第9話 コボルト狩り


「…………」


「嘘」


「嘘でしょ?」


 ありえないやり方で敵を瞬殺したアイシスに『戦乙女の歌』の三人が唖然とする。

 いくらコボルトが弱いモンスターとはいえ……生き物の頭部を、硬い頭蓋骨をあんな簡単に破壊できるものなのか。


「みんな、どうしてそんなに驚いているの? 私、変なことしてないよね?」


「あ、ああ…………問題ない」


 頭を失ってゆっくりと倒れるコボルトを見つめながら、エベリアは顔を引きつらせた。


「君は……予想以上に強いんだな。感心したよ」


「これくらい楽勝だよー……あ、また出てきた」


「ガアッ!」


 再び、コボルトが飛び出してきた。アイシスが即座に拳を振るって撃破する。


「問題ないね。それじゃあ先に進もっか」


「…………ああ」


 その後も、森を進むごとにコボルトが飛び出してきた。

 現れるモンスターをアイシスが拳を振るって危なげなく倒していく。


「えいっ」


「ギャンッ!」


「やっ」


「グギャウッ!」


「とおっ」


「ギャフウンッ!」


「よし、やっつけた! 冒険者としての初仕事……簡単なので良かった!」


 次々と現れるコボルトを殴殺しながら、アイシスは労働の清々しさに笑顔になっていた。

 森からモンスターが出てきたら殴って倒す。出てきたら、殴って倒す。

 一匹だったらパンチ一発。五匹だったらパンチ五発。

 こんな簡単なことでお金がもらえるのだから、冒険者とは良い仕事だとアイシスは心から思っていた。


「あ、アイシスはアレだな、すごく強いんだな」


 エベリアが若干、引いた様子になって訊ねる。

 エベリアとレーナ、ローナもコボルトに応戦してはいるのだが、もっとも多くの敵を撃破しているのはアイシスに違いない。


「新人冒険者だと聞いていたけれど……もしかして、冒険者登録をする前からモンスターと戦っていたのか?」


「うん、故郷でもいっぱい戦ってたよ。パパが騎士だったから色々と教えてもらってたの」


「騎士……さぞや名のある騎士だったんだろうな」


「有名かどうかはわからないかな? ロベルト・ハーミットって名前なんだけど」


「ロベルト・ハーミット!」


 アイシスの言葉に反応したのはレーナである。


「王都武術大会、奇跡の五連覇! 武器を持たぬ騎士、拳聖、モンスター殺し……伝説の騎士!」


「ちょ……落ち着きなさいよ! 急に大声出したらビックリするでしょ!?」


 すぐ横で騒ぎ出したレーナにローナが両耳を押さえて抗議する。


「えっと……私のパパって有名人なの?」


「すごく……!」


「ごめんね、アイシスさん。レーナってば武術家マニアなのよ」


「武術家マニア?」


 ローナの謝罪にアイシスは首を傾げる。聞いたことのない単語である。


「名のある戦士とか武闘家のサインとか壊れた武器とかを収集しているの。変な子でしょ?」


「……ローナだって役者のサインを集めている。ホストにお金を貢いだりしてる」


「それは別に良いでしょ! 格好良い男の人を追いかけて何が悪いのよ!?」


 レーナとローナが口論を始める。

 言い合っている姉妹から視線を逸らして、エベリアがコホンと咳払いをした。


「……なるほど。名のある武人から指導を受けていたわけか。それならば、先ほどの強さも納得ができる」


「うん、パパはすっごく強いよ……女の人の趣味は悪いけど」


「うん?」


「何でもないよ。それよりも……犬のモンスター、すっごくたくさんいるね? もう二十匹くらいやっつけたんじゃない?」


「そういえば、そうだな……依頼書によると十匹前後という話だったが……」


 ギルドの依頼内容と現実が食い違っているのは良くあることである。

 だが……さすがに倍以上もモンスターの数が違うのは、そうはないことだった。


「もしかすると……変異種がいるのかもしれないな」


「変異種?」


「ああ。共食いや突然変異が原因で生まれる、より上位のモンスターのことだ。変異種は下位のモンスターを集めて統率する能力があるから、報告よりも群れが大きくなっていたとしてもおかしくはない」


 ゴブリンロードというモンスターが万を超える数のゴブリンの大群を率いて、一国を滅亡に追いやったこともあるという。

 もしもコボルトの変異種が生まれていたとすれば、コボルトが短期間で数を増やしていてもおかしくはなかった。


「ハイコボルトかコボルトナイトか……変異種がいるとすれば、群れも百匹以上に増えていたとしてもおかしくはない。私達の手に余るな」


「ふうん? そんなに大変な事なんだね?」


 アイシスが不思議そうな顔をする。

 エベリアは「もちろんだ!」と断言した。


「大変な事なんだよ! とりあえず、今日のところは撤退してギルドに報告を……」


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「ッ……!?」


 森の中から、野太い絶叫が四人に浴びせられる。

 咆哮が響いてきた方向からバキボキと木々がへし折れる音がして、何か巨大なものが接近してきた。


「退避! みんな、森の外まで……!」


「グガアアアアアアアアアアアアアッ!」


 エベリアの撤退命令はわずかに遅かった。

 木々を薙ぎ倒し、黒い体毛に覆われた巨大なコボルトが眼前に出現した。






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