第35話 その時、あなたはその想いを諦められますか?
いつもの朝。
お母さんの体調が今イチだから今日もお兄ちゃんのお弁当を作る。蘭は要所を手伝いながら私達の朝食を用意してくれている。
あの頃のような平和な日常。 そして朝の挨拶と共にお兄ちゃんがダイニングに入って来た。
「あれ? マグカップが新しいのになってる」
ピュアな笑顔を放った蘭が、待ってましたとばかりに説明開始。
「あっ、それね、あの東京のアート展に行った時にお姉ちゃんが買いたがってたヤツ。後で買おうと目星を付けてたけどあの脱出騒動で戻れなくて買い逃したから、横浜で同じのを何とか探して買ってきたんだ」
「わー嬉しーっ! でもあれ高かったでしょ? しかもお揃いで3個も ?! 」
「いいの。これはお姉ちゃんへのお礼。それに記念に何か残したかったから」
……蘭ちゃん相変わらず健気だな……ホントいじらしくて可愛すぎる……。
―――でも、こんな愛し過ぎる日常も今の私にはまるで違う世界から見ているようだ……
そう。だって仕方ないんだよ。
『偽りの妹』生活が始まったのだから……。
ダイニングテ―ブルを挟んで向かい合う兄に、仮面を被る
――― 私が実妹じゃない事で恋人になれる可能性が生まれたのは正直嬉しい。かつて兄さんはその優しさ故に私に未練が残らぬよう敢えて恋愛関係を拒んだ。
弱い私はその言葉を受け止めきれずに傷ついてしまった。いくら妹として愛してくれると言われても、結局兄さんへの気持ちを止めるなんて出来なかった……。
「そうそう、この前スマホに送ってくれたアニメオーケストラのパンフ、ありがと。面白そうだよね」
食パンをかじる兄へ白々しいやり取りで話を逸らす
……あの告った日に兄さんは、『別れ』もある恋愛ではもしもの時、救えなくなる。そしたら私は最悪消えてしまう。
だから好き嫌いの対象にしたくないと言ってこの恋を封印してくれた……。
「
……優しい人。こんなお邪魔虫を誘っても何の得も無いのに。はぁ……にしても自分だけが『
こんなに想いが募った人に対してこれ以上空しい事はない。もう全部ぶちまけようか。それも今この場で……
―――どんな顔をするかな……なーんてね。
ま、どっちにしても『あの障害』が残ってる限り状況なんて変わりっこない。ああ、もう障害が吹き飛ぶくらいの大事件でも起きないかな。
だってそれなりの事情があれば駆け落ちだって覚悟するって言ってくれたんだから……
「うん、あのコンサートなら私も興味あるし……蘭ちゃんとでも行ってこよっかな」
「やった一! お姉ちゃんとコンサート! 行こ行こ !! 」
ふふ、お兄ちゃん驚いてる。あなたとなんか行ってあげませんよ~だ。……だって……どうせもうあの人と……
……ああーっ、また嫉妬だ。もうやだ……こんな私。こうなったらやっぱり兄さんにも義理の兄妹と知ってもらおう。
実は私達が他人だと知った時、この人はどう出るのかな……少なくとも私はダメだった理由を全て『妹』のせいにしても後悔しかしない。
とにかく『リべンジ告白』だ!
……ただ、運命の人が現れてしまった今、多分それは想いの成就にはならないって分かってる。それでも……。
「お兄ちゃん、今日ちょっと用あるから登校、別でいいから
なら私が本当にしたい事は何? このまま私が実妹じゃない立場で迫ったら、この人は最愛の人と私との約束との間に板挟みになる。苦しめたくない……
だって、この人はただ癒しの力で救ってくれてたんじゃない。倒れてしまうくらい自分をすり減らしてまで私の為に尽くしてくれてた……。一度たりともそんな素振りもみせず……。
私が守られながらも生きようとしたのはこの人に強く望まれたから。そして一生守られ続ける為には生涯パートナーじゃなきゃって思い込んだ。
でも今は寧ろ百合愛さんとの仲を邪魔しない方が彼の幸せに繋がるって分かってる。
―――私の望みはこの人の幸せ。それなら……。
「
「ううん、別に。どうして?」
やっぱりちょっと勘付いてる。本当スルドイ人。それでもきっと驚く事になるんだよ。そうやっていつも気にかけてくれてる兄さん……もう、愛し過ぎて……
でもこのまま問題を先送りにすればいつかは二人結ばれて、私はあの力の庇護を受けられなくなってしまう。そして暴走したら今度こそ大変な事に……
そんな事に成るくらいなら……
だからこれ迄の恩に感謝して思いのたけを伝えられたら、後は兄さんを自由にしてあげたい。そしたら思い残す事は無いはず。
この闇を抱えた人生でも、兄さんのおかげで十分幸せだったのだから。
―――そう、やっと成すべきことが見えた。
*
両親から聞いた衝撃の真実から数日考えつくした澄美怜。今迄の自分を見つめ直し、やがて気持ちの臨界点を迎え、覚悟を決めた。
血の繋がりの真実を伝え、あの『告白へのリベンジ』をすることを。そう、『リベンジで告白』するのではなく……。
私の恋とあの日の約束の行方はもう見えた……。
きっと長びかせるほど回りの人達の傷を大きくするだけ。
だから……
……全て悔いなく伝え終わったら約束はもう……そして……消えて行きます……許してね……
自室の机の引き出しには大量の睡眠薬が用意されていた。
***
そうして
短い前置きの後、まず両親から聞いた真実を余す所なく伝えた―――
……普段はおどけてるけど真剣な時は強くて冷静な兄さんが内心相当驚いている。でも私が何の為にわざわざ血縁のない事実を伝えようとしているのかは十分予測が付いている。けど、むしろその方が話が早い……
「私は……あの日の告白をやり直したい。妹としてではなく。だってあんなに卑屈になって伝えた……あんなの告白じゃないって思ってた。
私は兄妹でない事を……他人である事を知って自分の気持ちが何なのか見つめ直して、そして分かった。だから本当の気持ちを伝えるから聞いて欲しい……」
目線を合わせず耳を澄ます
[ ▼挿絵 ]
https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093088240722621
「兄さんは私が生来感じていた『ここに居てはいけない』という心の闇からその力で守る約束と生きる勇気をくれた。そして実際守り続けてくれた……」
「……」
「兄さんは『私が存在しなければ絶対イヤだ』 そうも言ってくれた。生きてく理由と希望を私に与えてくれた………」
静かに床へと目線を落とす
「……あの日の約束、それ以来この唯一無二の人が私の世界の中心になった。
そこに生まれた私の想い。私が生きることを願ってくれたこの人の為に存在したい、そしてこの人に想われ続けたい、そして全てを捧げたいと。
―――その想いこそが私の全て。
それは約束の日に既にもう最大で、そこから1ミリも減ってない。
それを私は最近恋心が育って来たなんて勘違いしてた。恋の季節になって、それが奪い合いだと知って、失う怖さからこの最初の掛け替えのない想いに段々と気付かされていっただけだった。
だから……私の想いは最初から全部兄さんがくれたんだよ!」
「―――俺は……あたり前の事をしただけだよ」
「当たり前なんかじゃないっっっっ!! 」
その今までにない魂の叫びにも似た何か。
気圧され目を丸くする
「
「小学生になってからは自発的に見守り続けたって父さんから聞いたっ! だからどの発作でも対処出来た。
偶然近くにいて癒してくれてたんじゃないって初めて知った」
「いや、
「嘘っっっ!!!」
誤魔化される筈もない。全てを知らされたのだから。
「……何時も陰から見守ってくれてた。……ううん、それどころか、その力で癒したあと、もの凄く消耗するって聞いた……。
そんなの知らなかったよっっっ!!!……。
そのせいで入院寸前まで行ったなんてことも……全部ひた隠しにして堪えてくれてた……。そうやってどんな時も無償の愛で支え続けてくれてた!」
「……」
「でもね、知らなくても感じてた。どれだけ私の為を思ってくれてたかを……感じてた。 ……その分だけ兄さんを想う気持ちが、どうしようもなく掛け替えのないものになっていった……」
ゴクリと生唾を飲み込み、口調を緩めた
「……けどね、そんなに想っていてもね……うっ……好きと言うことも、言われる事も許されない『妹』という立場を後から知って……ずっと、ずうぅっと我慢してきた。それでも時々我慢しきれずあふれてしまって何度も迷惑をかけた……ズズッ……」
……そう、私が7才の時、兄さんが自害を阻止して約束してくれた日、この人は私の全てとなった。そしてそれは生涯続くと……
でも後から知らされた。兄妹は
+ ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。.
もしも身近に一生を誓い合った唯一無二の人が居たとして。
当然結ばれると信じて生きて来て。
それがある日、意識した時に……
そう、例えば今この瞬間、兄妹だったと知ったら……
―――その時、あなたはその想いを諦められますか?
+ ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。.
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