第二十七話 王都にて
その日、王都では内乱に辛勝し国王に就任して3年目となる王弟から臨時の招集があり、各地の諸侯達が王城にて一堂に会す事になっていた。
諸侯達が待機する大広間では一見すると穏やかな時間が流れていた。ただ、負けた兄王側の派閥と勝った王弟側の派閥にそれぞれ分かれて立ち話をしており、その境界が明確に存在していた
ただし、3年前と違うのは負けた兄王側の派閥の輪が小さくなっていることだろうか。この3年の間に離反が相次ぎ、男爵や騎士爵などの吹けば消える様な小さな領主達の鞍替えが重なったからだ
そして、彼らの会話の話題はこの場に来られなかった貴族達の話で持ちきりだった
「サラマンド子爵殿は領内の戦乱に収まりがつかずに王都に来ることさえできないそうだ」
「あぁ、聞いたぞ。あの墓守子爵め、領内は豪商や成り上がり者共に好き勝手されておるそうではないか。しかも南の港湾都市を任せた騎士爵家には裏切られたとまで聞く。泣きっ面に蜂とはまさにこのことよな!」
「然り然り、だがあのきつね顔が屈辱に歪む様を拝めないのが唯一残念であるがなぁ?」
そう言って貴族達は自領がそんなことになっていないことに安堵しつつ対岸の火事として笑うのだった。
「まぁまぁ、ご両人。タップラー男爵やクラッカー男爵は王都の戦いの後に自領に戻って領民共に殺されたのだぞ?生きているだけで儲け物だろうよ」
「あの者等の領地は領民の傀儡となった当主が収めておるそうではないか。我が身にその様なことが起こるやもと思うと身の毛もよだつな」
「たしかになぁ、私の領地もゴロツキ共が力をつけて役人を殺したりしていた。しかしなぁ私はそこをちょいと逆手に取ったのだ。権力に胡座をかいた怠け者の役人共を殺してくれたやる気のあるゴロツキ達を王弟陛下に頼んで騎士にして頂いた」
「なるほどなぁ。それは賢いですな怠けた番犬が勝手に死んでやる気のある番犬の首にすげ代わるのですから手間要らずで羨ましいものです」
そうして貴族達が不幸な者達をネタに世間話をしていると先触れがやって来た
「フェットグリム陛下の御成でございます!皆様、先ほどお配りした席次の通りに配置に着いてください」
貴族達がその先触れの言葉にいそいそと指定された場所へ移動して片膝をつき頭を垂れる姿勢に入った。
しばらくすると幾つもの重厚な鎧の音が鳴り響き、大広間の階段を登った先に据えられた玉座の階に重装の近衛兵達に囲まれた青年が現れ、堂々とその玉座へと座った。
「面をあげよ」
彼の言葉に一同は顔をあげる。
青年は腰にレイピアをさし、しっかりとしたガタイとしなやかな筋肉を見せびらかす様に脚を組んで諸侯を睥睨していた
「皆の者、前の大乱は多くの忠臣を失い。国自体も大きな傷を負った……。それでもこうして多くの忠義に厚い者達と相見えることができたことを喜ばしく思うぞ」
王弟の言葉に諸侯は皆感じいったように頷く。そして王弟は言葉を続けた
「しかし、嘆かわしい事に再びこの国に大乱を起こさんとする者がいる」
王弟の衝撃的な言葉に王弟側の陣営はどよめき、兄王側の陣営は渋い顔をしていた
そして、王弟は底冷えのする様な笑みを諸侯達の一番先頭にいる男に投げかけた
「なぁ?兄上」
そう声をかけられた男はスッと立ち上がるとその神経質そうな顔を横に振った
「弟よ、其方に王の座を譲ったのは私自身だ。それなのにその玉座に何の未練があろうか」
兄王の返答を面白く無さそうに聞いた王弟フェットグリムはスンッと表情を消すとパンパンと手を叩いた
しばらくすると、二人の近衛兵が重い鎧の音を響かせながら一人の男を引きずって来て、諸侯の前に放り投げた。男は満身創痍と言った様子で身体中に生傷がそのままの形で残っており、息も絶え絶えである。
「兄上はこの男に見覚えがあるのでは?」
兄王ミルゲンハルトは示された男に目を凝らす。その男の顔は酷く殴打され原型を留めていなかったがその特徴的な鎧からダーツ騎士爵であることがようやくわかった時、ミルゲンハルトは絶句した。
「何をしておるのだ!ダーツ殿は王家の近衛兵長であろうが!何故この様な無体を働く!」
ミルゲンハルトは慌てて彼の元へ駆け寄りその身体を起こす
そこでやっと諸侯達も男の正体に気づきざわめきが広がっていく
「なぜ?理由なぞ兄上が一番よくわかっておりましょう?」
「一体何のことだ!」
ミルゲンハルトにとってダーツ騎士爵は剣の師匠であり、世話役でもある親代わりの様な存在だった
「はぁ、兄上がシラを切るならそれでも構いませんが諸侯等には立場を明確にしていただかねばなりませんな」
フェットグリムが今度は二度手を叩くと重装近衛兵が広間のドアを固めて近衛兵達がゾロゾロと広間に雪崩れ込んできた
「さぁ、諸侯等よ!兄上に味方するものは名乗り出よ!この時点で名乗り出たものは無事に所領まで帰す事を約束しよう」
その宣言に諸侯の中でも男爵や騎士爵はざわめいていたが子爵や伯爵、侯爵級の者達はやっと白黒つける機会が来たかと腹の座った面持ちであった
水を打ったような静寂の中で一人の伯爵が声を上げた
「この辺境伯ルペリオス。ミルゲンハルト殿下にお味方いたす」
ルペリオス伯爵の石の様な声に勇気づけられて他のもの達も声を上げ始める
「シャルダラム子爵同じく」「ハッバーナ子爵同じく」「ロンドニア伯爵同じく」「ヒルベリア男爵同じく」
そうして計5人の貴族が声を上げるがそこで頭打ちとなってしまい続くものはいなかった。
「ふむ、それだけか?それでは、兄上。そのもの等を連れて即刻王都を出て行って頂きたい」
そう告げられた兄王ミルゲンハルトは渋い顔をした後に一つ舌打ちをして王弟フェットグリムを睨みつけ。自分で立ち上がることもままならないダーツ騎士爵を背負った。
「で……殿下、お召し物が汚れてしまいまする……。」
「我が忠臣の血だ。汚くもなんともないさ」
そうして、ミルゲンハルトはダーツ騎士爵を背負ったまま5人の貴族を連れて玉座の間を後にした。
玉座に座るフェットグリムは彼らが完全に見えなくなると大声で笑った
「ハハハ!見たか諸侯等よ、あの惨めな後ろ姿を。既に味方する貴族は東側のうだつの上がらぬ名ばかり貴族しかいないではないか!貴殿等には今回の決戦で恩賞も弾む故、一心に余の為に働いて頂きたい」
彼の笑い声に追唱する様に諸侯達も腹を抱えて笑う
フェットグリムは笑いが収まるのを待って真面目な顔に戻った。
「まずは唯一西側の貴族であるロンドニア伯を全軍で叩く。その後に東側の軍を殲滅していくぞ。開戦は一年後の今日とする。各々、所領に戻り兵を整えよ!」
「「「ハハッ!!」」」
諸侯達は深く頭を下げて広間を後にする
そして、近衛兵とフェットグリムのみが広間に残った時に彼は先ほどのパフォーマンスのような空の笑いではなく、さも愉快そうに笑うのだ
「アハハハ!兄上、また血湧き肉踊る戦乱の時代が来るね。兄上がどれだけソレを望まなくともこの国の王は僕なんだ。何をやっても許されるよね?」
その愉快そうな呟きは大きな広間にこだまして消えて行った
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます