第4話 それがキス顔だなんて思ってない


 学校から歩いて10分もかからない場所に凜の家はあって、一緒に帰っていた時は、たまに学校帰りに遊びに寄っていた。

金曜日の夜か土曜日の夜はどちらかの家に泊まる。そんなことも当たり前のようにしていた。「今日泊まりに来なよ。暇だし」なんて軽率に誘っていた自分が懐かしい。

凛が図書委員の日に一緒に帰るのを避けだしてから、たまの流れだった学校帰りに凜の家に寄ることはほとんどなくなった。それは結構おもしろくないけど、自分のせいだ。


 実は金曜日の夜か土曜日の夜に遊びに行くことは、凜と先生のキスを見てしまった後も続いている。凜と私の家に先生は来ることはできないから、先生の影を見ることもないし。


「金曜日泊まりに来る?・・・来なよ。お母さんも来るなら、紗良の分も夕食作って待ってるって」

そんなふうに凜が言ってくれる。何も知らなかった時は、私の方が多く誘っていたのに、というよりほぼ私が話を切り出してたのに、今では泊りの話を切り出すのが半々の割合くらいになっている。凛のこと考えると、軽率に誘い過ぎていたんじゃないかと思った。実は面倒な友達とか思われてないよね?って。

私の方がお泊りのことを言いだし辛くなって、その代わり凜が聞いてくれることが多くなったといわけだけど。そうやって凜が言ってくれることがうれしくて、切り出してくれるのを待っているところもあった。



今日も凜の家に行って、凜の部屋で過ごす。


「ご飯できたわよ」


「はーい」


お母さんに呼ばれてが凜が返事する。

彼女の後について階下に降りると、ダイニングテーブルに凜のお母さんの作ってくれた夕食が並んでいる。

凜の隣に座って、いただきますと2人で食べ始める。すると、いの一番にサラダのトマトを私の皿に凜が入れた。

トマトクリームパスタに、サラダに、スープ私としては好きなメニューだ。


「パスタにトマト入ってるからサラダに入れなくていいのに」


凜がお母さんに抗議している。凜は生のトマトはダメで、火を通してあるのは大丈夫で、ケチャップは何ならどちらかというと好き。同じトマトなのにね。わからなくもないけど。

だからサラダのトマトはいつも私の所にやってきた。

私は好きだから、その様子を横目に皿に入れられたトマトをフォークで刺して口に入れた。


「紗良ちゃん、あんまり甘やかさないでね。凜も、いつもいつも紗良ちゃんに頼らないのよ」


私は、別に気にしてないけれど・・・少しくらいはそうか……凜に食べさせたほうがいいよね。

私の分のトマトがまだ皿に残っている。フォークで串斬りトマトの先端の三角部分を少し切り取った。


「凜、はい。このくらいならいける?」


 凜の目の前で大きさを見せてみる。

凜の目に動揺が浮かんでいて、先生のキスの後でさえ動揺してなかったくせに・・・なんて思った。

先生とのキスには動揺はしない・・・それはもう凜にとって、落ち着いて心地いい関係ってこと?

……じゃあ、凜を動揺させられてる私の方が、この瞬間心を揺さぶるって意味では勝ってる?なんて考えそうになった。


 勝手に何に張り合っているんだろう。バカみたいな想像をして張り合おうとしてるなんて意味がわからない。しかも自分の手札がトマトのかけらなんて、自分はホントにバカだなと思った。

何を考えているんだろう。



 そうしてる間に、悩んでいた凜が頷いた。

凜の皿に入れてあげるつもりだった。


私と凜の間で浮かんでいたトマトのかけらは、近づいてきた凜の口がパクリと持っていった。

トマトは無くなって、フォークを持ったまま私の動きは止まってしまう。


「え?」


別に私は食べさせようとしたわけじゃないのに……いや、別に凜がそんなふうにトマトを持っていったっていいし、凜が近づいてくるのなんてしょっちゅうだし。

目を瞑って近づいてきて、目の前にあったトマトを唇で挟んで持っていった。その表情が何故か目に焼き付いた。


凜はスープを口に含んで、トマトの小さな塊を飲み込んでいた。

一瞬、私の中の時が止まっていた気がした。


「・・・もう一口食べる?」

自分自身の動揺を消すために凜に話しかける。

冗談でもう一口食べる?なんて言った。


「もう、いらない」


それを当然凜は拒否した。

ふふっ…すこし、おこ顔の凜がかわいくて吹き出す。

つられた凜と2人で笑って、あとはおいしい夕食の時間を過ごした。

自分でもなんで?なんて思うことがあったけれど、すぐにまあいいやと目の前のごはんに気は持っていかれた。






最近は時々、凜と居てスンと気分が落ちるような不安になることがある。凜にとっての私との友情の位置はまだ変わらずにあるかと考えてしまう。

でもこうやって、凜と一緒にいる時間があるから、勝手な凜と先生の妄想をして、友情からドロップアウトせずに済んでいると思う。

これが嫉妬なんだと気づいて、自分は嫉妬しない人間だと思ってきたのになんだかちょっとショックだと思った。



 夕食も済んで、お風呂も入って、凜の部屋でダラダラ過ごす。

 いつも、部活の話、ゲームの話、SNSや、動画や、漫画の話、友達のこと私が話しかけることに、凜と話すことに、前まで楽しい以外の何かを考えたことなんてなかった。

 凜は私と話すことに、いったいどれくらい楽しいと思っているのだろう。


 話したくないことや、話せないことがあるのはしかたない。凜の話せないこと、先生との関係をを知ってしまった今、凜は他にもいろんなことに本当のことを言っていないんじゃないかと疑心暗鬼になってしまう。

 別に先生のことを正直に言ってほしいんじゃない。ただ間接的にだって、例えばだけどって、ごまかしてくれてもいいから、少しくらい何か溢してくれたら凜との友情に安心できたのに……時々凜を見つめて考えた。


こうやって、お泊り会をしてる時にも、今凜の会いたい相手は先生なんだろうななんてかってに考えたらなんだか悔しくなった。

そして、心は重くて寂しくなった。

最近ネガティブな自分ばかりが心の中にいるんじゃないだろうか。


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