第12話 私、ランクアップ?
颯爽と歩く犯人の後ろを、おいて行かれないように、はぐれてしまわないように、その背中を追いかけた。
少しも私を気にしてくれない歩調。
あの~…
私、存在してますかね?
「あの…」
スタスタスタスタ
「あの!」
「帰ったかと思った」
「だって待ってろって」
「来ないと思わなかった?」
「思いません!」
犯人の足がピタッと止まる。
「わぁ…綺麗!」
そこはオフィス街からほど近い有名な並木道だった。
光の粒があふれる
ライトアップされた幻想的な光のトンネル
「すご~い!こんなの初めて!」
犯人と目が合う。
はしゃぎすぎた。
目がなんだか呆れてる。
「すみません…」
「ピアノ」
え?
「ピアノ弾けるんだな」
「はい」
ピアノ弾く女は嫌いですか?
犯人はまた歩き出した。
だからおいてかれないように追いかける。
「何か食う?」
はい?
「ケーキ?肉?」
え…一緒にご飯食べてくれるの?
あ、でも
「お金…持ってない」
犯人から何も返事はなく、ただスタスタ歩いて行く。
だからまた私は早足で追いかけた。
並木道を抜け駅の反対側に出てきた。
沢山お店の並ぶ駅前の少し外れ、犯人はビルの間の階段を上がっていく。
木の扉を犯人が押すと、ぎぃっと擦れる音のして、それに続いてカランカランって可愛いベルが鳴った。
可愛いカフェエプロンをつけた店員さんに
「二人です」
と、私も人数に含まれてて、店員さんがカウンターを指すと犯人は私を奥に座らせた。
ちょっと待って…
真横に
すぐそこに
「何がいい?」
犯人がいる。
「えっと…」
こうやって横にいることを、私は切望してたはず。
なのにこんな急展開に頭も心もついてけない。
現実味が感じ取れない!
「すみません、生1つ」
そう言いながらおしぼりで手を拭く。
「お前は?ジュース?」
「お…お水…」
「アイスティーください」
落ち着け私。
これはランクアップの大チャンスじゃないか。
「何にする?」
あんまテンパってたらいかん!
ここは平静を装わなくちゃ!
「えええーっとね」
メニューをサッと上から下まで速読。
「オムライス!」
犯人はメニューを閉じ、飲み物を持ってきた店員さんに注文を言った。
「オムライスとハニーマスタード、ライスで」
「オムライスの方はホワイトソースかデミグラスが」
犯人が私に答えを求める。
「ケチャップで!」
「はぁ?」
え、怒ってる?ケチャップ間違った?
「かしこまりました~」
「あるのかよ…」ボソッ
「飲めば?」
ゴクゴクとビールを飲んで、犯人は私にも飲めという。
カンパーイ
とか
おめでと~
とかはなかった。
「いただきま~す」
ストローを差し、口をつける。
ドキドキドキ
こんな可愛い店で並んで一緒に飲むとかさ!
ちょっと待ってよ!
ちょー緊張する!
そんな見ないで!
チラッ
スマホ見てた。
なーんだ
ゴクゴクゴク
「……」
待って、なんでいきなりこんな事に?
やっぱりまだ信じられない。
この人何考えてる?
こっぴどくフルためならこんなお店来ないよね。
「なんだよ」
「いえ…」
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『誕おめーー!
明日昼休みに祝おうね!』キノコ
やば~嬉し~
『ありがと(*^_^*)
ちょー楽しみにしてる!』送信
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『どうなった?会えた?』杏奈
『今急展開なの!あとでラインするね!』送信
「早…」
「え?」
「それ打つの」
そうかな
普通だよね。
「何年?」
「な…」
私に興味持ったの?!
「何だよ、何年生か聞いただけだろ」
「ににににに二年です!」
返事はなく、ビールをゴクリ。
「あの…甲田ホールディングスって
何の会社なんですか?
お仕事って何時までですか?」
「色々」
「色々?」
「俺は今は太陽光パネル屋さん
電気屋さんもいるし銀行屋さんもいるし
エビ屋さんもガソスタもある」
「ちょっとよくわかんない」
「時間は教えません」
「張り込まないから教えて下さい」
「嫌」
「じゃあ出てくるまで待ちます、正面玄関で」
犯人、ため息。
「時間は決まってない
遅くまで会社にいるときもあれば
早く帰るときもあるし、平日休みもある」
「なんだ…だから会えなかったのか」
犯人のスマホが鳴り会話は途切れた。
ラインかな。
文を打ってるみたいだった。
彼女なのかな。
店内で流れるBGMはオルゴール調のjポップだった。
去年のコンサートで弾いたジュピターが流れ、ついついそれに合わせて指が動いた。
木のテーブルを鍵盤にして。
「来たぞ」
半分弾いたとこで犯人が私のアイスティーを端っこによけると、店員さんがそこにオムライスを置いた。
黄色い玉子の上にドーンとハンバーグが乗って超豪華。
「わ~!ケチャップ美味しそう!」
「は?」
「いただきま~す」
小さな器に入った真っ赤なケチャップ
「自家製なんですよ」
「そうなんですか?!じゃあ絶対美味しい!」
スプーンですくって一口
「わ、うま~!
こんな美味しいケチャップ初めて!」
「普通ライスからいくだろ…」
すぐ隣で犯人が、鉄板ジュージューなハンバーグを切り、それをツブツブマスタードのソースにつけてパクりと食べる。
カミカミ
ごっくん
「なんだよ…」
うわぁ〜!犯人がご飯食べてる!
こんな真横でもぐもぐって!
カウンターしか空いてなくてよかった!
隣同士ばんざーい!
「え、食う…?」
フォークに刺したそれを私に向ける。
プルプルプル!←高速首振り
あぁぁ!しまった!
食べればよかった!
ドキドキしてつい拒否っちゃった!
会話はさほど盛り上がらなかった。
いやむしろ食べてる間ほぼ会話はなかった。
『美味しいね』
『ケチャップついてるぞ、こいつ~』とかやりたかった。無理だけど。
「ケチャップだけ食うなよ…」
「めっちゃ美味しいです」
「もう入ってないって…」
「指で取ったら引きますか?」
「ケチャップだけ食ってる時点で引いてる」
諦めてスプーンを置くと、犯人は私のお皿の上で散らかってたスプーンやナイフをまとめて鉄板の上に置き、落ちてたレタスの切れ端を拾い、グラスから落ちた水滴をナプキンで拭いた。
そのまま立ち上がりレジへ。
だから慌ててあとを追いかけた。
「お会計3620円で~す」
えぇ?!そんなに?!
あ、財布財布!
「いいから…そこ出とけよ」
「でも…」
「いくら持ってんの?」
小銭入れを確認
「744円…」
またきっとあきれ顔で引いてると思った。
ランクダウン確定
ケチャップは舐めるし
皿は散らかるし
お金は持ってないし
なのに犯人は
笑った。
呆れたやつとは違う
嫌なやつじゃなくて
微笑むみたいに少しだけ。
「20円」
出しかけたカードをしまい、1万円札をお皿に乗せると犯人は手を出した。
だから20円渡した。
ホントは優しい
笑った顔は優しかった。
どうしよう
大好き
このあとまたこっぴどくフラれるなら
知りたくなかったかも
こんなの
「行くぞ」
犯人はさっさとお店を出て行く。
だから私ははぐれないように
おいてかれないように
またその背中を追いかけた。
これが駅に向かってることはわかった。
もう22時過ぎ。
歩きながら犯人は時計を見る。
「親にちゃんと連絡した?」
「はい」
夢みたいなお誕生日だった。
終わりかな。
来るなって言われるんだよね。
あ、これ最後の晩餐だった?
絶対そうだ。
犯人の背中を見ながらそう思った。
「丁度あるな、しかも快速」
時刻表を見上げ犯人が言う。
丁度なくてよかったのに最終は23時12分。
そこまで一緒にいたいなんて言えないけど。
「もう来るなよ、ストーカー」
やっぱり
なんかテギレキンだったみたい。
さっきの時間が。
でもせめて
これだけ
テギレキンでいいから
諦めないといけないのは
ホントはわかってるから。
「名前…教えて下さい」
小さなため息。
会いたくない相手にそんなこと聞かれてきっと嫌だった。
犯人はポケットから小さな財布みたいなのを出し、小さな紙切れをくれた。
「間違っても会社に電話すんなよ」
「なんて読むの…?」
「朝霧光輝」
「アサギリコウキ?」
「わかりすいなお前
名刺くらいで嬉しい?」
だってずっと知りたかった名前だもん。
呆れようにそう言って、犯人は私の手から今もらった名刺を取った。
手に持ってた鞄は下に置き、内ポケットから出したボールペンで手の平の名刺に何か書いて
「重要な用事以外するなよ
まぁそんな用事ないけどな」
名刺を私に戻し、犯人はもう背を向けて歩き出した。
名刺には
ラインのIDが書かれていた。
これはランクアップでしょうか。
それともテギレキンでしょうか。
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