第52話 解放宣言
夜には満月の現れる日。ルイシーナは紺のドレスに身を包み、顔を仮面で隠してカスティーリ集会堂の段上に立っていた。
普段は締め切っている出入り口を全て開け放ち、人数制限も設けなかったため、民衆たちは遥かに収容人数を越えて集まり、集会堂を取り囲むまでになっても足りず、一帯を人の海で呑みこむまでになった。
今までに体験したことのない喧噪と、仮面をつけていない人たちの無数の視線を浴びる。隣にはアデライアはおらず、自分の他には誰もいない。けれどルイシーナはまるで緊張もしていなければ、不安に感じているわけでもなく、いつもより穏やかな気持ちで声を響かせた。
「光を信じよ」
しかしルイシーナの力強い声は、狭い箱にひしめき合い、軍となった人々には聞こえていないようだった。
これまでのルイシーナなら慌てふためいていただろう。けれどもルイシーナは冷静だった。
無理に口上を唱えるのをやめて組んだ手を胸の前に持ってくる。
そうして祈りを与えながら【光】を放った。
眩しい光に貫かれた民衆たちは水を打ったように鎮まり、続いてルイシーナから滑り出て来た言葉に耳を傾けた。
私たちは【光】を持とうとも【穢】を持とうとも等しく人間である。
【光】を持つことが麗しいと誰が決めたのか。
【穢】を持つことが罪だと誰が決めたのか。
人間である。我々は自らを苦しめている。どうして怯えて暮らさねばならないのか考えたことはあるか。愛しい子を捨てなければならない、愛しい人を忘れなければならない恐怖に毎日怯えているのは何故か。
【穢】があるからか。
【穢】を持つ子を捨てなければならない恐怖。【穢】を持つ者を愛する恐怖。隣にいる人間が【穢】を持っているかもしれないという恐怖に、どうして毎日怯えなければならないのか。
いいや。人間が【穢】を悪と決めつけたからである。
人間よ、人間であれ。
自ら考えることを放棄してはならない。【光】は善なのか。【穢】は悪なのか。
人間よ、人間であれ。
特別な人間など在りはしない。【光】を持つ者は特別ではない。【穢】を持つ者は特別ではない。皆一人の人間であり、愛すべき隣人である。
人間よ、人間であれ。
怖がらずとも良い。【穢】は悪ではなく、愛すべきものなのだから。
ルイシーナから滑り出て来た言葉は人々の身体に浸透した。
割れんばかりの拍手喝采が起こる。笑顔の人もいれば、涙を流している人もいた。
ルイシーナはようやくありもしない神聖力にひれ伏していた人々の気持ちが分かったような気がした。
皆、怯えていたのだ。ルイシーナと同じで臆病者だったのだ。
ルイシーナは目を閉じて祈った。
どうか。どうか世界の全ての恐怖が取り払われますように。
シュッ
ドッ
割れんばかりの拍手と至る所から飛んでくる口笛の音で歪な音がかき消されたため、人々は異変が起こったことに気がつかなかった。
煌女の身体が傾ぎ、どこからともなく現れた背の高い男と共に階段を落ちて来たところで、悲鳴が起こった。
キャァァァ
ワアァァァ
煌女の胸には何者かが放った矢が深々と突き刺さっていた。煌女が矢に撃たれたことは波紋のように広がり、一瞬にして歓喜を悲しみに塗り替えた。
「お前たちは邪魔な者を全て排除しなければ気が済まないのか! 俺たち【穢】を持つ者だけでなく、俺たちを受けいれてくれた罪の無い人々に罪を擦り付けるだけでも足らず、【光】を持った善良な人にまで手をかけるとは! みんな! これがこの国のやり方だ! 皇室のやり方だ! このままで良いのか!? ただ黙って従い、いつか【穢】を吐くかもしれないことに怯えて生きる人生で良いのか!? 俺たちを怯えさせているのは【穢】じゃない! 【穢】という罪を作った皇室だ! 煌女様は自ら声を上げ、我々を目覚めさせようとしてくださった。それを皇室は封じたのだ! これを許して良いのか! このままで良いのか!?」
煌女と共に落ちてきた男が、ぐったりとした煌女を抱き抱え、涙を流しながら訴えた。
しかし。
ドドドッ
訴えた男の背をも、無数の矢が突き刺した。
大きな悲鳴が上がる。どよめきが浸透する。絶望と不安と恐怖の中に、うねりが生まれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます