探偵兼殺し屋
増井 龍大
プロローグ
「なんで、人を殺しちゃいけないのか。班のみんなで考えてみましょう」
今でも鮮明に覚えている。これは僕が小学校五年生の時に先生がした道徳の授業で聞かれた質問だ。みんな三人一組になって、話し始めた。僕も例にもれず、二人の友達と班を作った。教室にはクラスメートの話し声が充満した。僕にはそれがとても耳障りに聞こえて、うるさかった。
「俺は倫理的にダメなんだと思うぜ」
そう爽やか言うのは神田海斗。イケメン。僕の二人しかいない友達の一人。彼は勉強は並み程度だったが運動はすこぶるできた。彼は野球クラブに所属していて本来ならば、プロ野球選手になって活躍していたことだろう。
「倫理観なんてものは抽象的で具体性に欠けるわ。生物としての本能のためよ。人間という種族を繁栄させていくためよ。他人を自由に殺していい世界になったら、人間の個体数が減るもの」
そう言いながらメガネの位置を直している少女の名前は佐藤薫。僕のもう一人の友達。彼女は海斗と真逆で運動はあまりできないが勉強は誰よりも出来た。今は医者や研究者になっていても不思議ではなかった。
「青山はどう思う?」
「青山君の意見は?」
二人が声をそろえて聞く。二つの顔が一気にこちらに向く。僕は少しビビりながら答える。
「人を殺すことってそんなにまずいことかな?」
僕がそう言うと二人は驚いたような、少しあきれたような表情をして言った。
「青山って中二病?」
「青山君はもう少し真面目に考えてものを言った方がいいわ。少なくとも人が多くいる教室などの場で、そんな発言をするべきじゃないわ」
「そうだぜ。人殺したら倫理的にまずいし、警察に捕まっちまうぞ?」
「そうだね。ごめん。ぼくが間違ってた。人を殺すのはまずいことだよね」
僕はなんとなく納得がいかなかったが、その気持ちを隠して二人の話に合わせることにした。この時から、僕は僕が普通ではないことを自覚し始めた。僕よりも周りの人の方が普通な人間をやっていることも理解した。少しでも普通な人間になるために周りを手本にしながら生きていこうと本気で思っていた。
中学二年生になった時、神田が殺された。人のいない時間に駅のホームで電車を待っていた神田は後ろからナイフで刺された後、背中を押されて線路に落ちて電車に引かれた。その映像が駅の防犯カメラに映っていた。犯人の姿も映ってはいたがフードにマスク、目にはサングラスをしており特定することはできなかった。
その一週間後、佐藤が殺された。塾から帰って来なくて心配した佐藤の両親が探すと、公園で大量のあざや傷跡のついた佐藤の死体が見つかった。なんとなく、犯人は同じ奴な気がした。
僕は犯人が許せなかった。なぜあの二人が殺されなければならなかったのか。あの二人は僕よりも正常な人間をしていたのに。きっと殺したやつも僕と同じ普通じゃない人間だ。そうに決まってる。そんな奴は絶対に野放しにしていちゃいけない。その気持ちから警察の捜査にも必死に協力していた。
佐藤が殺されてから一週間がたった時の事だった。僕宛に一通の手紙が届いた。中を開けてみると
「青山健司へ
神田海斗と佐藤薫は僕が殺した。
アルファより」
と書かれていた。僕はこの手紙をくしゃくしゃにして投げ捨てた。
ふざけている。どう考えたって僕への当てつけだ。やはりこいつは正常な人間ではない。どうすれば、こいつを後悔させられるだろうか。
僕の人生の分岐点が来たのはこの手紙が来た次の日だった。二人が居なくなった学校の帰り道の事だった。
「青山健司君だよね?」
後ろから声をかけられて、警戒しながら振り向くと警察の制服を着た中年の男が立っていた。雰囲気からして飄々としている感じの男だった。
「そうです。事件の話ですか?」
「いや、それもそうなんだけど……」
その警察官は何か言いたげな表情をしながら、警察手帳を見せてきた。
「何か別の話でしょうか?」
「俺の名前は丸山健一。単刀直入に言う。殺し屋にならないか?」
「は?」
聞き間違いだと思う。警察の人がそんなこと言うはずがない。
「実はね、警察の中に世に出ない悪を人知れず裁く組織があるんだ。その名も〈白の殺し屋〉。君も白の殺し屋の一員にならないかい?」
聞き間違いではなかったらしい。警察の殺し屋たち? 胡散臭すぎる。ただもしも本当にあるなら……
「本当にそんなものが存在するんですか?」
「ああ、するとも。もちろん極秘組織だけれどね」
「なら、僕に選ぶ権利はないですよね。もしも僕が断ったら僕は警察の秘密を知っている危険人物になり、口封じで殺されるかもしれない。殺し屋集団ならなおさら。だから僕は」
そこまで言って僕は目の前にいる丸山と名乗る男に全力で、殺す気で殴り掛かった。
「気づいたか。頭の回転も悪くないね」
丸山は簡単に僕の拳を手で止める。僕は止められた手をうまく利用して、丸山の視界を遮って渾身のボディブローを打ち込みにかかる。これはアルファが僕を襲いに来た時にナイフを持っていなかった場合を想定して練習していたもの。
――入った――
僕がそう確信した次の瞬間、僕の体は宙を舞っていた。
「は?」
そのまま、4メートル後ろに尻もちをついた。痛い。
「相手を使った動きもできる。君はなかなかに有望だ。でも俺にはそれじゃ届かないよ」
丸山は僕が尻もちをついているところまで歩いて寄ってくる。
「最後のチャンスだ。君は〈白の殺し屋〉に入るのか?」
笑いながらそう聞いてくる丸山は僕と同じ側の普通じゃない人間だ。間違いない。
「二つだけ聞かせてください。〈白の殺し屋〉に入れば憎い人を殺せますか?」
「それは君の努力次第だ。でも可能性はあると思うよ」
「〈白の殺し屋〉にアルファという人物はいますか?」
なぜそんなことを聞くのかという顔で丸山はこちらを見つめている。
「いいや、いないよ。まずその中二病みたいな名前の人誰?」
それを聞いて僕はゆくっりと立ち上がり言った。
「僕は〈白の殺し屋〉に入ります」
僕が〈白の殺し屋〉に入って三年が過ぎた。この三年間で中学校を卒業し、探偵事務所を立ち上げた。青山探偵事務所。今の僕は探偵兼殺し屋。
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