第18話


康介side



真奈美は気でも狂ったのではないか。


彼女の必死の形相に、ただ驚くばかりだった。

正気を失っているような真奈美の発言。


康介はどうやって説得すればいいのか考えていた。



「最初会った時は、ご主人との関係に悩んでいたね?」


「ええ。康介は優しく話を聞いてくれたわ」


「真奈美は悩んでた。俺は、学生時代真奈美に憧れていた。だから頼られるのは嬉しかったし、友人として、君の力になりたいと思った」


「康介さんは私に親切だったわ」


「そうだ。あくまでも友人としてだった。俺には妻がいるし、真奈美はご主人も子供もいた」


彼女はゆっくりと頷いた。



「俺は、ほんの軽い気持ちで君を抱いた。一度だけでいいからと真奈美が願ったからだ。だけど、断ることもできたのにしなかったのは俺の責任だ。だからといって本気で君を好きになった訳ではないし、ただの遊び感覚だった。真剣に妻と別れようとは思っていなかった。真奈美と一緒になりたいとも思っていなかった。その場の雰囲気に流された」



「私だって、あの時はこの関係が長く続くとは思ってなかった。ただ、寂しい気持ちを埋めてくれる存在になって欲しかっただけ。けどね、本気で夫より康介さんを愛してしまったの。何度も会って抱かれるたびに、夢中になっていったわ」



「止めなかった俺にも責任はある。けれど、もう終わった。この関係はただの浮気で、本気ではない」



「あなたは、奥さんとはセックスレスだと言った。なのにずっと私の事は抱いてくれたでしょう?私が奥さんよりも愛されていると思うのは当たり前だわ。今更、妻が大事だと言われても信じられない。康介さんは今、奥さんを抱いているの?彼女は浮気をしているでしょう。あの人、前島とかいう男の人とはそういう関係だわ」



「だから何だ?彼女が外で何をしようが、俺に文句を言う筋合いはない。俺への当てつけだ。雪乃は俺を愛しているから、わざと仕返ししているんだ。心は俺から離れていないと信じている」



「そういうのを独りよがりというのよ。雪乃さんの気持ちはとっくの昔に康介から離れているわ。彼女は私に言った。離婚しようと言っているのに別れてくれないって」



「そうだよ。彼女は離婚を望んでいる。俺は彼女を手放せない。言っている意味が分かるか?浮気しようが何をしようが、俺は彼女を手放すつもりはない。それくらい妻を愛しているんだ」


「だから私とは別れるの?私の家族は崩壊したのに?誰のせいなの?あなたのせいよ」


「なんと言われようが、俺は雪乃と別れない。だから君とは終わりだ」


***************************




話が通じない。



「ここでずっと話をする訳にもいかないわ。康介さんゆっくり話せるところへ行かない?」


ゆっくり話せるところって、どこだよ……


「いや、行かないし、これで話は終わりだ。もう俺たちに関わらないでくれ」



真奈美は悲しそうに眉をひそめた。

彼女に対して、酷いことを言っている自覚はある。

けれど、今、俺が一番に考えなければならないのは雪乃の事だ。



「子供は私の両親に預けているわ。もう、ずっと面倒を見てくれているの。私は夫からの慰謝料が手に入ったら、マンションを借りるのよ。あの人、自分が浮気相手と一緒になる為、私にたくさん慰謝料を支払うわ。子供たちと暮らせる広いマンションも用意してくれるの。そりゃそうよね、子どもを押し付けて、自分だけ新しい女と幸せになるんですもの」


子供を両親に育ててもらっているのか?

旦那さんは雪乃に慰謝料を支払うのか?雪乃自身も俺と浮気したわけだから責任はお互いにあるだろう。



「真奈美、子供たちの面倒は親任せなのか?君はそんな母親じゃなかっただろう」



「康介さんと一緒になる為なら、子どもは手放すわ。あなたのためだけにこれからは生きられる。康介さんを愛しているの、こんなに誰かを愛したことなんてなかった。奥さんよりずっと、あなたを想っているわ」



何てことだ……

彼女の子供も家庭も全て壊したのは俺の責任だ。


けれど、ここで流されてしまったら元の木阿弥だ。

ハッキリ彼女には言わなくてはならない。



「それはできない。お互いに責任がある。君は君の人生を生きてくれ」


「奥さんはもう、他の誰かに抱かれているのよ。あなたに気持ちはない。それでも縋りつくの……私だったら、康介さんを一生愛し続ける。大事にするわ。あなたに全てを捧げられる」



真奈美はこんなにも自分の事を想っていてくれるのか。

けれど、雪乃は彼と体の関係を持っていない。

そんなに軽く他の男と体の関係を持てる女じゃない。


それは長年一緒に暮らした俺が一番よく知っている。




「俺にはどうにもできない」



雪乃は、俺を捨てようとしているのに、彼女は全てを捨てて俺を愛していると言ってくれる。クソッ、気持ちが揺らぐ。


「最後だけ、最後に一度だけでいいわ……私を抱いて。あなたへの気持ちは、それでスッパリ諦めるわ。お願い……私を抱いて」



真奈美は意を決したように、うるんだ瞳で俺を見つめた。


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