スズの攻撃力

なんてことが出来るはず無い。



「ここにしよ?」

「うん」


馬由が浜祭りがあった大きな公園の駐車場に停めた。

告白した日、座って話したベンチは駐車場より反対側に遙か遠く、こっちはため池のある水辺風。

そんなに綺麗ではないけど。

草ぼーぼーだし、暗いし。


そのほとりのベンチにスズが座った。

だから俺もその隣に座った。


「くっつきたいの」


頬を膨らまし、ズリっと寄ってピッタリくっついた。


なんて可愛いことをするんだ。


「食べよ?」

「うん」

肉まんはもう常温だった。

「美味しいね」

「熱くなくて丁度いいな」

「肉まんきね~ん」

スズが左手を伸ばし、インカメラの画面がこっちを向く。

「え、撮るのか?」

「ダメ?」

過去の女たちもこうやって撮りたがった。

絶対撮らなかったけど。


「いいよ」


「やった」



「ハイチーズ」



カシャ



肉まん記念の写真が撮れた。

ニコニコなスズ

可愛い。


「それ送って」


って言っただけなのに、なんでそんなに嬉しそうなんだ。


スズがラインの画面を出す。


「そうだアルバム作ろ!」

「アルバム?」

「え、知らないの?ここにね…」

スマホを俺にも見えるように傾け、アルバムとやらを説明するスズ。



PPP PPP


音が鳴ると同時に、その画面の上に表示されたメッセージ。



『今週の金曜ヒマ?

 映画の試写会当たったんだけど行かない?』



須山龍之介



だから誰なんだよ。


「スズ…」


「えっと…」


気になる。

ウザいと思うかもしれないけど嫌なもんは嫌だ。


「ごめん、この前見るつもりなかったんだけど

 ロック画面にメール見えてしまって

 気になってたんだ…誰?」


この前はデートしようって…


おいおいおいおい!

その顔は初めてだぞ!

バツ悪いのか?

そんな顔するのか!



「ごめんなさいっ!!」


な…なにが…


マジで…?



「誰…?」



そんな深刻な相手なのか?


あ、俺あれだ。

スズは100%俺オンリーだと、どっかで自満々だった。



「ホントにごめんなさい…」



やべえ


手…震えるんですけど…




「龍之介くんは…友達だと思ってたんだけど

 英介が言うには友達じゃ無いらしくて…」

「え…?」

どういう意味?

「夏祭りの日ね

 マンションの近くで声かけられて…

 知り合いだと思ったんだけど

 英介はそれはナンパだって言ってて

 番号交換しちゃったんだけど。

 友達だからいいと思って

 バイクで送って貰ったりしたの」


ま……マジか


「でも英介がね逆だったらどうだって言って…

 朝霧さんが女の人とそんなことしてたら嫌だなって」


あいついいやつじゃないか

応援してくれてんのか。


「ごめんなさい!

 でももう朝霧さんが好きだから

 友達デートは出来ないって言ったの!」

友達デートってなんだよ。

スズの無知さと素直さを見抜いてんなこいつ。

「でもねたぶん龍之介くんは

 私のこと友達としか思ってないの」

「なんで?」

絶対そんなことない。


「もしね、朝霧さんと喧嘩したり

 悩んだことがあったら相談してって

 男の意見が言えるからって」


どんだけ無知なんだ。

どう考えても弱みにつけ込むんだろ。

男の本性なんてなんにもわかってなくて、素直に何でも聞いて疑わずに懐いて。


そんなとこが



まぁ好きなんだけど。



「スズ」


「ごめんなさい…」



「もし俺のことで悩むことがあったらさ」

「うん」

「この先、喧嘩したり疑ってしまったり

 不安になったり色々あると思うんだ」

「うん」

「その時は…」

「その時は…?」


「俺に言えばいい」


「朝霧さんに?」


「何でも言えって言ったろ?」



「そっか…そうだね」



「不安なことも俺の嫌なとこも

 喧嘩してむかついたことも

 こうしたいああしたいってことも

 どんな小さなわがままもなんでもいい」



静香の言うとおり、俺はたぶん女心はほぼわからないし察せない。

だからなんでも言って欲しいのは本音だ。




表面だけ繕って付き合うのは嫌なんだ




スズだけは。




「怒ってない?」

「怒ってないよ

 ちゃんと話してくれたから安心した」

「よかった」


「……」

「……」

「……」


何を待ってるんだ…


じっと待つ。

上目遣いはキラキラウルウル。



シッポ振ってないか?



ヨシヨシ



前髪の上辺りを撫でると、ニコッと笑って肉まんの続きにかぶりついた。




「少し涼しくなったね」


肉まんを食べ終わり、更にピタッとくっついたスズは満足そうに笑う。


ふと目に入った袖口のボタン。

それを指でつつくとスズはまた笑う。


「運命のボタン~」


目と目が合って笑い合う。

運命を分けたボタンの出来事を思い出して。


だけど笑いは自然に消え、合った目と目だけが残される。



今キスしたいと思うのはスズも同じだろうか



「スズ」


「ん…?」



「嫌だったら嫌だって言えよ」



「何も嫌じゃないよ」



肩を抱き寄せると、スズは腕の中に入り込んできた。


愛おしくて愛おしくて


たまらない



時間が欲しい


もっと




抱きしめていられる時間が。




「早い…」

「ん?」


「時間経つの早くて嫌になっちゃう…

 くっついてたら…時間が早くなるの…」


腕の中でか細い声がささやく。


寂しそうに。



思わず力を込めてしまった腕。


シャツを握りしめるスズの手にも力が入った。




「キス…したい」




どこまでビビりなんだ俺は


またスズに言わせてしまった。


何でも言って欲しいけど、これはそれとは違う。

スズが嫌かもしれないって

会えるだけでいいなんて。


スズはもうそんなこと思ってない。

会いたいのは前提


会ったら触れたい


触れて確かめたい。




頬と髪の間に手を差し込むと、スズは顔を上げた。



潤んだ目



恥ずかしいよな

そんなこと言わせて。



「ごめん…」



唇と唇が触れる瞬間


目を閉じたのはたぶん同じタイミングだった。




ギュッと力の入る唇



しがみつく手にも。




「スズ」



伏せていた目が俺の目を見る。



力の緩んだ手



だからもう一度


スズが目を閉じる前にキスをした。



油断した唇が



柔らかく唇についた。




そしてこのいい雰囲気の最中



タイムアップ




「そろそろ送る」

「やだ~もっかい」


何の技だそれは。

だだこねた風のキスして角度。

するに決まってんだろ。

チュッと一瞬キスすると、スズはもう一回と何度も言う。


切りがない時間もない理性もなくなる。



「終わり、ホントにもう時間だぞ」


「ね、じゃあさ…」



は?


だからどのタイミングでもじもじ出してくるんだ!

今度はなんだ!それ可愛すぎるから!

HPもう半分だからやめてくれ!





「大人のキスして?」





は……?



「本物の大人のキスはもっと違うんでしょ?」



うわああああああ!

何でも言えって言ったけどそんことを!!

攻撃力エグいだろ!!



「す…すぅさん

 それはまた今度で…お願いします」



攻撃力凄すぎてHPゼロ

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