第5章:鍛え上げられる拳 〜交錯する魔法と格闘の心〜
琥珀の名が魔法社会に轟き始めた頃、彼の周りには常に緊張感が漂っていた。魔法使いたちは、この異端者の存在を許すわけにはいかないと考え、次々と挑戦状を叩きつけてきたのだ。
ある夏の夕暮れ時、琥珀は鉄心の鍛冶屋の裏手で厳しい特訓に励んでいた。汗が滝のように流れ、筋肉が悲鳴を上げる。しかし、琥珀の瞳には決して消えることのない闘志の炎が燃えていた。
「もっと集中するんだ! エーテルの流れを感じろ!」
鉄心の厳しい声が響く。琥珀は歯を食いしばり、全身の神経を研ぎ澄ませる。周囲に漂うエーテルの微かな揺らぎを、全身の毛穴で感じ取ろうとしていた。
(もっと……もっと深く……!)
琥珀の意識が極限まで高まった瞬間、不思議な感覚が全身を包み込む。まるで空気の質が変わったかのように、周囲のエーテルの流れが鮮明に感じ取れるようになった。
「今だ! エーテル撹乱拳を繰り出せ!」
鉄心の号令と共に、琥珀は渾身の一撃を放つ。拳から放たれた衝撃波が、目の前に設置された的を粉々に砕いた。
「ふむ……。まあまあだな」
鉄心の口から珍しく褒め言葉が漏れる。琥珀は、嬉しさと同時に、まだまだ足りないという焦りを感じていた。
その夜、琥珀は自室で両親の形見の手帳を開いていた。そこには、両親が編み出した独自の格闘技の技や心構えが記されている。琥珀は、その一つ一つを噛みしめるように読み返した。
(お父さん、お母さん……。僕は必ず強くなって、魔法使いたちに負けない力を手に入れます)
琥珀の決意は、日に日に強くなっていった。
それから数日後、琥珀は街の広場で魔法使いとの対決を繰り広げていた。相手は中堅の魔法使いで、その実力は侮れるものではない。
「ふん、【魔法無し】ごときが調子に乗るな!」
魔法使いの罵声と共に、炎の弾が琥珀に向かって飛んでくる。琥珀は瞬時に身を翻し、炎をかわす。
(エーテルの流れを読め……!)
琥珀は、鉄心から叩き込まれた教えを思い出す。目に見えないエーテルの流れを感じ取り、相手の次の動きを予測する。
魔法使いが次の詠唱を始めた瞬間、琥珀は一気に間合いを詰める。
「エーテル撹乱拳!」
琥珀の拳が魔法使いの胸に炸裂する。衝撃と共に、魔法使いの体内のエーテルの流れが乱される。魔法の詠唱が中断され、魔法使いは苦しそうに咳き込む。
「く、くそっ……! こんな技、あり得ない!」
魔法使いは怒りと恐怖の入り混じった表情で、琥珀を睨みつける。しかし、琥珀の動きは止まらない。次々と繰り出される連撃に、魔法使いはなすすべもなく倒れ伏した。
勝利の歓声が沸き起こる。琥珀は静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
(まだ……まだ足りない)
琥珀の心の中には、決して満足することのない炎が燃え続けていた。
この戦いの後、琥珀の名はさらに広く知れ渡ることとなる。魔法使いたちは、この脅威に本気で対処しなければならないと感じ始めていた。
一方、琥珀の心の中には、いつもある想いがあった。
(あの魔法使いは……、蒼空は……、今、何をしているんだろう)
あの天才魔法使いとの再会を、琥珀は無意識の間に望んでいた。しかし、その願いが叶うのは、まだ少し先のことだった。
琥珀の挑戦は、まだ始まったばかりだった。魔法社会の闇に立ち向かう彼の戦いは、これからさらに激しさを増していくのだった。
◆
琥珀の名声が高まるにつれ、彼に挑戦してくる魔法使いの数も増えていった。しかし、それは同時に琥珀にとって貴重な経験の場でもあった。一つ一つの戦いを通じて、琥珀は魔法の特性をより深く理解し、自らの技を磨いていった。
ある日の戦いで、琥珀は思わぬ発見をする。
相手は水系魔法を得意とする魔法使いだった。琥珀のエーテル撹乱拳をかわしながら、巧みに水の矢を放ってくる。琥珀は苦戦を強いられていた。
(くっ……! このままじゃ……)
追い詰められた琥珀の脳裏に、鉄心の言葉が蘇る。
「エーテルは常に流れている。その流れを感じ、寄り添い、そして……導け」
琥珀は深く息を吸い、意識を研ぎ澄ませる。周囲のエーテルの流れが、鮮明に感じ取れるようになっていく。
そして、次の瞬間――。
「はあっ!」
琥珀の掌が、飛来してきた水の矢を捉えた。しかし、それは単に受け止めたのではない。琥珀の掌を中心に、水の矢が渦を巻き始めたのだ。
「な、何だと……?」
魔法使いが驚愕の表情を浮かべる中、琥珀は直感的に動いた。渦を巻く水の矢を、魔法使いに向かって押し返したのだ。
「うわあっ!」
魔法使いは、自らの魔法に襲われ、あっけなく倒れた。
場は静まり返る。琥珀自身、何が起きたのか理解できずにいた。
「琥珀、今のはなんだ?」
戦いを見守っていた鉄心が、珍しく動揺した様子で琥珀に問いかける。
「分かりません……。ただ、エーテルの流れに身を任せたら……」
琥珀の言葉に、鉄心は深く考え込む。そして、しばらくして口を開いた。
「どうやら、お前は魔法を跳ね返す技を編み出したようだな……これは俺の予想をこえる偉業かもしれんぞ」
「えっ……?」
「相手の魔法のエーテルを感知し、それを一瞬で増幅させ、反転させる。そういう技だ」
琥珀は自分の掌を見つめる。確かに、あの瞬間、相手の魔法のエーテルが自分の中に流れ込み、そして増幅されて押し返された感覚があった。
「琥珀、この技を磨けば、どんな魔法も跳ね返せるようになるかもしれん」
鉄心の言葉に、琥珀の心が高鳴る。しかし同時に、ある不安も頭をよぎった。
「でも……この技、使うたびに体に大きな負荷がかかる気がします」
「ああ、そうだろうな。他人の魔法を一瞬で感知し、増幅し、反転させる。並大抵の負荷ではないはずだ」
◆
夜更けの鍛冶屋。炉の残り火が、琥珀と鉄心の表情を赤く照らしていた。二人は、テーブルを挟んで向かい合い、真剣な面持ちで議論を交わしていた。
「まずは、この技の仕組みを整理しよう」
鉄心が口を開く。その声には、いつもの厳しさの中に、かすかな興奮が混じっていた。
「相手の魔法が放つエーテルを感知し、それを一瞬で増幅させ、反転させる……」
琥珀は、自分の掌を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そう、本来ならば不可能なはずの芸当だ。魔法使いですら、他人の魔法を直接操るなどということはできん」
鉄心の言葉に、琥珀は顔を上げた。
「でも、僕にはできた。それは何故でしょうか?」
鉄心は眉をひそめ、しばし考え込む。
「おそらく、お前が魔法使いではないからこそできたのだろう」
「どういうことですか?」
「魔法使いは、エーテルを体内に取り込み、魔力に変換してから使う。しかし、お前は違う。エーテルを直接操る。つまり……」
「エーテルの本質を、そのまま扱えるということですか?」
琥珀の言葉に、鉄心は満足げにうなずいた。
「そうだ。だからこそ、相手の魔法のエーテルを、瞬時に感知し、増幅し、そして反転させることができたのだ」
二人の間に、短い沈黙が訪れる。琥珀は、この技の持つ可能性の大きさに、身震いを覚えていた。
「しかし、リスクも大きい」
鉄心の表情が険しくなる。
「相手の魔法を一瞬で感知し、増幅し、反転させる。これは、並大抵の精神力では耐えられん。下手をすれば、精神を壊してしまう可能性すらある」
琥珀は無言でうなずく。確かに、この技を使った後の疲労感は尋常ではなかった。
「それに、相手の魔法を増幅させるということは、もし完全に反転できなかった場合、自分が大きなダメージを受けることになる」
「つまり、諸刃の剣ということですね」
琥珀の言葉に、鉄心は深くうなずいた。
「そうだ。この技は、使い方を誤れば、自らを滅ぼす凶器にもなり得る」
二人は再び沈黙する。炉の火が揺らめき、その影が壁で踊る。
「でも……」
琥珀が静かに口を開く。
「この技を極められれば、どんな魔法使いにも勝てる。そう、蒼空にだって……」
琥珀の瞳に、決意の色が宿る。鉄心はその表情をじっと見つめ、やがて大きくため息をついた。
「お前の決意はわかった。だが、約束してくれ。この技は最後の切り札としてのみ使うと」
「はい、約束します」
琥珀の力強い返事に、鉄心は満足げにうなずいた。
「さて、この技に名前をつけるとしたら……」
鉄心が言いかけたところで、琥珀が口を挟んだ。
「魔力増幅反転掌……はどうでしょうか」
「ふむ……。的確だな。その名でいこう」
こうして、琥珀の新たな必殺技「魔力増幅反転掌」が誕生した。しかし、この技が琥珀にもたらすものが、栄光なのか破滅なのか。それはまだ誰にもわからなかった。
夜は更けていき、鍛冶屋の窓から、朝焼けの空が見え始めていた。新たな朝と共に、琥珀の新たな挑戦が始まろうとしていた。
◆
それからの日々、琥珀は魔力増幅反転掌の習得に励んだ。技の完成度が上がるにつれ、琥珀の戦い方にも変化が現れ始める。もはや単に魔法を無効化するだけでなく、相手の魔法を利用して反撃することも可能になった。
しかし、その代償も大きかった。魔力増幅反転掌を使用するたびに、琥珀の体は激しい痛みに襲われた。時には、技の使用後に意識を失うこともあった。
「この技はまさに諸刃の剣だ。使いどころを見極めろ」
鉄心の忠告を胸に、琥珀は慎重に、しかし大胆に技を磨いていった。
そんな琥珀の噂は、魔法社会の中でも次第に大きな波紋を広げていった。魔法を使わずして魔法に対抗する。そんな存在が現れたことで、魔法社会の中にも少しずつ変化の兆しが見え始めていた。
ある夜、琥珀は静かな月明かりの下、ふと空を見上げていた。
(蒼空……お前は、今どこで何をしているんだ)
魔法使いとの戦いを重ねるごとに、琥珀は蒼空のことを思い出していた。あの美しく、そして強大な魔力を持つ魔法使い。彼との再会を、琥珀は無意識のうちに、密かに望んでいた。それがなぜかは自分でも判らなかった。
しかし、琥珀は知らなかった。蒼空もまた、遠くから琥珀の活躍を見守っていたことを。そして、琥珀への複雑な感情を抱き始めていたことを。
運命の歯車は、静かに、しかし確実に回り始めていた。琥珀と蒼空の再会の時は、もう遠くはなかった。
そして、その再会が、魔法社会に大きな変革をもたらすことになるとは、誰も予想していなかったのだ。
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