第10話 0歳四か月~八か月の記憶

――――0歳四か月



 俺は魔王の娘を自分の娘として迎え、東方領域の最東端に存在する人間族と魔族が共存する村・レナンセラ村の一員となった。

 村の住人は村長以外、俺の正体を知らない。

 さらに大切な娘については誰もその出自を知らない。


 俺の素性は適当に傭兵をやっていたとしたが、村の人々は深く追求してくることはなかった。

 お互いに、ゆえあってここにいる。


 そのため、互いを尊重し合い、細かくは聞いてこない。

 だからといって、よそよそしい関係と言うわけでもない。

 彼らは皆、親しげであり、それは新参者の俺に対してもそう。


 訪れたばかりの俺を歓迎して、友人のように接してくれる。

 今は『ように』だが、さらに深く付き合っていけば、本当の友人としての関係が持てる雰囲気を俺は感じ取っていた。



 村に住むことになった俺たちは、村長リンデンから丸太を組み合わせたログハウスのような家を譲り受けた。

 それは村の端にあったが、背後に森があり自然に恵まれ、井戸の近くにあり利便性に富んだ良い立地のもの。

 これほどの住宅を譲り受けることに気が引けたが、旅に出た家主が行方不明になり十年以上放置状態のため使ってくれと。


 だから言葉に甘え、家を譲り受けた。


 

 家の内装は木製で玄関を開けると台所がくっついたリビングがあり、リビングの奥にある扉を開くと寝室。隣には小部屋。さらには風呂まで。贅沢な家だ。

 

 寝室には大きなベッドが一つあった。その隣に娘のアスティニア――アスティを寝かせるためのベビーベッド。

 ベビーベッドは子育てを終えた家族からプレゼントしてもらったものだ。


 

 ベッドの上で手足をバタバタしながら小さな木製の鳥のおもちゃをぺちぺち叩いているアスティを見つめる。

 村に訪れて十日ほどで首はすわり、今では安心して抱くことができる。


 俺がアスティの頭をなでると、アスティは俺を見つめキャッキャと笑い、笑顔を見せる。

「ふふふ、今日も元気だな。できれば、ずっとそばにいてやりたいがそうはいかない。そろそろ子守のばーさんが来るな。俺は仕事に行かないと」



 俺はレナンセラの村で、農夫及び猟師及び剣の先生の仕事を請け負った。

 猟師は俺が願い出たことで、農夫は狩りが暇な時に手を貸すと言ったもの。

 剣の先生は村長リンデンからの頼み。


 彼曰く、勇者ジルドランの腕を腐らすのはもったいないので、村の戦士たちに剣技を教えてくれと……正直、人に教えるほど真剣に剣の道を歩んでいたわけじゃないが、基本は教えられるのでまぁいいか。

 

 ただ、これについて気になる点がある。それはどうして、そこまでして戦士を育てたいのか、という点。

 村に配置された過剰とも思える防衛装置。


 多くの村人が戦士として剣や弓や魔法と何かしらを学ぶ。

 彼らは皆、万が一外界から何者かが攻め入ってきたときに、この楽園を守るためと言っていたが……果たしてそれだけだろうか?


 村長リンデンは何かを隠している気がするが……それらは追々考えていくとしよう。

 俺自ら探るか、リンデンが話すまで待つか、を……。




――――0歳五か月


 アスティを膝に座らせて、童謡を歌いリズミカルに体を揺らす。

 すると、それに合わせてアスティも体を揺らす。

 ほんの少し前までは寝てばかりで、起きていても手足をもそもそするだけだったのに……赤ん坊の成長とはなんと早いことか。



――――0歳六か月



 歯が生えた。まだ下の歯だけだが、二本の歯が同時に生えてきて……尖ってる。

 魔族の赤ちゃんは赤ん坊のころに上下に牙が生えて、その後、下の牙は丸っこくなるそうだ。

 結構鋭い感じだけど大丈夫なんだろうか? 

 人間族の赤ん坊より丈夫と聞くが……。

 


 そんな心配をよそに今日もアスティは元気よく、お気に入りの木製の鳥のおもちゃをぺちぺち叩いてから手に取った。

 最近ではしっかり握れるようになって、お気に入りの鳥のおもちゃを握り、同じく木製の犬のおもちゃに叩き合わせてカッカッカと音を立てて笑っている。

 これは犬と鳥を戦わせているわけではなく、音が出ることが楽しいのだろう。


 アスティを抱きかかえ、高い高いをしてあげる。

 すると、とても楽しそうに笑い声をあげる。


 どんどんできることが増えて、表情も豊かになっていく。



――――0歳七か月~八か月


 同じ年齢の赤ちゃんを持つカシアとローレとお茶会。

 カシアは村に来たばかりの時に、母乳を分けてくれた女性。

 身長が高く、青いショートヘアに青い瞳を持つ。

 麻でできた足元までスッと伸びるオレンジ色のIラインのワンピースを愛用しており、爛漫さに似合う八重歯がとてもチャーミングで、アスティと同じ年齢の男の子を持つ二十二歳の母親。

 

 村では小さな商店を開いている商人。

 村内部では物々交換が主流だが、彼女は村で作られた商品を外からやってきた商人と交渉して販売し、代わりに様々な商品をその商人から仕入れている。

 

 

 お茶会のもう一人の客、ローレは綿あめのようなふわふわとした桜色の髪と青い瞳を持つ小顔の女性。年齢は二十歳。魔法が得意で村では教師の役割を担い、常に魔道服に身を包む。かなり派手な……。


 それは真っ白に桃色の挿し色の入ったフリルだらけの魔道服。王都で何度か見たことのある、ホワイトロリータという服に似ている。

 彼女もまたアスティと同じ年齢の女の子を持つ母親。



 俺は常日頃から、この二人のお世話になっていた。

 子育てのアドバイスや、アスティのための母乳を分けてもらうなど。

 最近では離乳食を食べられるようになって、母乳を分けてもらう機会は減ってきているが。


 俺は二人をちらりと見る。

 カシアもローレも美しい女性だ。

 カシアはスマートで凛とした雰囲気を持つ女性。

 ローレはおっとり柔らかで暖かな雰囲気を持つ女性。

 


 対照的な二人だがとても馬が合うようで、よく二人でいるところを見かける。

 そんな対照的な印象を持つこの二人には共通点があって、それは……。



 カシアはフォークでパンケーキのど真ん中をぶっ刺す。

「まったく、狩りが終わったらまっすぐ帰ってこいと言ってるのに、うちのだんなはすぐに酒場に行くんだよ!」

「私のパパさんもひどいものよぅ。買い物に行ったと思ったら寄り道して薬草集め。医者のくせに診療所を空けっぱなしなんだから」


「ねぇ、ヤーロゥ。ひどいと思わない!?」

「ヤーロゥさん、ひどいでしょう!?」


「はい、そう思います……」


 

 お茶会を開くと、旦那の愚痴が始まり、それを俺に聞かせるという厄介な共通点があった。

 俺は二人の旦那とも交流があり、村の中でも親しい方なのであまり同調もできず、かといって旦那二人を守りすぎると怖いので頷くだけに留める。

 俺は心の中で愚痴られている旦那二人へ愚痴をこぼす。


(頼むから寄り道せずにまっすぐ帰ってくれ、二人とも!)



 カシアとローレはお茶とお菓子を楽しみつつ盛り上がっているようなので、それを静かに見守りつつ、視線を娘のアスティ、そしてカシアとローレの子どもたちへ向けた。



 三人は積み木遊びをしていて、「だーだー」と何やら会話のようなものを行っていた。

 カシアの息子であるアデルは積み木を積み上げようとしていたが、それがうまくいかずに両手で自分の太ももを叩いて苛立ちを表している。

 それをローレの娘であるフローラが「あうあう」となだめる仕草を見せていた。


 その様子を見ていたアスティが積み木を手に取り、それを重ねる。

 一個重ねられたことに満足してアスティは「きゃいきゃい」と喜びの声を上げる。

 

 すると、アデルがプクッとほほを膨らませて、右手で積み木を崩した。

 

 アスティとフローラの体が固まり、何故かフローラが泣き始めてしまった。

 それを見たアスティが近くにあった木製の鳥のおもちゃをバシバシと叩き、アデルを睨みつける。


 そうすると、睨みつけられたアデルが泣き始める。

 その泣き声を聞いたアスティが泣き始める。


 三人が三人、大泣きを始めて、俺たちは思い思いに自分の子どもを抱き上げてあやす。



 俺は軽く体を揺らして、アスティに声を掛ける。

「なんで泣いちゃったんだ? お友達が泣いたのがそんなに悲しいのか?」


 アスティはフローラが泣いたことに怒った。だけど、怒ったことでアデルが泣いてしまったことが悲しくて、自分も泣いてしまった。

 アデルは自分ができなかったことをできてしまったアスティに悔しさを覚えて怒った。だけど、アスティに怒られて泣いてしまった。

 フローラはせっかくアスティが作った積み木を壊されて、悲しくて泣いてしまった。


 まだ、八か月だというのに個性があり、思いやりや勝気な部分があることに俺は新鮮な驚きを感じる。

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