第46話* 単なる普通の妹でいいから、『妹のままでいさせて』④
遺書を作り上げ、安堵の表情を浮かべる
これで良し。さあ、ここからが正念場……。
諦めないあの人に引導を渡すべき時がきっと来る。
―――だからそのためにも泣かずに演じきるんだ……
「蘭ちゃん、私が確実に動かなくなったらこれを開封してほしい。そしてその内容を絶対に尊重して欲しいと私が言ってた……って、皆に伝えてね」
**
……遺書はしたためた。でも万一蘭ちゃんがあれを渡し逃すとも限らない。
入念に事を運ぶ
だから今は必ずあの人に引導を渡さないと……
今日こそ言うんだ……
今夜こそ……完全な決別を!
*
部屋での看病。
あの決心から何度も言おうとしたものの、二人きりのチャンスが訪れず、また、体調を崩したり複数で世話されたりで機会を逸してきた。
**
そうして半月程も経ってしまった。その焦りから来るストレスもあってか、症状の進行が想像以上に早く、不随範囲がどんどん拡がっていた。
今はかなり話し辛くなる所まで来てしまい、焦っていた。
だがこの日の夕方、父はまだ仕事、蘭が熱を出して母と病院へ。遂に二人きりになれた。
最後の引導を渡す覚悟の
しかし先に切り出したのは
「つらければ話さなくて良いから聞いてて欲しい」
せめて離されてしまった心の距離を取り戻したくて苦し紛れにこう言った。
「疲れて苦しいところすまない……けど、どうして友達じゃないといけないのか、どうも分からなくて……俺、スミレの傍に居たいんだ……」
故にこの状況で
――もう今しかない! 《ズキッ》
「やっぱりそれも……だめ…… 友達にも……なれない……」
「何でそんな!!……もう二度と遠ざけないって約束したのに……」
……確かに。……今なら分かる。蘇ってしまった記憶の……そう、気持ちの大きさ比べした日に誓った……でも、ゴメンね。 《ズキッ》
「それは……今の私は……知らない……」…… 《ズキッ》
「どうして? そこまでする理由は何?」
「苦しいの……居て欲しくないの……本当はこんな姿……見せたくなかった……私だって……こんなだけど……女の子……なんだよ」 《ズキッ》
……ゴメンね、今はお兄ちゃんの優しさにつけ込んで踏み込めないようにするしかないの。
でもこの苦しみもお互いあと少し辛抱すれば……楽になれるはず。あとちょっとだから、一緒にがんばろ。 《ズキッ》
「でも……たのむ……」
―――痛いよ、お兄ちゃん……言うこときかない体よりも、ずっと胸が痛いよ……
ずっと消えたがってた私が今こんなにも胸が痛むのは……きっと大罪を犯すから。そう、
私を守るって言ってくれた約束を破らせてしまうのがつらい……
ちゃんと生きてて欲しいと言われたのを叶えられないのがつらい……
ちゃんと生きることを誓ったのに守らないのがつらい……
これは全て約束の話。
約束を誰よりも守って欲しがってた私が破る罪。それを許してもらおうなんて……これはその罰を受ける痛みなんだ。それでもやめる訳には……
「あの……私の最後の……お願いを聴いて……もらえますか……」
「……最後って」
「―――完全に……他人に……なって下さい」
「俺は嫌だ! どんな姿だろうと君は最高に可愛い澄美怜だ! 恥じる事なんて無い!」
―――何で! 何で分かってくれないの! ならもう本当の事を言う!
「私ね……実は……事件前の……あなたへの本当の……気持ちを……幾つか思い出した……の。そして、一つだけ……言わなかった事も。……それを初めて……言うね……」
……これは、日記にも書いてあった私の最大の隠し事。あなたの、そして家族皆の気が重くならない様に一度も言わなかった真実の話……
「長年、自棄の念……と闘ってた。……それは……知ってるはず……だけど……本当は……普段もずっと……そうだった……フザケて笑ってた時で……さえ……治まってる……フリしてた……苦しかった……んだよ」
―――案の定、
……あの明るく振る舞ってた日々でさえ、全て偽りだったと……?!
「でもそれを超……える愛を貰ったから……あなたの為に闘……い続けてた。どうにもならない……時だけ、力を貰ってた……でもこの体じゃ……キツすぎる。それ……でもそうやって……生きろと……?」
「そんな……俺は結局キミを苦しめただけだったの?……」
……そんな筈ない。それでもあなたのお陰で最高に幸せだったんだよ。それだけは嘘じゃない。
……でもここからは嘘。あなたの幸せの為に。
「もう人形……に……なる私……に……最……期の瞬……間……まで苦し……ませな……いで下……さ……い」
―――百合愛さんは、ああ言ってくれたけど、やはりこの人を解放する事だけが今の私に出来る精一杯の恩返し。
そして私も解放されるの。偉業を成した死ならきっと無念より、それは解放に近いものなはず……
さようなら。楽しい思い出をありがとう。私はそれを抱えて心だけ自由になります……
「次に……会う……と……き……たぶ……喋れ……な……と思……だ……から……最後の……お願い……
「……」
「コレで……他人……だ……ょ……もうあなた……の為……に戦う事……もない分……マシ……な人形……でも……いまま……ぁりが……と……ぅ。
はぁ……はぁ……
つか……れたか……もう……寝るね……」
「そんな……」
家族もいないこんな場面が最後だなんてあり得る筈がない、と暫く放心状態になった
[ ▼挿絵 ]
https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093088855425084
虚ろに響く時計の針音。
心なしか安堵の表情の
……もし人生をやり直せるならこんな人形じゃなくて、ただ普通に生きたかったな。勝手な事ばかり言って来たけど……
今となっては恋人になれなくても良いから、神様にでもこう言いたい。単なる普通の妹でいいから……
“ 妹のままでいさせて ” ――――と。
せめて兄の横でいつもただ微笑んでいる、そんなありふれたものでいい。妹なら死が分かつまでその関係は続けられるのだから。
けど今は話しは別。人形になっても離れてくれないなら辛いけどこうするしかないんだよ。許してね、お兄ちゃん。
そしていつか来世でまた会いたいです。どうか神様、その時はまた誰よりも優しかったこの人の元に、そして病もなく健やかなだだの普通の妹にしてもらえますか―――
……でももし生まれ変わりが無かったら……うん、その方がいいな。そしたら星にでもなって見守ろうか。いや、見守るならお兄ちゃんの守護霊がいいな。それならずっと憑依していられるしね。
そして
天国なら永遠だよね。フフフ。そう思ったら少し気が晴れてきた。悲しくなんてない。
だってあのとき覚悟したはず。さよならを言う時間を与えてもらっただけ。だから……みんな、本当に今までありがとう……。
そんな事を考えていたら、事件後の第2の
―――入院先、記憶が欠けていて驚いたこと。半身動かずショックだった。そして車イス体験。
むしろ団欒が増えて家族の伴が深まったこと。テニスが出来て喜んだこと。
兄にあちこち連れて行ってもらい、たくさん二人きりデート出来たこと。最大のパートナーとして交際を申し込まれたこと。
でも不随の拡大に気付き、敢えて妹になったり、友達になってもらったこと。
……壊れた私の人生はこの1年程度だったけど……一日一日がいつもギリギリ精一杯の燃える日々だったな。
混濁していく意識の中、
[ ▼挿絵 ]
https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093088897118809
この所は身じろいで抵抗する事も無くなって来た。赤子の頃、親のトラブルから火傷を負い、氷漬けになった原体験がこうさせているのは日記から分かっていた。
でも自分の体がいずれ動かなくなる事への暗示だとは思っても見なかった。結局これは本当に予知夢だったのだろうか。
そしてこの悪夢は今や唯一残された顔へと、いよいよ拡大を進めてきた。
さぁ、お別れだよ。
……でもこれで遂に出来たんだ……だってあの優しいお兄ちゃんが私を貶めてまで看病など出来ない筈。
それか、あの遺書がちゃんと渡ったら、義理堅いあの人は誰より大切にしてた妹の最後のお願いを無視する事も出来ない筈。だからもう大丈夫。
……誇っていいんだ。
そう、ここまで兄の幸せを優先して戦った妹なんか居ない。どんなラノべ・アニメ妹でさえも成し得なかった偉業を本当に私は叶えたんだから。
きっと勝ったんだ。誰より愛してくれたあの人にこの命を捧げて。しかもその無事を見届けさせて貰えて……
誰にも知られる事のない真の妹伝説の成就と共に。
あとはあの遺言のように、どうか、声に出す程に泣いて下さい。
それで全てが叶うのです。
これまで本当にありがとう……
お兄ちゃん……
< continue to next time >
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます