第20話 ヒュドラ釣り ⑥

 半端にダンジョンの中に居たままではヒュドラは完全に弱体化しない。そのため、ヒュドラが完全全身をダンジョンの外に出る機会を待ち続けたアミラは鬱憤を晴らすように魔力の衝撃波を放出した。

 衝撃の波動はアミラとヒュドラの間の地面を引き剥がしながら標的へと叩きつけられる。

 釣針に手一杯だったヒュドラは、不意の衝撃に対応できる訳もなく直撃を受けた。意識は釣針との格闘に向けられていたヒュドラにはかなり手痛い初手だったことだろう。

 ピンと九つの首を仰け反らせたヒュドラは、そのまま前のめりに横たわる。


 「計画通り……だね!」


 モンスタークリーチャーの後方で待機していたダリアはすぐさま爆音と共に投網を発射した。

 それも一発だけではない続けざまに、四発の投網の砲弾を発射する。射程距離も計算していたのだろう、接触する直前に球体だった投網が広がるとヒュドラを包みこんだ。

 言語化できない喚き声を発声しつつヒュドラは大きく首を振り回し抵抗するが、投網が魔力を放出しその何倍ものの重量として覆いかぶさった。身動きのとれないヒュドラは重力に叩きつけられるようにして強く伏せた。

 無造作に近い状態で投げ込まれた網の中から抜け出すために顔を出そうとするヒュドラを発見し、アミラはすぐさま剣を構えて駆け出した。


 「ダリアさんは、タスクさんを回収してください! このまま決着をつけます!」


 ここには魔力を付加して肉体を強化できる仲間はいない。それにも関わらず、アミラは常人離れした脚力でヒュドラの首元へ接近し剣をその首に這わせた。


 「やった!」


 噴出する血飛沫にダリアは勝利を確信する。しかし――。


 「——まだ浅い」


 舌打ちをと共に見ると文字通り狙ったはずの首は首の皮一枚で切断されることなく、胴体にくっついたままだった。


 「追撃しますっ」


 血飛沫の中に突撃しようとしたアミラをタスクを重そうに抱えたダリアが制止する。


 「駄目だよ、アミラ! 血の中には微細な毒が混ざってるかもしれない、あれだけ大量の血液を浴びたら次に感染するのはアミラかもしれないよ!」


 「くっ……しかし、このままでは……」


 確かに天高く噴出する血の中には毒物が混入されている恐れがあった。急停止しつつヒュドラの様子を伺うと、魔力の網の効果が薄れてきたのか全身を使っての抵抗に体にまとわりついた網がずれてきている。そう時間も掛からない内に、網から逃げ出したヒュドラがダンジョンに帰還してしまうことだろう。

 ならその機会は一度だけだ、血飛沫の止まったその刹那にかけるしかない。


 「ダリアさん、網が抜けた瞬間に全力で行きます。少しだけ相手の動きを止めることはできませんか。一瞬だけの僅かな時間でいいんです」


 ずるずると引きずりながら気を失ったタスクをダンジョンから離したダリアは肩で息をしつつ、馬車の中に乗り込んでいた。


 「任せて、こういう事もあろうかと強烈なやつを持ってきてるよ!」


 小道具のように用意された紐を内側から引っ張ると荷馬車の天蓋部分が歯車の音を立てながら自動で内側へ収納された。そして、荷馬車の上に表れたのは別のモンスタークリンチャーだった。

 投網を放ったものに比べると砲身は長く、シャープなその姿は獲物を狙うサメやコンドルの頭部のようにも見えた。

 地面に設置していたモンスタークリンチャーと違い、そのもう一台のモンスタークリンチャーは巨大なネジで荷馬車に固定され前の御者用の椅子が反転しそのまま座席として機能をしていた。


 「こいつはモンスタークリンチャーをより一層実践向きに改良したものさ。名前は、コトヒキアンサラー。アンサラーて呼んでくれていいよ」


 興奮気味に舌なめずりをするダリアと異様な姿に変形した馬車の姿を目にしたアミラは思わず声をかけた。


 「それ、大丈夫なんですか!?」


 「もちろんだよ、普通に引き金を引いたら反動で地面が吹き飛んで照準なんて定まらないけど、ここにユニコーンのレイティシアの脚力が加わることで反動を抑えることができるのさ。だからこれは、レイティシアと私と釣具屋コトヒキの全員が一つになることがで完成する武器なのさ」


 「す、すごい……のかな? そ、それより、信じていいんでしょうかっ」

 

 「何度も言わせないでくれ、もちろんさ。ここから先は首以外を吹き飛ばすつもりでいくから、アミラもそのつりもでね! むしろ、君の方こそ信じていいのかな? ここで結果を出せるのはアミラだけだ。そんな君が失敗したらセフィアは死に全てを託したタスクの期待を裏切る。その覚悟に報いる勇気はあるのあかい!?」


 煽るようなダリアの発言にアミラは下唇を強く噛んだ。悔しいからとか恐怖だとか反論できないとかではない、ただただ僅かでもダリアから実力への疑惑をかけられたことに腹が立ったのだ。

 魔法釣具ソルティアを構えた。私はクルスの相棒だ、数分先の未来なんてどうでもいい。今は一分先の未来でヒュドラの首を叩き落とす瞬間を考えればいい。そんなあまりにシンプルで、一直線の感性は最も彼女らしい作戦であり彼女らしい思考。


 「愚門過ぎて耳が痒くなりましたよ。ごちゃごちゃうるさいです、むしろダリアさんが私の邪魔にならないか心配です。どんな武器は知りませんが、バンバン撃ってください。でもまあ……そんなものお構いなしに、私は首を斬り落とすだけですよ」


 満足そうにほくそ笑むダリアの顔を見ることなくアミラは剣に魔力を込めた。それはソルティアが魔力の衝撃波を放つ以外のもう一つの性質——変質の力を行使するためだ。


 「行きます、魔法釣具ソルティア解放」


 片手で握っても充分な剣ソルティアを両手で握りなおしたアミラは刃部が顔の正面にくるような形で眼前に構えた。


 「変質の能力は単に剣の長さを変えるだけではありません、それなりの精神力を消費します。もしかしたら私もダリアさんのお世話になるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」


 返事を確認することなくアミラはそう告げる。

 きっとダリアの耳には届いているだろう。彼女ならこの土壇場で聞き逃すことはない。

 そうこうしている内に身動きを停止していたヒュドラは網をほどき、その巨体を力強く持ち上げた。

 九つの首が持ち上がったその直後、アミラの背後から爆音、それから閃光と共に高速の物体がヒュドラへと向かった。



 「さあ、狼煙を上げるよ! だだだだだだだだだだああああああ――!」


 アンサラーによって砲弾は機関銃のように連続で発射された。引き金になっている部分を右手で持ち、その横に取っ手に左手で支えながらひたすら目の前のヒュドラに連続で高速の銃弾を撃ち込む。それも単なる大口径の弾丸ではなく直撃すると同時に小規模な爆発を起こすものだった。それだけ強力な攻撃を実現させているのは、支えてくれるユニコーンのレイティシアの影の力もあるだろう。

 叩き込まれるような銃弾と爆発、それに誘発された衝撃と爆風によってせっかく網から抜け出したばかりのヒュドラは、強風に耐える木々のようにゆらゆらとその身を揺らして猛攻を受けるしかなかった。

 弾薬は高価でアンサラーは使用後の整備も大変だ。それでも、引き金を引くダリアは友人を助けたいと願った。

 最初はお金の付き合い、相手が御三家の令嬢なら大きな繋がりができたと喜んだ。だが、セフィアという少女を知る内に、その人となりをどんどん好きになっていった。気付けば人付き合いが苦手なはずのダリアは、その子の事を無意識に友人と思っていることに気付いた。

 広く浅い踏み込みすぎない人間関係、それが商売人だとダリアは考えていたが、その中に別の関係性が新しく生まれたのだ。唯一無二の特別な関係性だ。セフィアが教えてくれた、友達は作るものではないできるものだと。

 それなら手放したくない、この世で宝物のようなその陽だまりを絶対に失いたくないのだ。

 商売人としての損得勘定を全て捨て、この弾丸一発一発に手作業で魔力を込めた。奴を殺すことなく動きを停止させるためだ。


 「セフィア、必ずキミを救うよ。こんな私を友達だと言ってくれた、そんなキミにできる精一杯だ」


 半端なモンスターなら、とっくに虫の息だろうが残念ながらヒュドラの生命力はこの程度で尽きるものではない。

 引き金に掛かっていた抵抗力は一気に軽くなった。だが、ダリアは戦いの終わりに笑顔を浮かべた。


 「弾切れだ……。私は過去を守るために戦った、アミラは次は未来を切り開く番だ!」


 祝福にも似たダリアの言葉を受けたアミラはその期待を背に受けて標的を見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る