私の友達

「スズせんぱーい!」


昼休みおしまいの予鈴が鳴った頃、教室のドアから私を呼んだのは一年生の駒沢さん。


「放課後練習有りでーす!」


マジで…


「プチオーケストラやるそうです!」

「わかった~ありがと!」



音楽部のいるクラスを駆け回ってるんだと思う。

これは職員室でたまたま山根先生に捕まったパターン。

私も何度か経験ある。

グループラインで回せばいいのにって思うよね。

ダメなの。ラインやメールは通知がうまくいってなかったり、見てないことがある。

それで連絡がいってなくて集まらず怒られたことが1年の時にあり、それからライン連絡は禁止。

ちゃんと伝えることってなった。

だからこの伝達係に捕まると大変。


「スズ、放課後待ってるよ」

「ありがと…でも昨日みたいに早くないの

 練習だと思うから…

 だからいいよ!大丈夫!」

さすがにそんな長時間待って貰うのは申し分けなさすぎて私が無理。


「どうかしたん?」

「過保護ごっこ?」

キノコたちがなになにって割ってくる。

「何でもないの!大丈夫だよ!」

「わかんないけど

 うちら練習終わったら

 音楽部までスズ拾いに行こうか?」

「ホントに?!」

杏奈がガブッと食いついた。

「筋トレだけだし早く終わるよ」

「よかった…

 じゃああのね…

 愛理と二人にならないようにしてあげてほしいの」

「あいつまた何かしたの?」

「ホントうざいね」


私だけ気付いてなかったのかな。

愛理に嫌われてること。


人に嫌われるって苦しい。


なんか自信なくなっちゃう。



みんな私のこと友達だと思ってくれてるのかな。



『これからもずっと友達って約束しとこう?』



信じなきゃ。





.


「ピアノ~青井」


山根先生が数枚重なった楽譜を、取りに来いと私に向けて差し出す。


愛理の方は見れなかった。


「じゃあ今楽譜もらった人たちは

 ざっと合わせてみるからパートについて」


愛理も私の方はわざと見ないようにしてるみたいだった。


それがどうしても苦しい。



楽譜を重ね、ピアノの方へ。



楽譜を貰わなかった愛理がピアノの前をどく。



私の顔は見なかった。



今貰った楽譜は3月にある課外活動のもの。

依頼してくれたのは喫茶店の矢野さんだった。

あの喫茶店で噂を聞いたお客さんが、劇団の舞台の前座として盛り上げて欲しいと。

舞台の内容も、クラリネットを吹く少年とピアノを弾く少女の話らしく、ブラバンと音楽部が協力してのプチオケーストラピアノ付きになった。


「あ、衣装は白シャツに黒のパンツ

 黒の靴ね~スニーカーNG

 全員統一させてね~」

「「「はい」」」


これに選ばれたメンバーはこれの練習。

あとのメンバーは別室に移動して個個の練習になった。

愛理が部屋を出て行って苦しさから少しだけ開放された。


およそ1時間。

この練習をして形が見えてきたとこで終わりだった。

みんなざわざわと帰り支度を始め、私も楽譜をカバンにしまった。


キノコたちが音楽室のドアから見えて、小さめに手を振った。



「スズさ~ん、明日朝から弾きませんか?

 ブラバンのほうに電子ピアノ出しとくんで」

「うん!じゃあ明日早めに来る~」

「スズ先輩お先に~」

「あ、うんバイバイ」


ピアノの蓋を閉め、サッとホコリを払い



「あ、青井」



「はい」



山根先生は声が大きいと思う。




「これ、青山美芸大のパンフレット」




音楽室がざわついた。




「あちらからもよろしくってお返事いただいてるから

 なんて言ったっけ、稲森先生だっけ

 すごく感じのいい方だったわよ」



「ありがとうございます」



パンフレットを受け取る。



「スズ先輩!まさか音大行くんですか!」

「青山美芸大?!」

「うそすごい!」

「え!もしかしてスカウトですか?!」


「あ…うん

 いやスカウトってほどじゃないけど」


なんか恥ずかしかった。



「やだ、岡田たちなに泣きかぶってんの~」


山根先生が廊下に向かって言う。


「杏奈?」


だって杏奈はタケルくんと…

てか、え?

なにみんな泣いてんの~


「知らなかったよスズ!」

「マジでか~…」

「よかったねスズ…」


「音大…行けるの…?」


「ごめん…ちゃんと決まってから言おうと思って」


「うわ~アオハルかよ!」

山根先生が笑う。

「抱き合え抱き合え~」


廊下でぽいぽいっと上靴を脱ぎ捨て、杏奈たちはガバッと私を取り巻きぎゅーぎゅーに抱きしめてくれた。



「バッカじゃない」



視界は杏奈たちに囲まれて見えてなかった。


でもこの投げ捨てる声の主が愛理だって事はわかったし、騒いでいた回りの後輩達やブラバンのメンバーが静まりかえったのもわかった。



「何がよ」



「杏奈…!いいから…!」


「また彼氏のコネ?

 余計な課外活動増やしてくれて

 みんな迷惑してるんだけどわかってる?」

「ちょっと、難癖つけないで」

「音大にスカウトされるほど弾けてないよ、スズ

 勘違いしてるんじゃ無い?

 彼氏も彼氏だね

 ピアノわかりもしないくせにうっざ」


「こーきのこと悪く言わないで!」



「やめな、二人とも」



泣いたら負けのような気がするのに、こんな空気に、こんな面と向かって嫌いを晒され、泣かないようにするなんて無理だった。


「泣けば可哀想にって味方してもらえるもんね」

「ちが…!」



「確かにね」



山根先生はいつもと変わらない顔で声色で普通に話をする。


「技術的な面で言えばね青井のほうが劣るわ。

 でもそれだけじゃいい音は弾けないのよ。

 音は青井の方がまさってる。

 技術はこれから大学で教えますってことよ」


愛理は何も言い返さず、ギュッと手を握りしめていた。

微かに震えているようにも見える。



「最初は彼氏がきっかけだったかもしれないけど

 課外活動も音大も、そのあと人を繋いでるのは

 青井の人柄と青井の音だと私は思うわよ」



愛理は音楽室を出て行ってしまった。



「大丈夫、フォローはしとくから

 岡田、青井のこと頼んだよ」

「は…はい!」



山根先生は愛理を追いかけていった。




涙は止まらず、泣きながら学校を出た。


面と向かってこんな風に言われることが怖かったのと、やっぱり愛理に嫌われていた事実がツラいのと、よくわからない罪悪感と自己嫌悪も混ざった。


泣いて味方を付けてしまった。


自分が卑怯に思えた。





「スズ、なんか食べに行く?」

「カラオケでも行こっか!」

「あーでも門限か」


「杏奈!こっち!」


門を出たとこ、声の主はタケルくんとその横に英介。


「気になって気になって戻って来ちゃったの」


デート中だったのに杏奈は戻ってきてくれていた。


大丈夫って言ったのに。


「なんで…?」

「だって友達が大変なことになってるのにさ

 やっぱほっとけないもん」

「友達…?」


「友達だよ

 私もキノコたちもみんなスズのこと大好きだからね

 それは絶対信じていいから」


「ス~ズ」

「そうだよ~

 うちら友達だから」

「うーー…」

「よしよし」


自信なくなってたの。


友達だと思ってた愛理が友達じゃなかったから。



「スズちゃん、友達の彼氏だけど

 俺らももう友達じゃん?

 朝霧さんに夜中にたたき起こされたお」

「英介、ほら英介も」


「俺なんかこの中で一番友達歴長え…

 友達…友達なんだよな…」

「お前は余計なこというな!友達だろ!」


「スズ、世の中簡単に裏切るヤツは沢山いる。

 そんなヤツはもうシカトだ。

 嫌われたんじゃなくてスズに必要なかっただけだ

 お陰でよくわかったじゃん」



「何が…?」



「お前、なんか余計なこと言おうとしてない?」

「英介ちょっとやめてよ」




「お前にはこんだけ心配してくれる友達がいる。

 裏切ったたった一人なんてどうでもいいって」




英介…



「お前いいこと言うじゃん!

 いや~ビビった~」

「ホントホント

 なにを追い打ちかけて言うつもりかって思った」

「お前ら俺のことどんなヤツだと思ってんだよ」



「スズ、朝霧さんもだよ」

「愛を感じたね~あの電話」

「マジ超絶迷惑だった

 眠りに落ちた瞬間にかけてきやがった」


「スズのこと助けてやってって

 夜中に人の迷惑も顧みないでさ。

 愛を感じたよ私は」

「俺も」

「ノーコメント」



もう何も言葉は出せなかった。

涙ばっかり出て。


みんな大好きすぎる。



ありがとう





.



「スズ、大丈夫か」

「ん…」


帰りの電車、窓の外を見ながら何度も涙を飲み込んだ。

英介は一緒に外を眺めてくれた。

混み合い、多くの人が揺られる電車で、人に見られないように壁になって私を隠してくれた。


夜と夕方の曖昧な色をうつした馬由が浜の海が見えてきた。


「降りるぞ」

英介が私の腕を取る。


「前も…」


「え、何?」


降りる人の波に押される。



「私が泣いてるときいてくれたね

 花火…一緒に見たね」



「……」



人に流され電車を降りホームに立つと


「混んでたね~」


腕を掴んでた英介の手に、一瞬でギュッと引き寄せられた。



「英介?」



「あ…いや、ぶつかる危ない」



「ありがと」



英介はパッと手を離して微かにため息をもらした。




カバンからパスケースを出し、先に定期を当てて出て行った英介の後を追って私もパスケースを当てる。


それをカバンに戻しながら

「英介今日自転車?」

駅の前の段を降り

「朝は雨降ってたから歩きじゃ」

「なーんだ」

「どうせスズんち押さなきゃ乗れないじゃん」

「カバン乗せれるじゃん」

「しゃーねえ、今日だけ持っ…」


いきなり止まった会話

いきなり止まった英介の足。


「何?」


英介のその視線の先に





「スズ!」





「こー…き……」




一気に涙は決壊したし

一気に足は駆け出した。




早く会いたかったの。




こーきにどうにかして欲しかった。




頭の中も心の中も支配する重くて苦しい何かを。





「こーき!」




抱きしめて欲しかったの




こーきの匂いがする

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る