ロロンジョの実

秋犬

【本編】ロロンジョの実

「こりゃあ、ロロンジョの実がないとどうにもならないな」


 年老いた医者はベッドに横たわる病人の脈を測り、首を振った。ルートとミナの兄妹の母親は、数日前に高熱を出して歩けなくなった。やってきた医者は既に手の施し用はないという。


「ロロンジョの実って何ですか?」

「森の奥の魔女の庭にあるという特別な木の実だ。それさえあれば、おそらく症状は緩和されるが……」

「じゃあ、取りに行ってきます!」


 威勢良く応える兄のルートに、医者は応える。


「しかし、魔女は人間嫌いで庭にすら入れないぞ」

「それでも、その実がないとお母さんはもう……」


 ミナが悲しそうな声で言う。


「でも、お前たちにもしもがあったら……」


 母親も掠れた声で二人を心配する。


「大丈夫、魔女だって話をすればわかってくれるさ。行くぞ、ミナ!」


 こうして兄妹は魔女の住む森へ出かけていくことになった。


***


 森は昼でも薄暗く、どこかから薄気味悪い獣の鳴き声が聞こえてくる。


「やっぱり怖いよ、お兄ちゃん」


 ミナはルートにしっかりとしがみついていた。


「でも、お母さんの病気を治すには僕らが頑張らないといけないよ」

「うん、わかってる」


 おそるおそる兄妹は森の中を進んでいく。絡みつく木の根が道を閉ざし、二人は道なき道を歩いていく。


「風が吹いてないね」

「森の奥までは届かないんだ」


 二人は途中の木に小刀で傷をつけながら、森の奥へ向かっていく。


「魔女ってどんな人なの?」

「王立魔法院にいた医学者だったらしいんだけど、何かの理由で追放されたって聞いた」


 魔女の庭にはたくさんの薬草や魔法の実がなる木があるという。彼女にしか治せない病のために何人も医者が訪れたが、断るか法外な値段をふっかけてきたという。そのせいで今は寄りつく人もなく、森の道も荒れ放題になってしまっている。


 しばらく歩いていくと、開けた場所に古い家屋が見えた。


「あれが魔女の家かな」


 ルートは家に近づき、その後ろをミナがついていく。見た目は古いが、よく手入れをされていて確かに人が住んでいるようだ。


「すみません、誰かいらっしゃいませんか?」


 扉を叩きながら、ルートが叫んだ。しばらく間があって、中から髪を振り乱した老婆が出てきた。


「なんだい、人が気持ちよく昼寝していたって言うのに」

「お母さんが病気なんです、ロロンジョの実をください」


 間髪入れず告げるルートに、老婆は二人を睨み付けた。


「あんたらにやる実なんかないよ。さあ帰った帰った」


 老婆はしっしっと二人を追い払う仕草をする。しかし、二人はここで食い下がるわけにはいかなかった。


「でも、お母さんが病気で歩けなくなったんです」

「ほう?」


 ミナの言葉に、老婆の声色が少し変わった。


「そうなんです、それでお医者さんがロロンジョの実というのが必要だと言って」

「その医者がロロンジョの実を持ってこい、だって?」

「僕たちは実をもらわないとテコでも帰らないぞ!」


 そう叫ぶルートだったが、その足は震えていた。


「ロロンジョの実だけでは足りるまい……」


 老婆は二人に構わず、何か独り言を呟き始めた。ルートは叱られるのかと思い、顔を伏せる。しかし、いくら待っても老婆は怒鳴ることがなかった。


「……ごめんなさい」


 ルートとミナは老婆の機嫌を損ねてしまったと思った。ミナは瞳に涙を浮かべ、もう帰ろうと兄の手をひく。ルートも実をもらうことを諦め、他の方法を考えなければと魔女の家に背を向けようとした。


「待ちなさい。お前さんたちには病人の家まで案内をしてもらわないといけない」


 その言葉に、兄妹は驚いて老婆を見る。


「詳しくは後で話そう。今は病人のためにも、私の手伝いをするか?」

「します!」


 二人は満面の笑みで老婆に応えた。


***


 それから二人は老婆の家へ招かれ、街へ行く準備を手伝った。治療に必要な荷はをルートが背負った。ミナは足が悪くなった老婆の手を引き、来た道を木の切り傷を目印に戻っていく。


「おばあちゃん、足元には気をつけてね」


 道々老婆から二人は話を聞いた。かつて王都で不思議な病が流行った。老婆は病の治療に携わったが力及ばず、失意の末に王都を去ったという話であった。


「もう治療はしないと思っていたんだがね」


 森を出て街へ来ると、ルートとミナは老婆を連れて家へと急いだ。


「お医者さん! あの……魔女のおばあさんを連れてきました!」


 医者は老婆に駆け寄った。


「やっぱり来たか。お前なら来ると信じていたよ」

「もちろん、ロロンジョの実が必要ということは……私も必要だろう?」


 ルートは老婆の荷物を医者に預ける。


「預かってたアンタの相棒だよ……さあ、準備しな」


 医者は荷物から年期の入ったエレキギターを取り出して、奏でる。頼りない音が室内に響き渡った。


「へっ……随分ボロくなっちまったな。ちょっと待ってくれよ、すぐに暴れさせてやるからな」


 ルートとミナが医者の家からアンプを持ってきた。医者の調整により、エレキギターはかつての音色を取り戻す。


「アンタの喉の調子はどうだい?」

「現役と一緒とは言わないが……ボイトレは一応欠かしてはいないよ」


 老婆はロロンジョの実を囓る。喉にいい木の実が老婆の歌声を取り戻す。


「まあ、本当に『J&B』の二人なの……?」


 病床でぐったりとした母親が呟いた。


「お母さん知ってるの?」

「小さい頃、みんな憧れたものよ……伝説のボーカルとギターの兄妹。その声は病を治し、死人すら蘇らすと言われたのよ」

「すげえ人だったんだ」


 医者――伝説のギタリストJ

 老婆――伝説のボーカリストB


 二人は母親の前にやってきた。ボーカリストBの背筋は伸び、ギタリストJはギターと一体となっていた。


「それでは復帰第一弾、聞いてくれ。アタシたちの魂の歌」


 ギタリストJが情熱的なイントロを奏でた。それに合わせて、ボーカリストBが魂を震わせる声を出す。ルートとミナはその歌声に圧倒された。


「おばあちゃん、本当にすごい人だったんだ!」

「すごい、元気になったような気がするよ!」


 Bの声量はすさまじく、親子は全身がBの中に包み込まれるような感覚を味わう。その声に負けないギターもすさまじく、Jの魂がBと重なって汗となり、家の床に染みこんでいく。


「なんだなんだ」

「こんな歌、久しぶりに聞いたぞ」


 親子の家の周りに人だかりができはじめた。たくさんの人の気配に合わせて、Bの歌声は伸びやかに母親を包む。


「ああ、生きてBの生歌を聴けるなんて……!」


 感激のあまり、母親の熱はすっかり下がって健康になってしまった。


「すごいや、J&B!」


 ルートとミナは大喜びだ。歓喜に合わせて、歌声もギターも勢いを増していく。


「J&B!」

「J&B!」

「J&B!」

「J&B!」


 外からの「J&B」コールに、二人は完全復帰を確信する。たくさんの笑顔を胸に、一曲目が終わった。割れんばかりの大喝采がJ&Bに降り注いだ。


「……正直、自分が怖かったんです。誰もいないところで、ひっそり過ごしていました。でも、今日みんなの前に来て、やっぱりアタシには歌が必要なんだってわかりました。また、Jと二人で頑張りたい」


 Bが涙ながらに語り出した。喝采とコールはどこまでも続いていく。


「それでは完全復帰のために……二曲目聞いてください。愛の歌」


 その日は夜遅くまでJ&Bのコールが街に響き渡った。その後、ルートとミナは元気になった母親と一緒に新しいJ&Bのマネージャーとして世界中を渡り歩いたとか歩かなかったとか。


〈了〉

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