第31話 十二歳の記憶 後編

――――収穫祭・村の広場・その一角にある屋台



「ぎゃははははは!!」


 無用に馬鹿でかいおっさんの笑い声が響く。

 その鬱陶しい姿を、俺は屋台の中で鉄板と格闘しながら恨めしそうに睨みつけていた。

「笑うなよ、ジャレッド!」

「だ、だってよ、そんなことで凹んでるなんてなぁ。がははははは」

「この、ここぞとばかりに笑いやがって!!」

「ひ~、ひ~、はははは!!」

「こいつは~、いい加減に――」



 腹を抱えて半泣き状態で笑い続けるジャレッドの頭にヘラを突き刺してやろうかとしたところにヒースが訪れる。

「どうしたの、なんだか楽しそうだね」

「楽しいのはジャレッドだけだ!」


「ヒース、聞いてくれよ! ヤーロゥの奴、クククク」

「なになに?」

「ひひひ、ヤーロゥの奴、鼻毛に白髪ができて凹んでるんだぜ、ぎゃはははは! そいつがおかし、ヒヒひ、おかしくて、だははは、駄目だ。がははは!!」



 ジャレッドはこみ上げる笑いに耐え切れず、言葉の途中で笑いに飲まれてしまった……本当にヘラで頭を突き刺してやろうか?


 話を聞いたヒースもまた軽い笑いを見せる。

「ははは、なるほど」

「笑うな!」

「いやいや、ごめんごめん。でも、そんなに凹むことかな?」

「あ~、なんて言ったらいいのか? 白髪とか皺とかはあんまり気にならないんだが、思いもよらぬ場所で加齢を感じると凹むというか……」

「そうなんだ? 人間族は老いが早いから大変だねぇ」


「若い時期が長い魔族が素直に羨ましいよ」

「ところで、下の毛の方は?」

「なんでそっちも聞きたがるんだ? ……確認した範囲ではなかった」

「ぷふ、確認したんだ。ぷふふふ」

「そりゃ、気になるだろう! お前も笑うなよ!」

「いや、ほんとごめん。でもさ、それよりも……」



 ヒースはちらりと俺の頭を見た。

「その、ウサギの耳飾り、なに? むしろ、そちらの方が笑われると思うんだけど?」

「アスティにちゃんと仮装しろと言われて渡された」

「あはは、それは災難」

「そういや、お前たちは仮装してないんだな? ヒースは白衣姿にジャレッドは黒のタンクトップだし」

「祭りは怪我人・病人が出やすいから、医者の僕は仮装なんてできないよ」

「たしかにそうだな。でだ……」



 ようやく笑い声を収めたジャレッドへ顔を向ける。

 すると彼はこう答えを返してきた。


「そんな恥ずかしい真似できるかよ」

「やってやれよ。お前の場合、アデルが幼い頃からしてないだろ」

「カシアがやってるから十分だろ。それにだ、俺は……あの二人のセンスにはついていけねぇ……」


 そう、ぼそりと声を漏らすジャレッド。

 俺とヒースはその声に無言で頷くだけだった……。




――――収穫祭・夜――アスティ・フローラ・アデル

 


 待ち合わせの場所に集まった三人は出店を覗きながら祭りを散策する。

 アスティの仮装は異世界から訪れた猫の魔女の姿。

 桃色を主体としたローブに三角帽子。そこに白い猫耳と尾っぽをつけて、手足には猫の手足の履物。


 フローラはメイクを使い裂けた口を表現し、ぎらぎらのむき出しの奥歯の模様を描くという正に神話に記されていた異形の援軍の姿。

 その姿に、まったく整ってない長い黒髪のかつらをかぶり、衣装は裾丈の長い白服。


 アスティはそれを目にして一言。

「怖いよ、フーちゃん。毎年、なんで怪物なの?」

「え、祭りの趣旨に則ってるから、これが普通のはずだけど?」

「そうなんだけど、いつものひらひらふんわり衣装とギャップが……」


「普段のわたしって可愛すぎるからね。だからほら、年に一度くらいブサメイクでバランスとらないと全神ノウン様も嫉妬しちゃうと思ったの」

「すごい自信。でも、フーちゃんは確かにかわいいしなぁ」

「あーちゃんも可愛いよ。今年も可愛い衣装で素敵だし――お家に持って帰って飾っておきたい」


 そう言葉を発したフローラの瞳から光が消えて、淫靡な色香を纏う。

 その雰囲気にアスティは寒気を覚え、身震いをしてから声を返した。

「なんか怖いよ、フーちゃん。本気な感じするし」

「え、本気だよ? だって、飾っておけばずっとあーちゃんと一緒にいられるじゃないの」

「…………」

「と、それよりも、アデルの格好よ!!」



 声を跳ね上げて、アデルの姿を睨みつけるフローラ。

 そのアデルの姿だが……。

「んだよ、文句あんのか? かっこよく決まってるだろ」


 彼はお腹の部分に穴の開いた薄紫の衣服を着用していた。へその部分には緑色ハートマークのシール。

 背中にはチアガールが手に持つボンボンのようなものが二つあり、それは周囲にある魔石の街灯の光を受けてキラキラと輝く。


 胸から上には紙箱で作られた黄金色の鎧を纏い、背中にはアルミ箔でも撒いたかのような張りぼての剣。

 下半身はとげとげがいっぱいついた革のスラックス。靴は大小様々な歯車が組み合わさり作られた鋼鉄製。

 


 この奇妙な姿を、彼はこう紹介する。

「外の世界では勇者クルスってのが活躍してるらしいと聞いたから、異形の援軍と勇者を組み合わせてイメージしたんだ。どうだ、すごいだろ!!」

「まぁ、すごいね……毎年毎年、なんでこんな意味不明な格好を考え付くんだろう?」

「ここまで突き抜けると才能かも。あ、でも、歯車を重ねた靴はちょっとだけカッコいいと思いました」


「お、フローラはわかってんじゃん!」

「靴だけよ、靴だけね!」

「あはは、もっと自分のセンスに自信持てよ。良いセンスしてるぜ、フローラは」

「どうしよう、あーちゃん。殴りたい……」

「うん、止めしないけど……」




 と、言いながら、アスティは遠くへ視線を投げた、

 先にあったのはカシアの姿。


 カシアはゾンビの姿をしたローレと会話を楽しんでいるのだが……。

「カシアおばさん、青い糸を使って頭がぐるぐる巻きのモンブランみたいになってるし、そこから魚が生えてる。三匹」

「体は発条ばねみたいなぐるぐるの金属で覆って、ぐるぐるの中は緑色のイボイボがまとわりついた服を着てるね。コンセプトが全く見えない……」


「チッ、やっぱり二人ともかーちゃんに目が行くのか。かーちゃんはすげぇや。遠くにいても他の奴との違いがはっきりしてる。さすがだぜ!!」


「「……そうだね」」

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