第16話 意外に過ぎる『汗血馬の乗り手』の真実
「おい、出来損ない!」
誠の視線の下でガラの悪そうな女の子の声がした。誠は我に返って視線を下におろす。少女が立っている。
先程から誠を見つめていた、小さな少女だった。誠と目が合うと誠を挑発するように自信に満ちた笑みを浮かべている。先ほどは遠くてよく見えなかったが、彼女の着ている服は東和警察の夏服である。
「あのー君」
誠はいいお兄さんを演じるべく、腰をかがめて目の前の小さな女の子の視線の高さに合わせた。
「どこから来たのか知らないけど、ここは関係者以外は入っちゃいけないんだよーわかるかな?」
そう言いながら、誠は目の前の女の子を観察した。
年のころは八歳ぐらい。黒い髪で後ろ髪をおさげにしている。顔は整っていて、『美少女』と言えなくもないが、その目はランランと鋭い眼光を放ち、にらみつけるようなその視線は彼女のガラの悪さを表しているように感じられた。
「使えねー奴は考えることもおめでてーんだな。アタシがここにいるのは関係者だからに決まってんだろ?馬鹿じゃねーか?こういうところに出入りする人間じゃなきゃ、こんなもの持ってねーだろうが!テメーの頭にゃ八丁味噌が詰まってんのか?」
少女は完全にあきれ果てて軽蔑しているような口調でそう言った。さすがに日頃は穏やかな誠も、ここまで罵られれば、しつけのために怒鳴りつけたくもなる。ただ、少女がそう言って自分の右腰を叩くのが気になってそちらに目をやった。
革製のポーチが腰のベルトにぶら下がっている。誠も新入りとは言え軍の関係者である。そのポーチの中に何が入っているかの察しぐらいはつく。
「拳銃……」
誠は絶句した。
東和軍の関係者は日常勤務では拳銃は携帯しない。このビルで銃を携行しているのはこの駐車場のゲートの警備員と、この建物の入り口に立っている警備員達ぐらいである。
あえて彼女が拳銃を携帯している理由はと言えば、『同盟司法局』とか言う警察組織に所属している『特殊な部隊』の隊員だからだと誠にも推察できた。
「なんだよ、銃ぐらいでビビッてんのか?うちじゃあこんなもん年中見ることになるぜ……まあ、年中持ち歩いてるのはうちでは一人だけだけどな」
青ざめつつある誠を見下すような口調で少女はそう言った。誠はどうやらとんでもない現実を目の当たりにしているらしい事実に気が付いた。
「すいませーん。お嬢さんのお名前は何と言いますか?」
とりあえず誠は最低限の敬意と心の準備をしながら少女に尋ねた。
「アタシを知らねーのか?軍の関係者だろ?教本とかで習わねーのか……最近の東和宇宙軍はなってねーな……アタシの前いた東和陸軍もひどかったが宇宙軍は平和の守りだろ?ったく東和の連中は頭んなかお花畑で嫌になってくんぜ」
少女は誠ではなくその攻撃の矛先を『東和宇宙軍』と言う組織に向けるという斜め上の発言をして誠の顔をひきつらせた。
「もしかして……クバルカ・ラン中佐(本人)なんですか?」
その言葉は誠も口にはしたくなかった。どう考えても『ガキ』である。それが、『エース』で『人類最強』である事実を認めるほど誠の脳内はお花畑では無かった。
「そーだ!アタシが『汗血馬の乗り手』の異名で知られる『人類最強』のクバルカ・ラン中佐(本人)だ!」
誠は脳内のすべての神経回路が焼き付く音を聞きながら目の前の信じられないランの発言を受け止める心の準備をしていた。
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