スズの未来と俺の今⑧金のボタン

「あーーー終わった」


どうにかこうにかここでの仕事は終わった。

窓の外はいつの間にか日が暮れ、フロアの人数も、帰宅する人や接待に出かける人でまばらに減っていく。


「朝霧くん、明日気をつけて

 向こうでも頑張ってな」

「わざわざありがとうございます

 お世話になりました」

「またどこかの支社で」

「はい」

他部署の人が、帰り際にわざわざ声を掛けに来てくれたりする。



「ねぇ朝霧~」

「ん?」

「このPC持ってくの?」

「いや、家のやつ持って行くから」

「んじゃ頂戴」

「どうぞ」

「てか向こうで支給されるんじゃないの?

 最新のMacBook買ってもらえばいいじゃん」

「や…まだうちのあれ買ったばっかだし」


あれにはスマホで撮ったスズの写真や動画が保存されてるんだ。


スズと過ごした時間は全部持って行きたい。

手放したくない。


スズはネックレスも指輪も捨てていい。


俺に縛られず、前に進んで欲しい。



あんなにプレゼントしなければよかった。



あちこちに俺がいて、スズは今苦しくないだろうか。




「んじゃ自分このマウス下さい!」

「PCもらうのにマウスもらうに決まってんでしょ」

「朝霧さぁぁぁぁん自分にも何かくださぁぁぁい」

「いちいち泣くなお前は」


「だって…寂しい…」グスン


「またどっかで一緒になるだろ」


「朝霧さん…んじゃ俺は~何貰おうかな~」

「泣けや」



「あ!形見にこの高級ボールペンもらお」

「殺すな」

「え、朝霧それあげるの?」

「どうぞ」

「研修卒業してから買ったやつでしょ?

 おデパートで7800円もしたのに」

「えぇ?!百均じゃないんすか!」

「あ、じゃあ私あれちょうだいよ

 あのワイヤレスイヤホン」

「仕事道具じゃねぇじゃん、ただのたかりか」

「餞別餞別」

「逆だろ」


なのに上げてしまう俺。

まぁ静香には世話になったしな。


「ほら」

「やった~」

「静香さんずるい!」

「下田、iPhoneのイヤホンよこせ

 明日俺新幹線ヒマだろ、音楽も聴けないとか」


「じゃあ先輩…」ポッ


「…んだよ」


「お前様のネクタイをおくれ!」

キャーーハズカシイ!

「これいくらしたと思ってんだ死ね」

でもやっちゃう俺。

「わーーいわーーい結ぼう!」


この2人に追い剥ぎに遭ってる気がする。


「お前はまだ物色してんのか」

人のデスクを漁る。

「文具系はとりあえず箱に入れといて

 みんな使うし」

「USBも使う?大量に有るけど」

「洗って使うから入れといて

 いらなかったら捨てるし」


持って行かなければいけない物は殆ど無い。

向こうで用意するから。


引き出しに散らばった付箋紙やペン。

なぜか引き出しの奥からマウスパッドが4枚も。

メモリーカードに、近くのパン屋のクーポン券。

銀行でもらった貯金箱。

「なんだ空っぽか」

「入ってたらどうするつもりだ」

使う物といらない物を静香がどんどん分ける。



「あ、クリップため込んでるわね

 総務に戻そう」



パソコンの横に置いてる瓶に、書類にくっ付いてくるクリップを放り込んでいた。


何の瓶だったっけ。

たしか出先でもらった飴の瓶。

ここに来た最初の頃だったと思う。



「静香…貸して」

「え?あ、うん」



折角片付いてきたデスクの上に

瓶を逆さまに中身を出すと



「ちょ!何散らかしてんの!」



あった




『ホタンが引っかかってただけです』




冬服の紺の上着の袖口の金ボタン


迷惑な女子高生のせいで、会議に遅刻しそうになった。



前髪、今より少し長かったっけ




「……」




「朝霧?どした?」






あの日に戻りたい

出会ったあの日のあの時の満員電車に




そしたら俺はこのボタンを





引きちぎるのに





スズに出会わないように






『私のこと彼女にして!』





戻りたい




戻ってもう一度だけ





抱きしめたい









最後でいい


俺はこの恋が最後がいい


この恋以外




もういらない





人の幸せをこんなに願ったことはなかった




スズが幸せになれれば




スズを幸せにするのは




俺じゃなくていい





「朝霧、ほら冥土の土産にハンカチやるから」

「お鼻チーンしましょうね」


「この男がJKと付き合うとこうなるのね

 変わりようがひどいわ」


「そうだった!静香さん学会で発表せねば!」



「さてと、最後に飲みに行くか」

「自分カワムラの無料券持ってます!」

「朝霧のおごりね」

「餞別っすね」



「下田、その泣きべそを連れといで」



「イエッサ-!」







スズ




ずっとずっと




大好きだよ

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