男女比1:1000の世界でも野球観戦がしたい

げんずむ

第一章 諏訪来訪編

第1話 甲子園から見知らぬ森へ

兵庫県西宮市。

土曜日の時刻は午後10時30分。


もう夜中と言って差し支えない時刻にも拘わらずこの場所は熱気に包まれていた。


甲子園球場。

1924年に開場したこの日本で最も多く人が集まる球場は、今日もいつものように超満員の観客であふれている。


もう夜の10時も過ぎたというのに溢れる熱気。

延長12回。

スコアは2-2。

すでに両チームとも満身創痍で代えの野手も投手もほとんど残っていない。

夏の暑さも相まって両チームともヘロヘロ状態なのが遠くからでも見て分かる。

もっともヘロヘロなのは選手に限った話ではない。

観客だってヘロヘロだ。

もう三時間前に食べた球場メシもとっくの昔に消化されてしまっている。

売店は流石にもう閉まっているだろう。

もはや栄養補給の方法は球場の売り子のビールくらいしかないという世紀末な状況。


しかし帰ろうとする人間はほとんどいなかった。

両チームの応援団もこの熱戦を最後まで見届ける覚悟であった。

ただし加古川の人間はそろそろ球場を出ないと家に帰れなくなる。

注意が必要だ。


「おりゃー!かっとばせー!男を見せろー!」


そんななか俺、川相拓真はいつものようにビジター席で声援を飛ばしていた。

年齢は36歳。平凡な関西勤務のサラリーマン。

関東に贔屓球団がある都合上本日は貴重な現地観戦。

関東から関西に転勤を言い渡された時は上司の胸倉掴んで猛抗議を行ったものだが、慣れてしまえばビジター席というのも案外良いものだ。

少し狭いのが難点だが。


「・・・・・・・・・」


甲子園。

何もかもが懐かしい。

こうしてスタンドで応援していると高校球児だったあの頃を思い出す。

自分もかつて甲子園を目指して毎日野球に打ち込んでいた。

来る日も来る日も練習練習。

甲子園出場校の練習というのは並大抵のものではない。

特に自分は身長があまり大きくなかったため、基礎体力を付けなければデカい人間には太刀打ちできない。

努力は人一倍したと思う。

そして見事俺達の高校は甲子園出場を果たしたのだった。

もっとも俺は補欠だったが。

それでも大変名誉なことだった。

結局2試合目にその年の優勝チームと当たってしまい、あっさり負けてしまったがその思い出は今も色あせることはない。

かつてのチームの仲間とも今も時間があれば飲みに行っている。


え、それだけ練習をしたのだからプロを目指した方が良い?

いやいや自分など全然無理だった。


野球部というのは例え強豪校でもない普通の高校であってもレギュラーになるのはそこそこ難しい。

強豪校ならなおさらだ。

そしてその強豪校の中でもその年の地方大会を勝ち抜いた高校だけを集めた甲子園の選手たちの、さらにそのほんの一握りの選手だけしかプロになることはできない。

上澄みの上澄みのそのまた上澄みの中のほんの一握りの天才。

それがプロ野球選手というものだ。

そのプロ選手達が己のプライドと人生を賭けて真剣勝負を行うのだ。

これが面白くないわけがない。

だから観客も声を上げる。


「おらおらー!お前ら○○付いとるのかー!さっきから残塁祭りええ加減にせえよ!根性見せろや此畜生!○○〇の○○を○○すんぞおらー!」

「・・・・・」


隣のOL風のお姉さんもいい感じに仕上がっている。

4時間前に軽く挨拶をした時はおしとやかな雰囲気だったのだが、もはや見る影もない。

どうやらかなり熱心なファンのようだ。

そういえば先ほど加古川に住んでいると言っていたが帰りは大丈夫なのだろうか?


カキーン!


「「「うおおおおおおおお!!!!」」」


甲子園が揺れた。

本日好調な7番打者の綺麗なセンター返し。

ノーアウト1塁。

絶好の勝ち越しの機会。


「きゃああああああ!!打った!打ったよー!」


隣のOL風お姉さんがビシビシ俺の肩を叩いてくる。

痛い。かなり痛い。


「っしゃー!いけー!」


俺も負けじと声を上げる。

次のバッターは途中出場の8番打者。

本日2打数0安打。

全く当たっていない。


「ゲッツーはやめろ!マジでゲッツーだけはやめてくれ!最低限進めろマジで!」


前の方に座っているおじさんが叫ぶ。


ノーアウト一塁というのはバッターにしてみたら一番難しいんじゃないだろうか?

三振は論外。

外野フライもダメ。

下手に転がせばダブルプレーでアウト2つ。

ヒットを打つかフォアボールを選ぶかくらいしかやっていいことがない。

この場面なら送りバントという手もあるが、次のバッターは9番投手。

代打は使い切ってしまったので投手を打席に立たせるしかないという状況でアウトカウントを1つプレゼントするのは悪手だろう。


「いけー!!根性見せろー!!」


隣のお姉さんのテンションも最高潮だ。


1ストライク1ボール。

ピッチャーが3球目を投げた。


カキーン


今日一番の凄い音がした。

今日全く合っていなかった8番バッターだったがドンピシャのタイミングだった。


打球はぐんぐんと伸びていく。


打球を見上げる俺。


夜空に浮かぶ白球を目で追う。


ぐんぐん

ぐんぐん


白球を見上げる。


ぐんぐん

ぐんぐん


夏の暑さのせいだろうか?

視界が回る。

ちょっと応援を張り切り過ぎてしまったのかもしれない。

視界が回転する。










夜空を見上げる。


ざあああぁああ・・・・


雨が降っている。


「・・・・・?」


おかしい。

今日の天気は満月が見える快晴だったはずだ。


雨が降っている。


「え」


気が付けば俺は


見知らぬ森の中で1人空を見上げていた

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