第17話 ギャンブル鬼アイシス

「さて、みんなはどこに…………あそこか」


 受付カウンターから離れたエベリアが仲間の姿を探す。

 他の三人はテーブルでポーカーをしているようだった。


「うきゃあああああっ! また負けたあああああああっ!」


「フ、雑魚」


 ローナがテーブルに突っ伏して悶絶して、レーナが嘲笑を浮かべている。


「うう……今月のお小遣いが。推しの役者さんの姿絵を買おうと思ってたのに……」


「ローナって賭け事、弱いよね。全部顔に出てるけど?」


 ニコニコ顔のアイシスの前には大量のコインが積まれている。

 ローナだけではなく、テーブルにいる男の冒険者達もそろって項垂れていた。


「畜生……また負けた。アイシスちゃん、オーガ強え……」


「何でこんなに強いんだ……イカサマをしてるわけでもないだろうに」


「クソッ、大勝ちして晩飯に誘おうと思ってたのに……」


 テーブルに積まれているコインの枚数を見るに……アイシスが圧勝。大きく差をつけて次点がレーナ。ローナと男三人は惨敗のようだった。

 意外なことかもしれないが……アイシスは賭け事が強い。とんでもなく強い。

 決してポーカーフェイスというわけでもないのに手札の引きが鬼強いのだ。

 カードの交換無しでロイヤルストレートフラッシュを平気で引くのだから、対戦相手はやっていられないだろう。


(生まれつきの運が良いというか、運命とかに愛されている気がするな……)


 絶対にやってはいけないことだが、然るべき場所で賭け事をすれば家一軒くらい変えそうな気もする。

 やってはいけないというか、ダメ人間になるからやらせるつもりはないのだが。


「三人とも、遊びはそれくらいにしておけ。仕事の話だ」


「あ、エベリア」


「良い仕事、見つかった?」


「まあ、な。その辺りの話をするからこっちに来てくれ」


 アイシスとレーナの言葉に、エベリアが別のテーブルを指差した。


「うん、いいよ」


「待て待て待て! 勝ち逃げは許さねえ!」


 頷くアイシスに、男性冒険者の一人が勢い良く立ち上がって背中の剣を抜いた。

 まさか暴力で負け分を取り返そうとしているのかと緊張が走るが……男は剣をテーブルに置いた。


「この愛剣を賭けるから、もう一勝負してくれ!」


「ええ……それがないと困るんじゃないの?」


「勝てば良いんだ、勝てば! 絶対にアイシスちゃんを負かして、金と引き換えにデートの約束をこぎつけてやる!」


「どんな理由だ。そんなことに剣を賭けるな冒険者」


 エベリアが半眼になってツッコんだ。

 どうやら、この男性冒険者はアイシスに対して好意を抱いているらしい。

 冒険者の命である武器を賭けるのは特殊だが、アイシスを好いている男自体は珍しくもなかった。

 圧倒的な強さを持ちながらも偉ぶらず、奔放で天真爛漫でありながら顔は貴族の令嬢のように整っている……アイシスは王都の男性冒険者の間でアイドルのような扱いを受けていた。


「えーと……私は勝負しても良いんだけど……?」


 アイシスがエベリアの顔を見て、「どうしよっか?」と目で訊ねる。

 エベリアは大きく溜息をついて、処置無しとばかりに首を振った。


「……相手をしてやれ。私達はこっちで作戦会議をしておくから」


「あ、良いの? それじゃあ、私には……」


「誰を殴ればいいのかだけ教えて……だろう?」


「そうそう。敵が決まったら教えてね」


 ニッコリと笑うアイシスに頷いて、エベリアがローナの首根っこを掴む。


「ほら、お前も行くぞ」


「ま、待ってリーダー! 私はまだやれる。まだ賭けられる……!」


「どうせ負けるだけだ。小遣いは使い果たしたんだろう?」


「だ、大丈夫……そう、次は服を。上着を賭ければ……」


「……お前はもうギャンブルをするな」


 スッポンポンになるのがオチである。

 どうして、こんなにギャンブルが弱いくせに嵌まっているのだろう。

 賭け事にまるで興味のないエベリアには理解できない。

 レーナと二人がかりでローナを引きずっていき、別のテーブルで依頼内容について説明した。

 話を聞くと……二人はエベリアと同じように微妙な顔になる。


「エイルーン帝国……大丈夫?」


 レーナが眉間にシワを寄せる。やはりあの国は信用できないようだ。


「百パーセント大丈夫だとは言えないな。だが……一応、ギルドが調査をしたところ、依頼人の貴族には悪い噂を聞かない」


 むしろ、領民に慕われている良い領主とのことだった。

 帝国が腐敗しているのは紛れもない事実であるが、全ての貴族が悪いわけではなかった。


「私は受けても良いと思うわ……お金、ないし」


 ローナは負けが重なった暗い表情のまま言う。

 金が無くなったのはお前の自業自得だとエベリアとレーナは思った。


「エイルーン帝国だって、先代の皇帝までは良い国だったんでしょ? 悪いのは今の皇帝だけじゃない」


「私も同意見だ。報酬は前払いのようだし、受けて良いと思う」


「……二人が良いなら、私も問題ない」


 ローナが頷いて、この依頼を受けることが完全に決まった。


「アイシスは……まあ、聞くまでもないか」


 アイシスにとって重要なのは誰を殴るかであって、依頼人になど興味はない。

 エベリアが視線を横に向けると、いつの間にか男性冒険者三人がパンツ一枚で土下座をしていた。

 アイシスが困ったような顔で彼らを見下ろしており、勝負の結果は明白である。


「……明日はエイルーン帝国に遠征だ。このパーティーでの初めての国外遠征。絶対に成功させようか」


 エベリアが締めて、この場はお開きになった。

 その日は依頼を受けることなく引き上げることにしたのだが、帰りにレストランに寄ることにした。

 あぶく銭を手にしたアイシスが奢ってくれたため、ローナが少しでも負けを取り戻すためにデザートを三品も頼んでお腹を壊すことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る