第38話 十五歳の記憶―我が娘―

 こみ上げてくる思いと涙を堪えて話を戻す。


「ぐすっ、あ~、なんだ。この後、何を話すつもりだったかな?」

「え、忘れちゃったの。結構重要な話なのに」

「結構じゃなくて滅茶苦茶重要な話なんだが。予想外の反応で抜け落ちてしまった。え~っと……」



「あの、私を守った女性剣士さんって?」

「ん? ああ、その方か。おそらく魔王ガルボグの直属の部隊の者で、お前を守りきり命を落とした。その後、埋葬しておいたよ」

「誰から赤ん坊だった私を守っていたの? まさか、敵はお父さんだったとか? 外だと、魔族と人間族は敵対してるって聞くし」

「そうか、そこだけ聞くとそう感じるのも無理ないか。では、出会いから順を追って話そう」



 アスティとの出会いを語る。

 戦いの気配を感じて駆けつけた場所で、赤子を懐に抱いた女性剣士を見つけたこと。

 彼女はガルボグ直属の特殊部隊の者で、同じく特殊部隊の者たちに襲われていたこと。


 理由は息子であるカルミアが父ガルボグの命を奪い、自分の立場を確固とするため、王を名乗れる可能性のある他の兄妹を粛清していたこと。

 女性剣士を襲っていた特殊部隊はガルボグを裏切り、カルミアについていたこと。


 俺は助太刀に入り特殊部隊を打ち払うが、女性剣士は深手を負っており助けられなかったこと。


 その時に、アスティを託されたこと。



 このことを伝えられたアスティはふむふむと頷き、次に悲し気な表情を見せた。

「私のために、その人。名前は?」

「残念ながら……」

「そっか。あの、さっきの話から考えると、カルミアって人は私のお兄ちゃんになるのかな?」

「そうなるな」


「じゃあ、お兄ちゃんが父親を殺して、私も殺そうとしたんだ」

「ああ、そうなってしまうな」

「そっか、そうなんだ……………あ、それで!」

「どうした?」



「お父さんが今まで話せなかった理由に合点がいって。私が生きてここにいると知られたら、カルミアって人が殺しに来るかもしれないからだ」


「ああ、その理由が一番だ。他にも、お前を利用しようとするやからが訪れる可能性があったからな。それが真っ当なものならまだいいが、欲にまみれた連中が寄ってくるかもしれん。俺は幼く判断のつかないお前が巻き込まれないようにしたかったんだ」



「そうなんだ。でも、真っ当なものって? 欲にまみれた連中というのもなんかピンとこないけど」

「王族の血を引くお前を王として立てたい者たちだ」

「へ?」


「カルミアの行為は不義理であり簒奪だ。正当な継承ではない。それを認められない者たちは、お前を正当な後継者として擁立しようとするだろう。また、それにぶら下がり、利用しようと考える者たちも集まるだろう」

「あ~、なるほどね。そっか、私って王族になるんだ。だから王に? うん、ピンとこない」



 うんうんと頭を捻り続けるアスティ。

 十五年間、村娘として過ごしてきた少女に対して、いきなり王族ですと伝えても理解しがたいか……。

 アスティは自分の頭近くで手を軽く振り、今ある思考を消す仕草を見せた。

 そして、別の質問をぶつけてくる。


「私の、ママは?」

「それに関しては不明だ。生きているのかどうか、どこの誰かさえも。だが……」


 ここで未練たらしく言葉を飲み込んでしまった。

 しかし、アスティがぼそりと続くはずだった言葉を漏らす。

「外に出れば、わかる……?」

「……そうだな。ガルボグの妻ともなれば、血筋や家柄もはっきり記録として残っているだろう。どこの誰かも、その生死もわかるだろう」

「そうなんだ……そっか、そうだよね」


「すまない、今の今までそれを黙っていて」

「ううん、仕方ないよ。父親の命を奪うような兄から命を狙われているんだもの。私を守るためだったんでしょ、お父さん?」

「ああ……」



 それもあるが、本当の心は恐れと迷い。

 さすがにこれは情けなすぎて声には出せない。だから、短い言葉だけを返して、問いをすることで誤魔化す。


「アスティ、お前に伝えるべきことを伝えた。これからどうする?」

「どうする? どうする、かぁ……う~ん、全部を聞いてもやっぱりふわふわした感じでいまいち定まらないというか。お父さんと血の繋がりがないことはすでに知ってるから話を聞いても、ああ、パパって魔族の王様なんだぁ、へ~って感じなんだよね~」


「本当に予想よりも軽い反応だな。もっと、衝撃を受けると思っていたよ」

「衝撃はそれなり受けてるんだけど、それ以上に現実感がなくて。魔王の娘って単語に」

「そうか」

「でも、そうだなぁ、これからかぁ。やっぱり、ママのことを知りたい、かな?」



 アスティは俺の様子を窺うように、ちらりとこちらを見た。

 それに再び短い言葉を返す。

「そうか」

「ごめんね、お父さん」

「謝る必要も俺を気遣う必要もはないだろう。子として母親は恋しいだろうし」

「ううん、恋しいとは違うと思う」


「え?」


「いや、恋しさが全くないわけじゃないけど、ただ、どんな人だったか知りたい。言葉は悪いけど興味本位? でも、それはとても強い感情で、興味深いもの……」

「そうか」

「ふふ、その返事ばっかりだね、お父さん」

「あはは、そうだな。我ながら返す言葉の少なさに驚くよ――――アスティ」


 俺は居住まい正して、背筋を張る。

 それに応えて、アスティもまた、背筋を伸ばしてまっすぐと俺の瞳を見てきた。


「アスティ、外へ行くんだな?」

「うん、ママのことを知りたいから」



 これはもう、わかりきっていた答え。

 母を知らずに育ったアスティが選ぶであろう答え。

 たとえ、恋しさを感じずとも、探さずにはいられない感情がそこには確かに存在する。


 だから、この子は旅立つ。

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