツグミなら」
ハッキリと、カナリアは言い切った。僅かに驚いた顔をして、ハクロウが言う。
「随分と、確信を持った言い方するんだな」
「信じていますから。ツグミを。そして、ハツネさんの事も」
真っ直ぐにふたりを見据えて、カナリアは断言してみせた。視線の先で奮闘するふたりの姿には、初めて顔を合わせた頃の不穏さなど無く。何処か輝いてすら見えた。
その目に映る姿が彼にも伝わったのか、ハクロウは納得した様に頷く。
「……そうか。なら、俺もあいつらを信じてやらねえとな。ま、どう転んだとしても悪い様にはならないさ」
「ええ、そうですね」
それは願望だったのか、それとも予言なのか。
それぞれがそれぞれの思いを抱く中、時は過ぎ、試験の日を迎えようとしていた。
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