第12話 鉄塔
Yさんは小学3年の夏休み、クワガタ捕りに朝早く一人で家を出た。
クワガタやカブトムシをたくさん捕まえるには、誰よりも朝一番で虫たちの集まる木に行くことだ。
まだ地域のラジオ体操が始まる前の時間。空がやっと白み始めている。
近所の森にはお目当てのクヌギやコナラの木が何本かあった。以前から何度も来ているので、虫たちが好んで集まる木を何か所か知っている。
ところがこの日、目星をつけていた木を全部回ったが、クワガタもカブトムシも一匹もいない。
Yさんは仕方なく、まだ行ったことがない森の奥へと入ってみることにした。
初めて入る森の風景におっかなびっくりしながらも、自分だけの秘密の木を発見できるかもしれないという期待感が膨らんでいた。
森の中をしばらく行くと、高い送電線の鉄塔が目の前に現れた。
鉄塔の足元はフェンスで囲まれていて、その周辺の雑草が刈り取られ、ちょっとしたスペースになっている。
そこに若者たちがいた。
男性二人と女性一人。
3人がバレーボールで遊んでいる。
Yさんは違和感を感じた。
こんな時間にこんな所で大人がボール遊び?
よく目を凝らして見ると、やっぱり妙だ。
こちらに背を向けている手前の男女二人。
その女性の方が上半身裸だった。
後ろ姿だけで前が見えたわけではないが、体格とやや長めの髪型で女性だと思った。
ズボンのようなものは履いており、上半身裸で楽しそうにボールを追っている。
女の人が裸?
次にYさんはすぐにもうひとつの違和感の正体に気づいた。
音や声が全く聞こえないのだ。
楽しそうに遊んでいるのに、3人の声もボールを弾ませたりする音も一切しない。
無音の中、楽しげに遊ぶ3人の若者。
なにこれ
やっぱりおかしい……
そして次の瞬間、こっちを向いている向こう側の男性の様相に気づいて、Yさんは腰を抜かしそうになるぐらい驚いた。
顔がなかった。
真っ白で凹凸がないのっぺりとしたものが首の上にあった。
その印象が強烈すぎて髪の毛があったかどうかまでは覚えていない。
幸い3人はYさんに気づいていないようだ。
相変わらず無音のボール遊びを続けている。
Yさんは音を立てないようにゆっくりと踵を返すと、一目散に家まで逃げ帰った。
朝食の準備を始めていた母親にたった今見たものを説明し、いぶかる母親を半ば強引に連れて鉄塔の場所まで戻ったが、さっきの3人の姿はもうそこにはなかった。
「寝ぼけて夢でも見たんだよ」
母親にはそう言われたが、絶対に夢などではない。
その顔ってどんな顔ですか。
例えばタイガーマスクに出てきたミスター・ノーみたいな感じとか?
僕はYさんに尋ねた。
そうそう、あんな感じ。
何にもない。
のっぺらぼう。
本当はこの話あまりしたくないんですよね、あの顔を思い出すから。
Yさんはそう言って、サワーのお代わりを注文した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます