第5話 賀籐兄妹 5



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弓は直ぐにレスしようと思ったが、疑いが差したのでためらっていたところに『明日朝又連絡する。おやすみな』とLINEに表示された。

疑いは別人が兄のアカウントを乗っ取って、送ってきたことへの疑いだが、自分を弓ではなく弓子と呼び、いつもというワケではないが、おやすみなさいやおやすみより兄が多用する「おやすみな」と使ったことで、信じていいような気がしてきた。

今日は叫んで・泣いて、疲れていたので、こんな衝撃的なメールが来た後でも直ぐに眠ることができた。


次の日は日曜だった。

昼頃に起きた弓は最初にまずLINEをチェックしたが、何も受信していなかったが、歯磨き・洗顔の後に自室へ戻ってくると『駒沢公園で会おう。30分後』とあったので、『いくよ!』とだけ返した。

そして、公園には黒のロングコートを着て、ミラーシェイドのサングラスをかけた兄・音矢がいたのだった。

弓は音矢に抱きついた。

音矢はロングコートの下に更にベストを着ていた。

それはこの身体の秘密がバレることを危惧してのことだ。

弓は相手の無事を確かめ、音矢は一週間も連絡をしなかったことを詫びた。

最初、弓は自宅に兄を呼ぼうと思っていた。

母親が昨夜の件でかなり改心したと判断したからであった。

「ちょいと来てくれるかな。案内したい場所があるんだ」

その兄の台詞から、どこか美味しい飲食店に連れていってくれると思ったのだが、マンションに入っていった。

その部屋内は自分が今住んでいる賃貸の平米数の2倍はありそうで、フローリングの床の上にはPCとディスプレイが乗ったデスクと冷蔵庫しか置いてなかった。

音矢はその冷蔵庫から三ツ矢サイダーを出すと弓に渡した。

そして、音矢は事の顛末を話し出した。


まず、自分が子どもをかばってことで、電車に轢かれる大事故に巻き込まれ、気づけば浜松にいた。ニュースにもなっているので、客観的証明から自分は社会的に死んだことを、疑う余地がないこと。

だが、無傷であり、体調も一切悪くないが、気持ちはタイヘン混乱したこと。

次に、夜中、とりあえず東京に向けて歩き出すが、全然疲れないことに気づき、この体育の時間が嫌いな自分が走る速度も跳躍力も、超人レベルではないが、オリンピック選手ばりになっていたこと。

明らかな異常を自覚すると、ふと自分が羊水に包まれるている空間にいることを認識した。

そう、ここにいる自分が本体で、先ほどからオリンピック選手のような能力と持続力を持っているこの身体は入れ物だということも認識したのだ。

そして、いくら疲れなくても歩くのは面倒だから、この能力で金を手に入れるかと思ったら、右手が温度を発し、持っているSUIKAにチャージされたのがなんとなく判った。

それで、最寄りのJRで乗ったのだが、残額が数十万単位だったので、そもそもカードという媒体が必要ないことに気づき、指だけ触れると、その自分を囲む羊水の部屋では、天文学的な数字が中空に浮かんだ。

ようやく、自分が置かれた立場に気づいた、それは①自分が今怪我人として、自分の姿をした1/1ロボットの脳内にいること、②その身体は高い運動能力を持ち、ネットにアクセス出来てたいていのことはできるということ。だ。

すると、脳内でダイレクトに現在のあらゆる情報が入ってくることに気づいた。

億単位、いや、数千万単位でアシがつく可能性があるから、直ぐに都内へ移動し、ここと数か所に拠点をもうけ、これからの対策基地とした。


「すると、自宅へ帰ると自分の葬式をやっている。驚いたがこの数日はもっと驚くべきことがあって、その驚きはそれらの端数のようなもんだ。ちょうどいい、死んでいる扱いの方がこれから動き易いので、これからは完全に戸籍ナシで生きていく」

音矢の説明に弓は二の句が継げなかった。

目の前には狂人がいるとも思った。

だが、弓が最初に口にした言葉は音矢には意外なものだった。

「よかった、兄ちゃんは私とああいうことをしたくないから、ホームから飛び込んで自殺したんじゃないかってずっと思っていたんだよ!」

弓はそのまま音矢の胸に飛び込むが泣いてはいない。

音矢としてはその発想はなかった。

「ごめんよ、こんな身体になって、まず考えることは、その身体にしたもの、と、この身体の同類だ。狙われてはいないことと、リークされても対応できる拠点や装備を充実させてからじゃあないと、弓子を巻き込むと思っていた」

音矢は自分のように死ぬ瞬間に消えたり、謎の失踪をしたりする事件をネット内であさったが、自分と同じような境遇のものは見つからなかった。

(だがそれは音矢の早合点で、そうなったものはその記事や公文書を偽造したり、抹消すればいいだけなのだ。それに音矢も数週間に気づき、そうする)

「本当に、ホントに、そのカラダはロボットなのかい?」

弓は抱きついた姿勢で、顔を上げ、目を合わせ音矢に尋ねる。

「うん、もうニンゲンじゃないんだよ」

その「だよ」を云い掛けた音矢の唇を弓は奪った。

「あ! ホントだ! ちょいと違うかも」

音矢はとっさのことに弓を軽く、本当に軽く突き飛ばすカタチになったが、直ぐに弓の元へ戻り、ひと言、「恥ずかしいじゃあないか」とだけ云い、笑った。

弓もつられて笑う。

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