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  • 瓦礫の帝國への応援コメント

    戦争や、モチーフの国や政策など気にせず、ふらっと読み始めました。(読んでいる途中でモチーフに気付きました)
    読み終わって、ぼんやりしています。

    青年と女性の生い立ち、起こった歴史的事実に対する気持ちや認識。
    女性のセリフ「あの状況下なら! あのときあんたが、ドイツで生きていたならっ!」に、胸が打たれました。
    後からなら何とでも言える。だけど、地獄のなかで選ばざるを得なかった、その苦しみを否定されるのは違う。

    女性のなかに、戦争を否定する倫理観と、あの苦しみの中で生きるしかなかった自分の人生を否定したくないエゴ、相反する気持ちでいまも迷い、苦しんでいるのが伝わってきました。

    素晴らしい小説をありがとうございました。

    作者からの返信

    拙作に応援いただき、ありがとうございます。

    少し前のことですが、「ナチスは『良いこと』もしたのか?」という本を読みました。
    いわゆる「ナチスは意外に先進的だった」という一部風潮にNOを突きつけんがために著されたものかと思いますが、これを読了した自分の感想は、「ああ、要するにこれは『ナチスに対するヘイト本』の域を出ないな」というものでした。

    「ナチスは極悪非道なことをした」というのは、はっきり言って誰もが知っている、当たり前の共通認識です。そんなことは、改めて言われなくても分かります。

    むしろ問題は「ナチスが『良いこと』を本当にしたのか」どうかではなく、「ナチスがなぜ当時のドイツ人たちに(熱狂的に)受け入れられたのか」ではないかと、自分は思っています。

    そこにメスを入れないで、「ほら、やっぱりナチスは酷かった、『良いこと』などしているはずがない!」というのは、蛇足でしかないというのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも建設的ではないと(個人的には)感じました。

    ナチスは悪です(少なくとも善ではありません)。ですがそれは、後世という安全圏から、ぬくぬくとした温室に生きる我々の評価であって、それを選択した、ハイパーインフレや世界恐慌という苦難に打ちひしがれた当時のドイツ人たちにとっても果たしてそうだったのかは別ではないかと思うのです。その結果が、大統領と首相を兼ねた「総統」の選出であり、その長期にわたる支持であったとは言えないでしょうか。
    それを断罪できる資格が、今を生きる我々にあるというのは、あまりにも傲慢ではないでしょうか(もちろん、それがユダヤ人迫害という最悪の結果に繋がったことへの反省は大いに必要ではありますが)。

    今を生きる我々がすべきは、「いかにすれば、(第一次大戦後のドイツのような)経済的弱者を(国際社会が)救済できるか、第二・第三のナチスが誕生する素地をなくすことができるか」を模索することではないかと思います。そこまで切り込めれば、先述した本の価値もあるというものだと思うのですが……。

    以上、長々とお気持ち表明をしてしまいましたが、自分が本作をしたためた動機を自分なりにも整理したく、つらつらと記しました。

    重ね重ね、ありがとうございました。

    編集済
  • 瓦礫の帝國への応援コメント

    瓦礫つながりで来ました。
    そうか、こういう「語らせる」という書き方があるんですね。とても勉強になりました。小説というのはつい「ここでこうして」「こう言って」とダラダラ書きがちですが、一人の人間の半生を他者に語らせる、うん、いいですね。私も今度やってみようかなと思います。

    作者からの返信

    拙作に応援いただき、ありがとうございます。

    自分は、短編を書くときには「歌詞にしてから小説の体になおす」という、自分でもよく分からないプロセスを経ることが多くあります(作品末尾に、その歌詞を載せてます)。
    この「歌詞」を短編小説にするにあたって、ちょっと頭の中でメロディも作ってみたのですが、それが敗戦国ドイツの哀愁を奏でているはずなのに、どこかシャンソンのような旋律をしていたので、「じゃあ舞台をフランスにしよう」が先に立って、ドイツ人女性がフランスにいる必然性、そこで狂言回しが必要だから日本人青年を出そう、シチュエーションはこうしよう…みたいな感じでこさえたのが本作です。

    言い訳がましく述べてきましたが、つまるところ「語らせる」という書き方は、まったく意識しない偶然の産物であり、それ以上の何ものでもないのですが、その書き方をお褒めいただいたのは誠にハッピーです。

    瓦礫つながりとのこと、ありがとうございます。
    今後ともよろしくお願いいたします。