課外活動、楽しいピアノ

それからこーきには会えなかった。


こーきは休んだ分すごく忙しそうで、私もテストはあるし個人面談だし、週末の課外活動の練習が毎日あった。


あの日、こーきのお父さんは怒っていたけど、こーきは大丈夫だと言った。

家に帰って話し、あの怖かったお母さんもお姉さん達ももう怒ってはいないと。


でもそれは私を安心させるためかなって。


あんなに怒っていたのに、急に大丈夫になるかな。





「じゃあ希望の大学はない…と」


西日の差し込む教室のど真ん中で、担任は静かな声を発する。

それが妙に怖い。

いつも通り見せかけて責められてる感じがする。


「えっと…今から探します…」

「青井はなにかやりたいことはない?

 将来職業にしたいこと」

職業ね…

「もっと深くお勉強したいこととか」

勉強ね…

「成績は上がってきてるから

 今から頑張ればある程度の大学には行ける」

ある程度って

「家から通える範囲が希望だったわね、ご両親」

「あ、はい…」

「立真舘、県立大、豊林、明稜、それにマリア」

「はい…」

「文系でしょ?」


今上げた大学に行って何を勉強してなんになるの?


みんなどうやって大学決めるの?


「先生は…」

「ん?」


「学校の先生になりたかったんですか?」


「えぇ、なりたかったわよ」



こーきはなんで国工大に行って、甲田ホールディングスで働いてるの?

夢だったのかな。



私はその日、こーきの家で手紙を書いた。


『こーきのお嫁さんになりたいけど

 大学には行かなきゃいけないみたい(T-T)

 こーきはどうして国工大に行って

 今の会社で働いてるの?それが夢だった?

 私がお嫁さんになったら

 こーきの家族は怒らない?』


こーきが買った可愛いキキララのメモ帳に書いて、パソコンの端に貼った。


『会いたいな』


それは玄関に貼り、帰った。






スイッチをくれたおじさんの課外活動はもう明後日。

ピアノが弾ける20時半まで練習して、それから夕飯を食べた。


「あ、お父さんお帰り」

「ちゃんと弾けそうか?」

「うん」

お母さんは待っていたように夕飯を出した。

「食べてていいのに」

「お父さんもついさっき帰ったのよ」

すき焼き風なおうどん。

お父さんはビールを飲みながらお刺身を食べる。

「石原さんに会ったらゲーム機のお礼言うんだぞ」

「わかってる」

「お母さん達も見に行くから」

「いいよ、わざわざ来なくて」

「朝霧さんは?」

「時間取れそうだったら来るって」



「お母さん」



「なぁに」

玉子を割りながらお父さんに返事するお母さん。


お母さんを呼んだのに、お父さんは私を見て口を開いた。



「日曜日の夜、朝霧くんと約束したから」



え?こーきと夕飯?休み?


私聞いてないけど。



「あらそう

 じゃあ何作ろうかしらね~

 すずちゃん何がいい?」

「外食する。

 朝霧くんが予約してくれてるから」

「なんで急に?

 私こーきから聞いてないんだけど」



「朝霧くんの親御さんも含めて

 一度話すことになった」



な……なんで?



やっぱり反対なんだ。

私がこーきの彼女って、駄目なんだ。


お父さんとお母さんも怒られるのかな。


ふと思い出した、あの日のお母さんの姿。

私が授業をサボったから呼び出されて、学校で先生に謝るお母さんの姿。



「ごめんなさい…」



「なんですずちゃんが謝るの」

「鈴、制服で朝霧くんと会うのはやめなさい

 見た目にはよくない」

「何かあったの?

 すずちゃんも何がごめんなさいなの?」


何も言えなかった。


お父さんはこーきから何か聞いたのかな。



「鈴、大丈夫だから」



「お父さん…」



「心配しなくていいから

 朝霧くんの顔が立つようにしっかり弾きなさい」






って


くよくよ悶々している場合では無い。


今日、土曜日は県北の大きなイオンでイベント。

こーきもお父さんも知ってる石原さんにお願いされたやつ。


担当はピアノの私と愛理、一年生バイオリンの駒沢さんと岡本さん。

朝から山根先生が車で連れて行ってくれた。


「しっかりやってよ」

「「「はーい」」」

「上手くいけばまた呼んでくれるかもしれないし」

「衣装どんなんだろうね」

「準備しててくれるって初めてだよね」

「似合わなすぎたらどうしよ」

「愛理最近太ったから心配~」

「えぇ?!太ってないじゃん!」

「愛理先輩細いですよ!」

「そんなことないよぉ~」

「てか愛理先輩可愛いから

 どんな衣装でもいけますね!」

「ホントホント~」

「ないない~やめてよぉ~」

「ありますって!」

「いいな愛理可愛くて」

「スズも可愛いって~」


「青井、ついたらすぐ石原さんに挨拶ね」

「はーい

 お父さんにも言われましたー」

「私顔わかんないからちゃんと紹介してよ」

「わかってます」

「来月のホテルからの依頼のもお礼言わなくちゃ

 石原さんが勧めてくれたんでしょ」

「スズ先輩ほんとすごい」

「最近出来る女化してますよ!」

「ピアノも上手くなったし

 …や、元々上手かったけど

 なんていうか魅せる!って感じで

 音変わりましたよね~」

「え、なにそれ~わかんないよ~」


「音楽部のエースじゃないですか!」



到着した会場は、広くスペースの取ってあるイベント会場。

土曜日でお客さんの多い大きなモールには、特設されたステージに電子ピアノが二つ。

それにバイオリン用に譜面台が二つ。


正直、石原さんが何の会社なのかわからないけど、主催は石原さんの会社だ。


私たちに用意された衣装はAKBみたいに可愛いやつだった。


「ハズッ!」

「やばい愛理先輩萌えます!」

「え~そうかな」

「これで演奏するってなんか新鮮」


コンサート感のあるドレスと違い、カジュアルで楽しい雰囲気。




コンコン


「失礼しまーす」


控え室のドアが鳴り、みんなパッと手を止めそっちに注目する。


「はい!」

そう答えたのは山根先生。


ドアが開くと、そこに居たのは今見て思い出した。


「石原さん!」


「やぁやぁ青井さん

 先日は素敵なピアノ、楽しませてもら…」

「スイッチありがとうございました!!」大声

「あ…いやいや!

 楽しんでる?」

「はい!すっごい面白いです!」

「それはよかった」


紹介しなくともわかったらしい山根先生は石原さんにご挨拶し、


そして私たちの出番が来た。



パチパチとまばら拍手に迎えられステージに出ると、ちびっこたちとファミリーがわんさか。

ショッピングカート押した通行人も足を止めたりする。

衣装の感じから「お、アイドルでも来てるのか」的な。


司会進行のお姉さんが、とびっきり明るくて楽しい声でちびっこに問いかける。

『みんなは~、ピアノ知ってる~?』

返答なのかわからない叫び声がわーわー。


でもなんかみんな楽しそうな顔。


『今からお姉さん達にピアノを弾いて貰います!』

岡本さんと駒沢さんは緊張顔。

愛理はいつも通り、ピアノを弾くことに気持ちを集中してる感じ。

この愛理の表情にプロっぽくていつも憧れる。


お姉さんの振りを待つ間、一番前ですんごいガン見の女の子と目が合った。


エ…エヘヘ


小さい子の扱いはわからない。

だからとりあえず笑ってみたら、その子はにこっ!っと笑い返した。

それがなんかときめいた。

ファミリーの多いこんな会場でこんな衣装。


今日はきっと聞かせるんじゃなくて



楽しんでもらうやつだ。



ハッピーなピアノを弾かなくちゃ。



何かのスイッチが入ったように、自分の中で切り替わる。



『では!マリア女学院高等学校の皆さん

 よろしくお願いしま~~す!』


お姉さんの声から


1,2,3


心の中で数えて、最初の音を奏でたのは私。


それにバイオリンが音を乗せ

さらに愛理が伴奏を乗せ

そこにまたバイオリンが入り込む。


わぁ~~


会場が音に注目する。



さっき目が合った女の子は、キラキラした視線を送ってくれた。



それから5曲。

誰でも聴いたことのあるjポップから、アナ雪にアニメ主題歌。

気付けば最初の倍は観客が増え、私はその中にお父さんとお母さんを見つけた。


だけどそれよりなにより


目を輝かせるちびっ子達の眼差しが


たまらなく嬉しい。



ピアノを弾くのはやっぱり楽しい。



5曲が終わり、お姉さんは色々とお話しをする。

それは私たちにはわからないけど、石原さんの会社に関する何か告知のようなもので、私たちはそれを盛り上げるために呼ばれている。



『じゃあみんな~

 ピアノとバイオリン、弾いてみたい人!』

はいはいはいはい!って手を挙げるちびっ子達。

台本にあったとおり、フリータイム的にちびっ子がピアノの前に集まった。


「ひきたーい」

「ワタシぴあのならってるよ!」

10人くらいわっと集まってきて、パッと見るとバイオリンにも同じように集まっていた。

ピアノよりも普段接することはないと思うそんなチャンスに親も集る。

「じゃあ順番に~」

集まってくれた子に手を重ね一緒に弾いたり、ドレミの歌を弾いてみせたり。


ふと思い出した。


おもちゃのピアノでお母さんが弾くドレミを同じように弾くと、お父さんもお母さんも嬉しそうに褒めてくれたっけ。


「上手だね~」

「どーれーみー」

「そうそう!すごーい!」

「つぎぼくー!」

「はやくー!」


嬉しいな

楽しいな


ピアノ弾きたいって思ってくれたんだよね。


「待って待って

 じゃあボクこっちで一緒に弾くよ

 せ~の…!」


鍵盤に指を下ろし

「どーれーみーふぁーそーらーしーどー」

低音と高音で重なる。

「すごい!上手だね綺麗だったね!」


楽しく鍵盤を押してくれるのが嬉しくて


こんなピアノもあるんだって思った。




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