第4話
◇レイフ視点◇
いつも夜には闇に沈むヨリス村も、今晩は煌々と光が瞬いている。星芒祭の前夜祭。象徴である白百合をモチーフにした装飾で彩られ、大人達は酒を浴び、子供達は珍しく夜更かしが許され、有乎無乎の蝋燭を皆有りっ丈に灯している。それは幻想的で眩く、俺をするすると御伽の世界へ誘っていく。
「すごい! ……まるで魔法みたいだ」
「十年に一度だからな。皆気合が入っているのさ」
父と祭りの中心部へ。ユリアは待ち切れず母と幼馴染のカタリーナと先に向かってしまっていた。
「明日は儀式で忙しいからな。今日は存分に楽しんでくれ」
「俺も明日の本祭一緒に回りたかったなー」
どうもこの村に眠る魔女様の封印を修繕する儀式をロセイン家で行うらしく、俺と父は明日の本祭には回れないらしい。
「すまないな。これは俺達にしか出来ない大切な儀式なんだ。十年に一度しか無いから覚えるのは大変だぞ」
「別に誰にでも出来るでしょ。俺達は祝福者な訳でも無いし。大体、魔女様なんていないんだから」
祝福とは万人に一人、王国の名の由来となった、女神ヒルドレーナ様より授かる不思議な力を指す。残念ながら、こんな辺境のヨリス村には祝福された人間は見当たらない。
すると父は途端に真剣な表情で話し始める。
「魔女様、赫焉の魔女様は伝承の通り確かに存在する。彼女はとても恐ろしい罪を犯した。決して封印は解かれてはならない」
「その伝承は何度も聞いたよ。そんなのどうせ眉唾でしょ?」
この村に伝わる魔女様の伝承、今ではもはや童歌と移ろいでいったその詩は、次のように伝わっている。
『碧き尾を燻らす獣は鮮白の慈雨を呼び、銀熒熒たる嘘を闇が照らせば、赫焉が世界を残花に包む』
こんな曖昧な童歌の一節では、赫焉の魔女様の恐ろしさなんぞは伝わらない。
「具体的には何をしたのさ」
「……丁度四百年前、彼女は天地万物を赫炎で焼き尽くさんとしたんだ。しかし呼応するように、同時同日に勇者として始まりの祝福を与えられたアレクシス・ヒルドレーナによって成敗され、このヨリス村に封印された、とされている」
「ふーん? 赫焉が、……赫炎って事? そんなの絶対嘘。勇者様の伝説の始まりがこの村? 絶対無い」
呆れた。これは村の大人達がよく使う、言う事を聞かない子供を叱る際に『赫焉の魔女様に連れ去られるぞ!』と脅かす為の方便に過ぎないだろう。
「そんなサンタクロースみたいな嘘、誰も信じてないよ」
「サンタクロースも赫焉の魔女様も本当にいるの!」
絶対いない。
「嘘吐き。自分は嘘を吐くなって言う癖に」
何時まで俺を子供扱いするのだろうか。俺はもう立派な九歳だというのに。
「……伝承には続きがあるんだ。封印の儀が終わったら話をしよう」
父はしばらく逡巡した後、いつもの笑顔で振り返る。
「それでも今日は楽しもう! 難しい事は明日考えればいいさ!」
それでも、折角の十年に一度のお祭りを楽しんで欲しいというのは、責任との間に揺れる責めてもの親心なのだろう。そんなのは十分に伝わっているさ。
「お父さーん! お兄ちゃーん!」
向こうからユリアとカタリーナが満天の笑顔で走り寄って来る。
「見て見てー! おじちゃんに貰ったのー!」
二人の手には綺麗なお揃いのネックレス。乳白色の貝殻を整形した装飾へ亜麻糸を紡いでいる。
「似合うでしょ!」
誇らしげなユリア。このお姫様に似合わない物など存在しない。
「似合ってるよ。良かったな」
思わず妹の頭を撫でる。この可愛い生き物は撫でざるを得ないのだ。
「お兄ちゃん。カタリーナも撫でてあげて」
「ええっ! 私はいいよ……」
カタリーナは赤面する。いつも無口で引っ込み思案であるが、気遣いを忘れない、人を思い遣れる良い子だ。
「いいじゃん。カタリーナはお兄ちゃんと結婚するんでしょ」
ひゃ! と叫んでカタリーナは、アイボリーの髪を振り乱しながら、遥か彼方へ逃げ出した。ユリアは待ってと追い掛ける。
「レイフもまだまだ鈍いわねー。ちゃんと男の子がリードしてあげなきゃダメよ」
母が呆れた声で呟く。こんな嫌な話題はすぐに引き上げなければ。
「あんな綺麗なネックレスどうやって貰ったの?」
「そんなのユリアの上目遣い、魅了の魔法で一撃よ」
母はユリアの話になると誇らしげ。流石我が家の魔女様だ。どんな御伽噺の中であっても定番の魔女の魅了。その魅了の魔法は絶大。誰も彼もが逆らえない。我々下々の者は皆喜んで貢物を献上する。ユリアもきっと、その魔女の血を受け継ぐ末裔なのだ。なんて、有りもしない空想だろうか? しかし、そうでなければこの愛くるしさに説明が付かないのだ。
「いつも言ってるでしょう? 女の子に変化があったら、必ず、絶対、ちゃんと綺麗って言葉にしなきゃ駄目。……ちゃんとカタリーナの事を考えてあげなさいね」
何時ものスパルタ教育を告げ、母はユリア達を追い掛けて行った。
「俺達はそんな関係じゃない」
「レイフ、女心ってのはな、どんな迷宮よりも難題なんだぜ」
父は稀に見るキメ顔でそう諭す。全く似合っていない。
「それは追々大人に成ってから体感すれば良いさ。さあお腹が空いただろう! 出店に行こう!」
キラキラした目で父は手を引く。恐らく早くお酒を飲みたいだけなのだろうが、これも親孝行かと思い、俺はその手を握り返した。
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