第10話「これが……本当のキス?」
漆黒の闇が支配する、魔王の城の最深部。レオンたちは、息を殺して暗闇の中を進んでいた。
突如、不気味な笑い声が響き渡る。
「よくぞここまで辿り着いたな、哀れな勇者たちよ」
ダークファントムの声だった。レオンは剣を構え、アイリスは魔法の詠唱の準備を整える。
「出てこい、魔王!」
レオンの叫びに応えるように、闇が渦巻き始めた。そこから現れたのは、紅蓮の瞳を持つダークファントムの姿だった。
「フッフッフ……また来たか、愚か者どもよ。だがお前たちの愚かな挑戦も、ここまでだ」
ダークファントムが両手を広げると、強大な魔力が部屋中に満ち溢れる。
レオンとアイリスは、背中合わせになって身構えた。
「くそっ、こんな所で負けるわけにはいかない!」
レオンの剣が、闇を切り裂く。
「Lux et veritas!」(光よ、真理よ!)
アイリスの詠唱と共に、眩い光が放たれる。
しかし、ダークファントムはその攻撃をいとも簡単に払いのけた。
「愚かな……この程度で私が倒せると思ったか?」
ダークファントムの紅蓮の瞳が不気味な光を放った。その瞬間、漆黒の魔力が渦巻き、まるで生き物のように蠢きながらレオンとアイリスに向かって突進した。
「危ない!」
レオンの警告の声が響く間もなく、闇の波が二人を飲み込んだ。
激しい衝撃と共に、レオンとアイリスの体が宙を舞う。二人は城壁に激しく叩きつけられ、甲冑と骨の砕ける音が不吉に響いた。
「ぐあっ……!」
レオンの口から血沫が飛び散る。彼の鋼鉄の胸当ては大きく凹み、肋骨が数本折れているのは明らかだった。
「きゃあっ!」
アイリスの悲鳴が響く。彼女の瑠璃色のローブは炎のように燃え盛る魔力で焦げ付き、肌には無数の切り傷が刻まれていた。
二人の体が床に落ちる。冷たい石の感触が、彼らの意識を僅かに繋ぎ止めていた。
「レオン! アイリス!」
エルの悲痛な叫び声が響く。彼女の翠の瞳に、恐怖と焦りの色が浮かんでいた。
グラムは歯を食いしばり、斧を両手に握りしめる。
「くそっ、このままじゃ二人が……!」
エルとグラムは必死に駆け寄ろうとするが、その瞬間、目に見えない障壁に阻まれた。
「なっ……!」
グラムの体が弾き飛ばされる。エルも同様に、何かに押し戻されるように後ずさった。
透明な魔力の壁が、レオンとアイリスを囲むように形成されていた。ダークファントムの不敵な笑みが、闇の中で浮かび上がる。
「愚かな……お前たちごときが、この私に勝てると思ったか?」
レオンは歯を食いしばり、必死に体を起こそうとする。しかし、激痛が全身を走り、腕の力が入らない。
「くっ……動け、動いてくれ……!」
彼の指先が僅かに動くものの、それ以上の動きは全くできなかった。
アイリスも同様に、体を起こそうともがいていた。彼女の紫紺の髪が、汗と血で乱れている。
その時、アイリスが小さな声で呟いた。
「ねえ、レオン……私たち、もしかしたら、もう……」
レオンは、アイリスの言葉の意味を悟った。
二人は、薄れゆく意識の中で見つめ合う。
「ああ……最後くらい、ちゃんとしたキスをしようぜ」
アイリスは、珍しく優しい笑みを浮かべた。
「ええ……」
二人の唇が、ゆっくりと近づく。
そして、触れ合った。
……。
突如、眩い光が二人を包み込んだ。
それは、これまで見たこともないほどの強烈な光だった。
「な……なんだこれは!?」
ダークファントムが驚愕の声を上げる。
光が収まると、そこにはレオンとアイリスが立っていた。二人の体は、神々しい輝きに包まれている。
「これが……本当のキス?」
アイリスが不思議そうに呟く。
「ああ……愛のキス、ってやつかもな」
レオンの頬が、口の端をあげた。
二人は見つめ合い、小さく頷き合う。そして、再びダークファントムに向き直った。
「さあ、魔王。本当の戦いを始めようか」
レオンの声には、これまでにない力強さがあった。
「私たちの力、思い知るがいいわ」
アイリスの瞳が、凛として輝いていた。
ダークファントムは、初めて恐怖の色を浮かべた。
「ば、馬鹿な……愛の力だと? そんなものが……」
レオンとアイリスは、手を取り合った。二人の力が一つになり、眩い光の剣となって魔王に向かって突き進む。
轟音と共に、魔王の城が崩れ始めた。
しかし、これは終わりではない。真の戦いは、ここから始まるのだ……。
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