第20話
康介はあの日、真奈美さんとの話し合いが長引いたのか終電もなくなった深夜にタクシーで帰宅した。
翌日、雪乃は真奈美さんとカラオケボックスでの話し合いの録音を聞いた。
「真奈美さんは康介を本気で愛しているのね」
「そうだったみたいだ」
康介は眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を浮かべた。
録音の中で、康介は何度も真奈美さんに伝えていた。
『あれは遊びだった。妻とは離婚しないし真奈美さんと復縁するつもりはない』と。
『奥さん浮気しているのよ!あなたとは離婚したいって言ってたじゃない』
『妻は、俺が浮気したから、それと同じことをする。それでも離婚したくないと俺が行った。彼女の不倫は俺が認めたことだ』
『それじゃぁ、康介さんもまた私とよりを戻せばいいわ!』
『俺は、妻を愛しているから、真奈美とは付き合わない。今度同じことをしたら離婚すると言われている』
『離婚したらいいじゃない!私だって夫と離婚したわ!』
同じような言い合いの繰り返しだった。
遊びのつもりでも、相手はそうじゃなかったという事だ。
「その場しのぎで甘い言葉を使っていたあなたが悪いわね」
「ああ……彼女には家庭もあり子供もいる。まさか俺に本気になっているとは思わなかった」
康介は辛そうに眉間にしわを寄せた。
「結局、話は終わってないようだけど」
「彼女とまた話し合わなければならない。彼女側も弁護士を立てるべきだと言おうと思っている」
「彼女との話し合いは必要だわ。私は穏便に済まそうと思っていたけど、彼女が直接私に接触してきた。私は最初に謝罪したいと真奈美さんが言ってきた時に弁護士を雇ったわ」
「ああ。分かっているよ。全部、俺が真奈美ときちんと別れられなかったことが原因だ」
「そうね。とにかく、彼女を何とかしてほしい。それができるのはあなただけだから、今後、彼女と二度と会わないでとは言わない。好きにしてちょうだい。けれど、また以前のように体の関係を持つのなら、先に離婚届を書いてからにしてね」
「それはない。もう俺は真奈美に興味はない」
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そもそも真奈美さんとの始まりは何だったんだろう。
ただ、マンネリ化した夫婦関係のストレスを発散するための浮気だったんだろうか?
「彼女との始まりは何だったの?」
「真奈美のご主人は単身赴任になって3年目だった。彼は赴任先で浮気していた」
なるほどそれで納得がいった。
なぜ真奈美さん夫婦がすんなり離婚になったのかが不思議だった。
いくらなんでも、子供がいるのに決断が早すぎると思っていた。
「そう、真奈美さんはご主人の浮気を知っていたのね」
「ああ。旦那の不倫に悩んでいて、その相談を受けていた。そして、そのうち体の関係を持ってしまった」
浮気を知って、他の男性と自分も関係を持とうとした。けれど私は思いとどまった。
けれど、あのまま前島さんに抱かれてもいいという気持ちはあった。彼に迷惑をかけていたし、康介は他の女を抱いたのだから。
けれど、結婚している状態で関係を持ったら、それは不倫だ。倫理に反している。私は自分をそこまで落としたくない。
結果、抱かれなかったとはいえ、キスはした。雪乃は自分が責められているような気がした。
「どちらが先かとかいう問題ではないわよね。多分……」
浮気をした事実は、理由はどうあれ消えない。
「君は……前島さんと、体の関係を持った?」
「それを聞かない約束のはずでしょう」
「……そうか」
康介は目をぎゅっと瞑って、天井を仰いだ。
「他の男に妻が抱かれたとしても、あなたは私と離婚しないの?」
「契約通りの事をしただけだろう。俺に君は責められない」
康介は耐えられるんだろうか。
長年夫婦をしていると、一度や二度の浮気はあって当たり前だという人もいる。
きっとそうなのかもしれない。
それくらいは許して、皆我慢して夫婦関係を継続させているのだろうか。
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「半年前から私を抱かなくなったのはなぜ?」
聞きたくない。けれど、訊かなくてはならないと思い質問した。
「……そうだな……無茶ができない。雪乃は、上品で、綺麗だ。愛しているし、俺にとっては飾っておきたいような妻だった」
「汚したくないということなのかしら」
「まぁ、そんな感じだったのかな。だから他の女性を性のはけ口にしていた。酷い男だよな」
汚したくないからと、前島さんも同じようなことを言っていた。
だから康介は他でうっぷんを晴らした。
雪乃は結婚してから夫を拒否した事はなかった。
だから、汚したくないというのは彼の気持ちで、私の思いではない。
求められたのはもう随分前だけど、それまでちゃんと性生活はあったのだから、康介の自分勝手な言い訳でしかない。
「私に魅力がなかったのかもしれない。あなた好みにできなかった。相性もあるのかもしれないわね」
体の相性という物があるのなら、雪乃の体は康介とは合わなかったのかもしれない。
雪乃はあまり経験がなかったし、男性を喜ばせる技術も持っていなかった。
面白みに欠ける妻だったのは否めないけど。
「やめてくれないか……」
「え?」
「彼との関係を、終わらせてくれないだろうか……」
自らが望んで契約を交わした康介が、言ってはいけない言葉だ。
「無理よ。あなたが離婚届にサインしない限り契約は続く」
「……わかった。後……3ヶ月」
こんな生活をいつまで続けるつもりだろう。
苦しそうな夫をみるのはつらい。
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