第2章 ひとつ目の能力【3】

 レクスの見えないところで、神は世界の再生のために奔走している。そう考えてみても、目に見えないのだから実感が湧かない。和やかな空気の昼食では、世界が危機にあることなど想像すらできなかった。

(僕はこの世界に居るだけでいいらしいけど、他に何か役立てることはないのかな)

 このままでは、毎日ただキングに揶揄われ続けるだけの日々になってしまう。もちろん王としての仕事や責務はあるのだが、いまはまだその中でも初歩も初歩なのだろう。これからきっと、任務はより難しく、厳しいものへと変わっていくはずだ。キングに関しては、飽きてくれるのを待つしかないのだろう。

(それにしても……宮廷の料理、ほんとに美味しいな)

 フォークとスプーン、ナイフの使い方を知っている国の出身でよかった。どれを取っても絶品な料理を前に、レクスはそんなことを考えていた。宮廷の料理と言っても、レクスの想像とは違い質素な品が多い。平民であったレクスに気遣っているのかもしれない。

「失礼します!」

 快活な声とともにダイニングのドアを開けたのはフィリベルトだった。フィリベルトは背筋を伸ばし、恭しく敬礼する。

「キング、ご報告があるっス!」

「わかった。あとで行く」

「はっ! では、後ほど!」

 二度目の敬礼のあと、辞儀をしてフィリベルトは去って行く。その後ろ姿を見送りながら、おそらく先ほどのことだろう、とレクスは考えていた。どうにもきな臭い話のようで、彼らはそれをレクスに触れさせるつもりはないようだ。レクスが触れてどうこうできる話でもないのだろうが。

 武装した者たちがレクスに接触しようとしていた。それは、明らかな害意である。平民であったリベルが新しい王となったことに反発する者たち。おそらく、表面化していないだけで、炙り出せばいくらでも湧いて出て来るのだろう。

 リベルはかなり遠縁ではあるが一応、キングの血族であるらしい。若い上に、大した実力もない。貴族ですらない。そんな未熟者が王になったことを良く思わない者がいるのは当然だ。キングたちがレクスのそばにいる限りその切っ先がレクスに届くことはないが、この先、こういった事件は何度でも起きるだろう。

(けど、なぜそうまでして代替わりしたんだろ……)

 先の抗争は、キングが討伐されたということで収束したらしい。それも、人間軍の勝利という形で。しかし、キングはこうして生きている。人間軍との何かしらの取引があったと想像できるが、魔族にとって損失なのではないかとレクスには思える。キングの退位も、弱体化されたリベルが新魔王レクスとなったことも、魔族にとって得なことはない。きっと、そのことについてキングに訊いても、何も答えてはくれないのだろう。

 それは、レクスにとって“余計なこと”なのかもしれない。レクスには、目の前の仕事に集中しなければならない。新魔王として、やることは山積みだ。引き継ぎのための書類でさえあれほどの山を作るのだから、この先、その山はさらにうずたかくなることだろう。弱体化された能力で一人前の魔王になるには、まだ気が遠くなるほどの時間がかかるだろう。



   *  *  *



 昼食を終え、レクスが執務室の机に着くと、キングは真剣な表情で言った。

「絶対に執務室から出ないように。何があってもブラムから離れるんじゃないぞ」

「心配しすぎですよ。そもそも、ブラムが執務室から出してくれることはないんじゃないですか?」

「ブラム、頼んだからな」

「お任せください」

 レクスは、自分が彼らと比べてはるかに弱いことを自覚している。彼らから離れて行動をすることは、命取りになることもあるかもしれない。レクスとしてはそんな危険を冒すつもりはないのだが、彼らはどうにも心配性が過ぎるらしい。

「キングは心配しすぎなんじゃないかな。確かに僕は弱いけど……」

「レクスは魔族を統べる新魔王陛下であらせられます。なんとしてもお守りしなければならないお方ですから。城の警備も強化しなければ……」

 レクスを狙い武装した者たちを、城の警備は簡単に侵入させてしまった。だが、南の町には王宮を訪れる理由がある。それを利用したに過ぎないのだが、警備隊が酷い𠮟責を受けないよう、レクスから働きかけなければならないだろう。未然に防げたのだから、警備隊の強化で話を済ませればいい。そのために、レクスの名は便利に使えるはずだ。

「レクスがミラと回路同調シンクロされていたおかげで助かりました」

「でも、フィリベルトは武装していることに気付いたからキングを呼んだんですよね」

「おそらく。ですが、キングが弱い魔族を制圧することはできません。レクスがミラと《シンクロ》していなければ、対応は遅れたことでしょう」

 応対に出たのがキングであれば、武装した者たちが武器を手にすることはなかったのではないだろうか、とレクスは考える。キングに武器を向けるのは自殺行為と言える。だが、武器を取らずに城を出たとしても、再びレクスを狙って侵入して来るかもしれない。そのときも上手く対応できるとは限らない。ミラとフィリベルトに捕らえさせたことが最適な判断で、それはミラと回路同調シンクロしていたため滞りなく行えたのだ。

 そう考えたところで、レクスはミラとフィリベルトの制圧を待つあいだのことを思い出してしまった。俯く間もなく顔が熱くなるレクスに、ブラムは首を傾げる。

「どうなさったのですか?」

「な、なんでもない。ちょっと、キングに揶揄われただけ……」

 その途端、ブラムの表情が険しくなった。

「何があったのです」

「大したことでは……」

 キングがレクスに対してああいった言動を取っていることをブラムは知らないはずだ。侍従がそばにいるときには、キングは大人しくしている。そうでなければ困るのだが、その点においても侍従たちに厳しい対応を取ってもらいたくなるものだ。侍従たちのキングに対する心証を悪くするつもりは毛頭ないが、ミラはすでにキングに鋭い視線を向けている。侍従の全員がそうなれば、きっとキングは肩身の狭い思いをすることだろう。それはレクスにとって本望ではない。

「とにかく仕事をしよう。少しでも早く片付けなくちゃ」

「……かしこまりました」

 ブラムは怪訝な表情をしているが、レクスにはこれ以上に話すつもりはない。話したとしても、レクスが気恥ずかしい思いをするだけだ。それなら黙って仕事をすることを選ぶ。片付けなければならないものが多く残っているのも確かだからだ。



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