覆面からはじめましょう?
渡貫とゐち
◯◯を隠して。
俺のことが好きだと言ってくれる女の子がいるらしい。
友人の友人で、全ては仲介してくれている友人の発言に過ぎない。
そもそも実在するのか? と何度も疑った。期待させるだけさせて実はそんな女の子はいませーんっ、なんて言われても、ショックは受けないだろう。だって信じていないのだから。
一年中がエイプリルフールだと思えば、あいつの虚言にはすぐに慣れるものだ。
俺を好きだと言ってくれる女の子がいるか?
いや、いないと強く否定することでもないのだが……。
やっぱり疑うだろう。
今の俺に、相手を魅了するなにかがあるとは思えなかったから。
『一回だけでも会ってみればいいじゃん。嘘でも、お前は損をしないだろ?』
「貴重な時間を使って嘘に付き合えってのか? 嫌だよ。俺は勉強がしたいんだ」
『こういう時だけ勉強を理由にしやがって。常日頃から勉強勉強の意識があれば、大学を留年することもなかったんじゃねえのか?』
うるせえ。
これが俺のコンプレックスでもある。
大して有名でもなく、レベルも低い。試験を受ければ受かるような大学だ。
そこで留年するというマイナスのレッテルが、どれだけ自分の自信を奪っていくか……。
底辺大学で留年は、年下のアルバイトに仕事場で毎日説教されている、と同じくらい惨めではないか……?
だけどそれが今の俺の人生だ。仕方ない。受け入れるしかない……。
受け入れたからこそ、俺は留年しながらもまだ大学に通っている。辞めることも考えたが、辞める方がダサいと思って在籍を続けている。留年も退学もダサいが、マシな方を選ぶしかない。
マシな方を選んでも、コンプレックス度合で言えば同じことなのが不思議なものだ。
『で、会うか? 相手は会いたがってるんだよなあ……。なあ、オレの顔を立てると思って会ってみてくれよ。頼むっ!』
あいつのことだから、「オレに任せとけ!」と大口でも叩いたのだろう。
俺とその子を引き合わせることであいつになにかしらの得があると思うと従いたくないが、強情になって突っぱねるほどの案件でもないように思える。
表面だけ見れば、俺に好意を寄せてくれている女の子がいて、その子が俺に会いたいと言ってくれている……マルチ商法か?
それとも情報商材……もしくは宗教の勧誘……?
可能性、大だった。
まさかとは思うが、美人とは思っていないけれど、仮に美人だとしたら勧誘にしか思えない。益々、俺なんかを好きだと言ってくれている理由が分からないのだ。
「お前さ……俺のことを脚色して話しただろ? もしくは加工した写真を見せたとか? 盛るのはいいが創作するのはダメだ。その子の中での俺の像は、一体どんなイケメンなんだ!?」
『? お前のありのままを話しただけだぞ?』
「嘘つけ! 昔からの知り合いならともかくっ、まだちゃんと会ったこともない相手だって言ってただろ!? そんな子が今の俺を見て食いつくわけがねえだろ!」
『いるんだなー、それが。まあ、つべこべ言わずに一回だけでも会ってみろって。あ、そうそう、お前って確か内面重視だよな?』
「あ? ……あぁ、まあ。顔でその人の良し悪しを決めるつもりはないよ。俺がされたくないんだから人にもしない。美形だから良いとか不細工だからダメとかはないよ」
『じゃあ先に内面だけで攻めてみるか?』
「はあ? どうやるんだよ。画面オフにしたリモート通話で会うとか?」
『それだと現場の空気感が分からないだろ。お前はそういう肌感に頼るタイプだしな。文字だけのやり取りだと上手くいかないのと同じで、きっとリモートでも上手くいかない。だったら顔を突き合わせて喋った方がいい。無言でも分かることもあるって、お前が言ったんだぞ?』
「…………言ったけどさ」
『じゃあ日曜、空けておけよ? 予定が決まったら連絡する』
了承したわけでもないのに、俺がその気になったと思っているらしい。
通話が切れてしまった。かけ直して断るのも面倒なので、このまま身を任せてしまおう。
あーだこーだと言ったが、やっぱり好意を寄せてくれているというのは嬉しいものだ。
それが美人だったら尚更……いや、微妙だな。
相手が美人だと隣に立つ俺の存在がネックになってくる。劣等感の塊。人間のクズだ。釣り合わない男の代表格。あぁ……一旦、俺という人間を白紙にしてしまいたいが、無理だ。
俺は、自分というもはや色の置き場もないカンバスに新しい色を重ねていくしかない。
なにを乗せてもぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。
「日曜……予定があったんじゃなかったか?」
スマホを開いてスケジュールを見る。なんにもなかった。
今月も来月も、空欄しかなかった。
「はじめまして、
「…………はじめまして、
オシャレな喫茶店で待ち合わせだった。
セッティングしてくれた友人からは、「いつも通りでいいぞ」と言われたが、さすがに女の子と会うのによれよれのジャージというわけにもいかない。
そのため、バイトの先輩にオシャレな服を借りた。
俺に似合っているかどうかは二の次だ。今は服装さえ一定のクオリティがあればいい。
極端なことを言えば、スーツでくれば確実だが、さすがに相手を緊張させてしまうと思ってやめておいた。これは商談じゃないのだ。
相手が勧誘目的なら似たようなものかもしれないが。
「きてくれて嬉しいです。杵川さんには断られると思っていましたからっ」
語尾にハートマークがつきそうなほどに好意がだだ漏れだった。
え、なにこれ。ハニートラップですよと自己紹介しているような明け透けさだった。
隠す気がねえじゃん。
「はぁ……。まあ、暇でしたからね。それに、せっかくのお誘いだったので……」
「嬉しい……っ」
恥じらう彼女。
だけど彼女の顔色は窺えない……だって、覆面を被っているんだもの。
鼻と口元だけが見える黒い覆面だ。
喫茶店内に覆面少女……シュールな絵面だ。
覆面以外を言えば、お金持ちのお嬢様のような服装だった。胸元が大胆に開いていて、谷間が見える。でっか……ッ、な、胸が目の前にあった。覆面だった。
彼女の仕草は、ザ、女の子って感じでいちいち可愛らしい。メニュー表を取る時も「うんしょ」と小声で呟き、驚いた時は声だけでなく体全体で表現している。
指が細い。爪もピンク色で、肌もすべすべそうだった。
すると彼女――愛さんが「手、おっきいですね」と言ったので「そうかな?」と自分の手を見る。と、彼女が自分の手を向けてきた。
「合わせてみましょうよ」
「……うん」
合わせてみると、俺の方が大きい。というより、彼女が小さいんじゃないだろうか?
冷たい手だった。触れた時に彼女が小さく「きゃあ」と喜んでくれた? ので、俺は緊張から抜け出し、ちょっとはこの状況に慣れてきたのかもしれない……覆面だけど。
覆面だ。覆面を被っている……なんで?
「たくさんお話しましょうよ、杵川さん」
その後、一時間ほど喫茶店で話した後、盛り上がった俺たちはカラオケへいくことになった。趣味が合うことが分かり、カラオケで歌う曲も似たり寄ったりだった。
完全に一致しているわけではないので、俺が知らない曲を彼女が聞いていたり、その逆もあり……。同志を見つけたと同時に新しい刺激を受け取ることもできた。
彼女との一日は、とても楽しかった。
「きっくん! 今度一緒にライブにいこうね!」
「おう。愛ちゃんのおすすめのバンド、また教えてくれよな」
「うんっ!!」
楽しんでいるとすっかり夜になっていた。繁華街でネオンが照らしてくれているとは言え、やはり暗いことには変わりない。彼女は足下の段差に躓き、俺の胸に抱き着いてくる。
「覆面被ってるからだよ。……ところで、それはどうして外さないの?」
顔にある大火傷とか、もしかしたら顔面タトゥーとか……触れてはいけないことなのかと思って、彼女から話すまでは触れていなかったが……さすがに限界だった。
このままお別れは、モヤモヤする。
せっかく仲良くなれたし……俺も、愛ちゃんのことを好きになっているし、彼女の顔くらい見たい。たとえ不細工でも、これだけ盛り上がったのだから今更引くことなんてない!
そもそも、不細工な彼女を見て嫌がるって、どの立場のクズが言っているんだって話だ。
「…………」
「あ、いや。外したくなければいいんだよ?」
「いえ、外しますね。きっくんが、苦手かなと思って隠していただけなので――」
「苦手?」
「はい。だってお兄ちゃんが、きっくんのことを色々と教えてくれたんです。美人さんが相手だと釣り合わない自分に引け目を感じて、距離を取ろうとするって。美人顔を先に見せてしまうと仲良くなれたはずの同志でも上手くいかないからってアドバイスをしてくれて……。だからわたし、覆面を被ってきっくんに会ったんです。深いところまで意気投合してしまえば、きっくんはどんな絶世の美女でも、もう緊張したりしないはずだってっ」
彼女が覆面を取った。
ばさ、と溢れ出てくる小麦色の長い髪。
整った顔はあどけなさを残しつつも大人の色気も兼ね備えていた。
そう言えば年齢は聞いていなかったけど……、女子高生?
「大学一年生です。なったばっかりです!」
「そうなんだ……童顔、だね……」
「よく言われます」
「あと、目元とか、あいつにそっくりだ……」
「そうですか?」
お兄ちゃん、か。あいつの妹。確かに、ちゃんと会ったことはないが、兄から俺のことを聞いていてもおかしくはないし、遠目から見ていたならば納得だ。
昔の俺を知っているなら、堕落する前に惚れて、それが今も続いている、ということも……。
「そんなわけないだろ」と、否定するほどのことでもない。
こんな俺に惚れてくれる子なんて……。確かにハニートラップでなければ、彼女だったら俺に好意を寄せてくれていることにも納得だった。
覆面も、俺に配慮をしてくれていた。
目の前の美少女と最初から対面していれば、俺は理由を付けて彼女とは仲良くしなかっただろう。引け目が足を引っ張る。
どうしても俺は、愛ちゃんと一緒になることはできないと決め付けて。
……苦しいまま愛ちゃんと一緒にいたくない俺のわがままで、彼女を理不尽な理由で遠ざけてしまうところだった。
だけど彼女は覆面というアイテムを使い、内面を先に見せてくれた。
心と心が触れ合った後、彼女のことを受け入れた俺は、彼女のことをもう見た目でどうこう感じる線引きを越えていた。
好きだ。大好きだ。この子を手離したくない。そう思えた。
劣等感なんて拭ってしまえばいい。今後、俺の努力次第で彼女と釣り合えるのなら、いくらでも努力をしてやろう。彼女の傍にいられないことが、今はなによりもつらかった。
「きっくんのことがずっと好きでした。わたしを顔じゃなくて、中身で選んでくれますか?」
「もちろん。……俺、頑張るからさ……愛ちゃんに釣り合うような男になるよ。勉強も頑張る、ファッションだって勉強する、顔だって……今よりマシにするからさ――」
だから待ってて、と言う前に、愛ちゃんが俺の鼻をちょん、と触った。
むす、とした愛ちゃんはとても可愛かった。……じゃなくて、なんで怒ってるの……?
「きっくん? わたしだって、顔や肩書きで好きになったわけじゃないんだからね?」
俺が愛ちゃんを中身で選んだように、愛ちゃんも俺のことを中身で選んでくれたのだ。
顔じゃない。顔が良いから、悪いから――そんなことは判断材料にしていない。
今更、プラスになってもマイナスになることはないのだ。
結局、中身重視の俺が、いちばん顔を気にしていた。
目、どころか顔を覆いたくなる……その覆面を被りたくなる……。
「うぅ、恥ずかしくて、その覆面を被りたい――」
冗談で言いながら手を伸ばすと、愛ちゃんが覆面を胸に抱いて隠した。
大きな胸がぶるんと揺れた。
「え?」
「だ、ダメだよ? だってわたしがずっと被っていたんだから……その、匂いとか……汗とか……」
「…………」
「だから被るのはダメっ、絶対にっ!!」
気にしないよ全然被れるよ、と言いかけたけど、咄嗟に口を閉じた。
さすがにこれは変態だった。
……でも、愛ちゃんは…………変態でも愛してくれるかな?
…了
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