二番目の星へ

しろた

駆け上がれ極楽浄土

しろわん第二十四回『僕たちが思うより、宇宙は渺々たるものなのだ!』


 Polaris、と『私』を呼ぶ声がバックステージに響く。ライブホールを埋め尽くすほどのPolarisのファンが、ライブの開始を今か今かと待っている。その熱が、声で伝わってくる。

 ――怖い。

 私は一人で、ここから歩いていけるのだろうか。今までずっと誰かに支えられてきた。そんな人間が、一人で大丈夫なのか。怖くて、涙がじわりとしみ出してきた。

 「米倉さん」

 このままいつものように泣いてしまい、ライブができなくなるのだろうか。そう思っていると、マネージャーさんに名前を呼ばれた。すがるように振り返れば、いつもと同じ様に優しい笑みを私へと向けていた。

 「貴女なら大丈夫です」

 根拠のない、私への信頼の言葉。私が逃げそうになったときに、当然のように言っていたそれ。いつもはその言葉が怖くて、震えて泣きそうになっていた。だけどなんでだろう、今は微塵も恐怖を感じなかった。それどころか、なぜか安心していた。この人がいれば、私はどこまでだって輝けそうな気がする。

 「……はい!」

 もう大丈夫、そうマネージャーさんに伝えたくて、私は自信を持って返事をした。口角を上げて、目を細めて笑って。うん、いける。そうだよ、だって私は一人じゃない。

 ヒールのかかとを軽やかに鳴らして、ステージへ向かう階段の前に立つ。向こう側から強烈なスポットライトのが差し込む。この光に負けないぐらい、これから私は輝かなければいけない。大丈夫、きっとできるよ。息を吸って、吐いて、覚悟を決めて足を踏み出した。

 黒の世界に輝く小さなペンライトの光は、まるで星の瞬きのようで。そこには果てのない宇宙が広がっていた。

 これは、私がここから歩いていく物語じゃない。私がここに立つまでの物語だ。


 私は何をしているんだろう。考えなきゃいけないのに考えることを諦めた頭で、ただ呆然とその場に立ち尽くす。

 「えっ……と、米倉憂さん、ですね?」

 目の前の男性が、戸惑い気味に私が米倉憂であることを確認する。

 「はい……」

 静寂に消えそうなほど小さい声で返事をすれば、先ほど私に質問した男性や、静かに見ていた女性たちが困ったように眉を下げてお互いの顔を見合わせる。

 「えーっと、念のため聞きますが、うちの事務所のオーディションに申し込んだのは間違いではありませんよね?」

 「はい……」

 「そうですか……」

 「……」

 「……」

 「それじゃあとりあえず、課題曲をお願いします」

 そう言うと、男性が合図もなくした。抜き打ちテストのように突然流された音楽に、慌てて私は頭に入れてきた歌とダンスを披露する。緊張で声が震えて歌の音程はガタガタで、鉛のように重い手足は思うように動かない。足がもつれて転びそうになる。嫌だ、恥ずかしい、私はなんでここにいるんだろう。みっともなくて泣きそうになる。何を言っているんだ、自分でこれに申し込んだんだろ。

 曲が終わる頃には息は絶え絶えで、視界はこぼさないようにと耐えに耐えた涙でぐちゃぐちゃになっていた。涙を流さない代わりに垂れた鼻水を、ジャージの袖で拭う。

 「ありがとうございます。結果は後日、郵送にて通知します」

 「ありがとうございました」

 落としてほしい。出来るわけないのに、やれるはずないのにアイドルのオーディションに申し込むだなんて、こんなバカげた選択をした私を、ちゃんと地獄に叩き落としてほしかった。どんな手段でもいい、どんな結果でもいいから、救いがほしかった。


 それから一週間後、オーディション合格通知と書かれた手紙が届いた。

 「……やった」

 落ちればいいなんて思っていたのに、私は合格したことが嬉しくて歓喜の言葉をこぼした。

 「やったぁ……」

 真っ暗な世界に垂らされた、細く長い希望の光。それは私がそらへ向かうための、最後の手段だった。

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