第29話 エイリス 12
「矢です!! エイリス様!!」
我々が接敵までの間に役割の分担と戦術を相談していると、剣闘士が矢を放ってきた。
「盾を構えろ!」
我々はひと塊となって七枚の盾で身を守った。
ただ――
ギャッ――と盾を貫通して矢が抜けてきて一人が身に受けた。
「『盾』の力で身を守れ! 脆い盾を使わされている!」
「「
二人の聖堂騎士が魔法の『盾』を空中に浮かべた。
「打って出る。レンテラ、カリアは私に続け。レメメネ、合わせろ。ゼラ、負傷者の治癒と守りは任せる」
「「はっ!」」
「カリア?」
先ほどから武器を取らないカリアに声を掛けたが、萎縮してしまっていた。
「――カリアの代わりにルーゼ。ついてこれるか?」
「はい!」
◇◇◇◇◇
殺せ! 殺せ!――観衆が声を揃えていた。それはおそらく、属州軍団を模した剣闘士たちへの言葉だったのかもしれない。だが、私の血もまた沸かない訳がない。
死ぬには良い日だ――私は『加速』で地面を蹴った。
大きく側面へ躍り出た私たち3名。
我らに気を取られている場合ではないぞ!――移動に合わせてレメメネが赤い槍を奴らに投げ込むと、着弾と共に剣闘士たちは炎に包まれる。流石に全身を板金で包むと『火球』の熱も遮られるようだったが、私は再び『加速』により跳躍する。
ガッ――と一人の剣闘士の鉄兜を空中から逆さになって打ち据える。が、慣れない曲刀でもあって手応えが悪い。そのまま弓を手にした剣闘士へと身体を捻って蹴り込み、倒れたところを突き刺すが、鎧の曲面で滑って刺さらない。その上、近くに居た剣闘士の反応が早く、薙ぎ払いを転がって躱した。
レンテラの様子を見ると、ルーゼと二人掛かりで一人仕留めていた。ルーゼの『加速』がひと息遅かったのも功を奏したようだ。跳躍してきたルーゼの体重を懸けた一撃が、レンテラに転倒させられた剣闘士の鎧を貫いていた。ただ――
「ルーゼ、息が上がっている。この弓をノラたちに届けてやれ」
続けざまに『加速』を使うと一気に負担が来る。戦士長だったルーゼはまだ我々ほど祝福を使いこなせていない。ルーゼは私の手渡した一張と、倒した剣闘士の一張と矢筒を手に、敵から離れ、それを私とレンテラで守る。
ただ、全身を板金で覆うということの厄介さを初めて実感した。不格好な鎧ではあったし、とても戦場で扱えないような鈍重さではあったが、人間相手でも刃が通らない事がこれほど厄介だとは思わなかった。せめて
「レンテラ、足を使って後退しながら倒す」
「はっ!」
幸い、闘技場は広い。鈍重な剣闘士の攻撃を、身軽過ぎる格好の私たちなら捌ききれなくはない。そうしていくと徐々に剣闘士たちも分散されていく。そこへ――
「
胸の前に両手でしっかり構えた曲刀を、身体ごと『加速』して正面の敵に突っ込んだ。両の手が痺れるようだったが、目の前の相手はそれ以上の衝撃だったようだ。兜の隙間から血走る目が見えた気がしたが、身体は弛緩し倒れてくる。
突き刺さった曲刀を捨て、剣闘士の手にする幅広の刺突剣を奪い、後退した。
「――同じ手は使えない。用心しろ」
レンテラに警戒を促しつつ、敵の攻撃を捌き続ける。剣闘士らは属州の軍団兵に比べてずっと攻撃的だったが、それでも剣士の祝福には遠く及ばなかった。剣技だけであれば3人程度を相手するには余裕があった。厄介なのは刃を恐れず身体ごとぶつかってくることだったが、それさえも上手く捌けば疲労として相手に返せた。
観客たちはどよめきと指笛で不満を表していた。属州軍が負けているのだからな。さらに――
ドッ――と目の前の剣闘士の首に矢が突き刺さった。
弓士であるノラに弓が届けられたのだ。しかも、幸いなことに地下のやつらが寄越した脆い盾には何本もの痛みの少ない矢が残されていたようだ。正面の敵は『豪射』で板金ごと貫き、味方へ接敵した敵は『曲射』で精密に射抜いた。突撃はゼラたち聖堂騎士たちが『盾』で守り、戦士であるアグリサが『重撃』で板金鎧の上から粉砕した。
総崩れになる味方に、浮足立った目の前の剣闘士たち。剣を跳ね上げ蹴り倒し、馬乗りになって鎧の隙間に刺突剣の切っ先を突き込んだ。
私はゆっくりと立ち上がると、血の滴る剣を手に、総督へと切っ先を向けた。
総督は立ち上がると、何やら叫んでいた。遠すぎて聞こえないが。
ただ、聖女様がふらりと椅子から崩れ落ちた。傍に居たイルマはもちろん、総督も慌てて聖女様に駆け寄り、支えていた。
我々は壁の上の観客席から
◇◇◇◇◇
「あの総督の顔! 何度思い出しても笑えます!」
レメメネが笑い、他の者も同じく。
我々は再び、風呂にも入れられずに大部屋へ戻されていた。流石にこれだけ身体を動かした上に二日目ともなると、我々は小さな洗面器に布を浸し、順番に裸になって体を拭いたりしていた。
「さすがにタルサリアでもここまで女は捨ててませんでしたね」
皆の前で裸になって身体を拭くルーゼ。
「全くだ。しかも王子殿下の前では皆、声を高くしていたものな」
「そうだったのか? それは知らなかった」
「エイリス様と違って、我々は見向きもされませんでしたからね!」
「私だって特別な間柄では無かったから」
「それでも幼馴染だったのでしょう? 羨ましいです」
「私なんか求婚しましたよ! 断られましたけど」
「私も! でも、殿下はお優しいから辛そうに断られるんですよね」
お互いに体を揉み解したりしながらそんな会話で盛り上がっていると――
「どうして皆、そんなに楽しそうにしていられるのよ!!」
声を上げたのはカリアだった。カリアとあとの二人、ナルーシャとクレシナは昨日からずっと塞ぎこんでいたし、昼間の闘技場でも身を護るので精一杯だった。
「――私たち、奴隷になったのよ!? もう二度とあの生活は戻ってこないの! わかる!?」
「まあ、それはそうだな。だが仕方あるまい」
「我々には過ぎた平和だったのですよ」
「私はやっぱりこっちの方が合ってるって思いましたけどね」
カリアに反論する彼女ら。けれどカリアは納得していない様子。
私はカリアに語り掛ける。
「まやかしだったんだよ。おそらく、遅かれ早かれこのような身分に堕とされていたんだと思う。いや、むしろ早く気付くことができて良かったんだ。このまま総督に絡めとられていたら、我々はもっと後悔したか、或いはアイゼに対して取返しの付かないことをしてしまっていたはずだ」
「エ、エイリス様だって――」
言葉に詰まるカリア。いくらか声を荒げ――
「――エイリス様だって、取り返しのつかないことをしてしまったではありませんか! あの総督に全てを捧げてしまったのですよ!?」
その言葉に周りの者も視線を落とす。確かにそれは事実だろう。できることならアイゼに捧げたかった。周りの者も多くが同じ想いだったかもしれない。
「確かに私は総督の言うが儘、このような身分に身を
「それで……王子殿下に見限られたらどうされるのです……」
「アイゼが? まさか。アイゼがそんな甲斐性無しだったなら、ここまで惚れはしない。仮にもし、そんなことを言ってくるようなら、その程度の男だったと諦めて
「…………」
カリアは何も言わなかった。皆、カリアの様子に思うところあったのか、その夜は誰もがそのまま大人しく眠った。
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剣闘士たちの身に纏う板金鎧は、この時代には未発達で後の板金鎧ほど薄く強靭ではなく、隙間も多く、洗練されていませんでした。
好きな物語を書き続けるのはなかなか難しいので、面白かったらぜひ応援・評価・コメント等宜しくお願いします。
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