第27話 アリバイ作りと兄の交際





「きっと深優人くんも同じ気持ちなんだろうな。うん、今度聞いてみよぅ!」


しまった!……この人マジ天然だから本当に聞かれかねない……どうしよう……




――― その晩。



「ねえ、お兄ちゃんて普段背中どうやって洗ってる?」


「いや普通に風呂場のアカすりタオルでだけど」


 まだまだ使えそうなアカすりタオルはすでに計画的にゴミ箱に入っていた。


「あーあれだいぶ傷んでたから捨てちゃって、今度買い替えてくるからたまには背中流してあげようか」


「いえ、遠慮します。普通の手拭いで洗うから。(何この不穏な空気……)」


「そ、そう? 遠慮しなくても……」


 ……いや流石に俺を甘やかし過ぎだろ。今どきのラノベじゃあるまいし。まぁ萌えるけど。

 全く何でこんなに良い妹なんだ?……変態だけど。



 キッチンでは皿洗いを手伝う蘭が猫のように耳だけはしっかり姉へと向けて会話をチェックしていた。


 ……でも確か日中にお姉ちゃんストーカーしてたら垢すりタオルをもって挙動不審だった……お姉ちゃん……まさか……




 そう、兄も末っ子も澄美怜すみれをナメていた。幼い頃からその特異な症状ゆえ、腫れ物に触れるように過保護にされたせいでその精神年齢は低く、その依存心は羞恥心を遥かに超えるものだと言うことを。



  *



 そんなやり取りも忘れた食後のひと時。


「ふあーっ……」


 チャプン……深優人は湯舟に浸かって寛いでいると、何やら服を脱ぐ布ずれの音と人の気配が。


 ……あれ? 入ってる事に気付いてないのかな。ここは気付かせてあげないと……


「ゴホン」と咳払いと共に 、チャパ、ザパッ……パシャン。と湯船を波立たせた。明らかに気付く程だ。

 だがそれは無視され、脱衣の音は続きドアが開き、


「カチャ……」


  とタオル1枚で前を隠して入ってきた。


「なっ!……ちょっ……」


「お、兄ちゃん、やっぱ流してあげる」

「ちょっ、ダ、ダメだろ!! 」


 慌てて顔を背けて手を突き出し制止のジェスチャー。


「たまには、ね?」

「ね? じゃなくて! いや、いいって!」

「じゃ、今日だけ!」


 湯船の中で縮こまり、「無理!」とにべもなくキレる深優人みゆと。不満顔になり食い下がる澄美怜すみれ


「何で? だってたった3年前までは一緒だったでしょ!」

「無理なものは無理!」

「今日だけどうしても、って言っても?」


 怒り気味に「そう!」と威嚇する深優人みゆと

 だが逆ギレし始める澄美怜。



「やましいこと考えて無いなら問題ないハズっ、理由は? 」


「そんなの! 自分の……見て見ろよ」


 真下に目をやる。 ――WOW!

 思った以上にたわわだ。


「じゃ、じゃあバスタオル巻くから! ね、最後だから!」

「でもダメっ。も―っ! 今すぐ出てってくれっっ!! (あっ言い方キツかった?)」


―――ブチッ


 ……言い方、考えるって言ってくれたのに~っ!


「兄さん……いくら何でもその言い方……これが最後って頼んでるのにーっ……」


 ヤバ、これは3段活用、最上段『兄さん』!

 平常時にこれが出るのはマズイ! 2段活用の口聞かずより上の……嫌がらせ攻撃が来る!


 澄美怜は急に能面となり、『お兄様がお望みならフロでも駆けつけま…』


「そのセリフやめて!」


「フンッ! 『お兄・大しゅき手記人形サ―ビス…』」


『わわわ』


「スミレ・トワゾ…」


「わっ、分かった、分かったよ、もう……大しゅき言うな、次にV.E.G. 観たとき感動出来なくなるだろ!」


「だって……お兄がいけない……」


「わかったって……はぁーっ……じゃあ、ホラ、反対向いてて」


 浴槽から上がりながらハンドタオルで隠し、背中あわせになる。


「せ―ので右まわりだ。せーの、(テケテケと回り)……よし、いいぞ」


 ミラ―を前にバスチェアに座る。妹が一応ちゃんとバスタオルを巻いているのがミラー越しに分かり、一安心する兄。



 ……はぅぁ~、お兄ちゃんの生背中だ~



 数年ぶりのそれにドキドキしながらボディーソ―プをこれでもかと大量投下。真近で触れるそれは特に近年鍛えられ、ぐんと広くそして逞しくなっている。

 兄の部屋のダンベルは可変タイプと言って9~40㎏に調節出来るものだ。

 それでよくトレーニングしている成果だ。その筋トレ時の呻き声に何か色っぽい想像をしてしまうのは秘密だ。


 ともあれ大量の泡にまみれさせて、どさくさ紛れに愛しく撫でまわして悦に入ってしまう。


 フフフ……今、お兄ちゃんとこんな事出来てるのって私だけだよね、百合愛ゆりあさん!


 訳の分からぬ優越感を抱きつつ、さりげなく背中から脇、そして密かにフェチ対象である6パックの腹筋へ伸ばした手を無言で叩き払われ、大人しく元の位置へ。


(いけず……)


 うやうやしく時間をかけて丁寧に洗い、流し終わると既成事実の達成感に浸れた澄美怜すみれ


「ありがと、スミレ。まあでも、なんか嬉しいもんだな」

「でしょでしょ! じゃあこれからも……」


「次はもうだめ」

「う―……分かった……」


「それと、俺の大事な『V.E.G』をイジらないで」


「それは……お兄ちゃんの態度次第! 私が傷つく言い方はもうしないって約束してくれた……」


 ……ってそれ、別の事でしょ―が。まぁメンド―だからそうしとくか……


「うん、俺もちょっと……言い方考えるから」

「なら……わかった」


 ……全く……ま、でも早く切り上げよう。


「じゃあ、そっちに行くから。また右回りで」


 テケテケと背中合わせで180°回りドアヘと向いて行く兄。入れ替わる姿が何とも滑稽だ。


「じゃ、お先に。ごゆっくり」

「あ、お兄ちゃん、私の背中は?」


「当サービスに含まれておりません」


 ……ですよネー。


 でもま、これで百合愛お姉ちゃんに聞かれても大丈夫だな。テヘ。



 洗面脱衣室へと兄が逃げおおせたと同時に廊下への扉の隙間は閉じられた。


 イソイソと廊下を去って行くおさげの少女。


 ……全くもうお姉ちゃんたらどこ迄ヘンタイなんだ。これからは間違いが起こらないようにもっともっとキビシく監視しちゃうんだからね!


 あ、そうだ! 今度何か言うこと聞いて欲しい時の弱味としてメモっとこ。


 スマホのノートアプリを立ち上げた蘭。そうして姉ストーキングメモに新たな一ページが加えられたのだった。





◆◇◆


 その後、深優人みゆと百合愛ゆりあは高2の春から夏にかけて休日に何度か逢って映画や美術館等に出掛けた。


 あの穏やかな日々を思い出す様に二人はゆっくりと関係を育んで行った。


 そして今日は百合愛ゆりあの部屋に招かれた。

 特に目的も無く、話しをしたり、タブレットで動画を見たりして徒然なるままにゆったりと過ごそう、というこの老成した?二人らしいものだ。もちろん澄美怜すみれにも事前に話した。



 ……百合愛ゆりあさんと……寛ぎデート……。



 平静を装いながらもその胸は、掻きむしりたくなる程に疼いた。ところが深優人みゆとは意外にも、


「実は百合愛ゆりあちゃんとも話して、澄美怜すみれも一緒にって……」


 ……何言ってるの……そんなの出来るワケ無い……行ってお邪魔虫して……ただ惨めに成るだけ……


「え、あ、ああ、気にせず行って来て……この所ずい分課題が溜まっちゃってるから……」


 百合愛ゆりあお姉ちゃんだって異常だよ。だって死ぬほど愛して逢いたがってた筈なのに、どうしてこんな私に声掛けようなんて思うの?


澄美怜すみれ?……」


「ホントに課題が大変なの、だから水入らずで行って来て! ねっ、ねっ」


 ……どうせもう私に入り込む余地なんて……無いんだから……


 


  * *




「お久しぶりです」


 この一家が渡米している間、薊の家族が借りていた事もあり、この家には何度か上がらせてもらっていた。しかし既にリフォームされて様子が一変、何か別の家に来た様でもある。


そこへ百合愛の母親が出迎える。


「まあ、深優人くんもこんな立派になって。身長いくつ?」

「ちょうど180cmです」


「もうそんなに。頼もしいわね~。皆さんもお元気? こないだ妹さん達も見かけたけど本当に可愛くキレイになって。ぜひまた仲良くしてあげて。もうこの子日本を離れた時なんか…」


「ママ! 」


 深優人みゆとと離れる事になり、見る影もなく塞ぎ込んでしまって、どれだけ永遠園3兄妹のこと好きだったかを語ってあげたかった様だが、そこは廃人のように陰キャ化してた過去をバラされるのは……とばかり、にべもなく遮った。


「今日この娘とケーキ焼いてたの。後で持って行くから部屋の方でゆっくりしてってね」


 部屋に通されると、とても小ギレイで女の子らしい淡いフェミニンな色調とクイーンアン様式のチェストや家具に囲まれ、繊細で優美な花柄をあしらった輸入の壁クロスも相まって、彼女らしいインテリアでまとめられている。


 しばらくとりとめもなく昔話に花を咲かせたり、近況を話したりの二人。


―――深優人みゆとを見つめながら感慨に浸る百合愛。


 ……ああ、あの日のまま変わらない『深優人くん』が居る。ピアノ曲だと私が好きなショパン、リスト、ラフマニノフ…… 一緒に聴いたな。

 でも今は、ドビュッシー、スクリャービン、現代だと吉松隆だとか。色々聴いてるらしい。

 私の知らない深優人みゆとくんも確実にいる。


 少し寂しいけど、これから知ってく楽しみもある。私はこの人の全てを知りたい! 心が伝わると言っても会話まで全部出来る訳じゃないし。


「オーケストラも好きだったよね。まだ聴いてるの?」

「ああ、それ語らせるとヤバイ」


「フフ、深優人くんて凝り性だもんね。じゃそれはまた今度ね」


「あ、語れなかった、クスッ」


「フフッ。………………でも向こうに行ってから、私も深優人くんが好きだったオケ曲のひとつ、トリスタンとイゾルデばかり聴いてた……あ、ゴメン……湿っぽい話題で……」


―――悲恋の……『愛の死』


 愛する者を思って悶絶死とか。初めて聴いたあの頃の私には現実には有り得ない事と思ってたけど、いざ自分が引き裂かれてみたら……本当にそうなりそうで、おかしくなりかけて……あれを聴いてなんとか保ってたな……


「いや、実は俺もよく聴いてた……」


 同じ想いで居てくれたことを嬉しく思う二人。だが深優人みゆとは少しばかり顔に影を落としながら、


 ……この運命の人と俺とはシンクロし過ぎて……分かり過ぎる。でも俺達にとって余りにも苦しい季節……今のこの部屋で語るには相応しくない……


 話題を変えようと部屋を見回す深優人。何気にピアノに目がいった。


「ねえ、あの頃、アップライトだったけど……」


「うん、夜は近所迷惑になるから最近電子ピアノに買い替えて」


「そっか。……そうだ! まだ、あの曲弾ける?」


「クス、深優人くん、好きだったもんね。うん。弾けるよ」


 その待望のリクエストはこの可憐な少女の胸を一気に高鳴らせた。





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