第43話 抱擁と計画と依頼 3
3
洋二の理性はこの〈使って〉を昨日川崎の酒屋で人形のように使ったが如く、利用しろと云っていると解釈したかったという希望的観測を当初は思ったが、完全に別の意味だと認めざるを得なかった。
ひと回り年下の洋二だが、安奈より身長はかなり高かったので、ひとが見れば、そこそこ絵になるシーンだったし、安奈は今のようなすっぴんでも十分美しかった。
何故美しいと洋二に判ったかというと、胸にうずめていた顔を洋二の顔の前に持ってきたからだ。
その意味することをさすがに知らぬ洋二ではなかった。
「やめてくれませんか」
―こ、この女は何度オレに決断を迫れば、気が済むんだ!
とはいっても洋二は突き飛ばしたワケでもない。
安奈は言葉だけでなく、洋二の身体それ自体から拒絶の意思を聴いた(洋二の身体はアレだから当然なのだが)。
スッと洋二の身体から離れてその場にうずくまった。
昨夜のワンピースを未だ着ている。
―化粧は落として眠ったのは未だ大人としての理性があるということか。
「まずは、シャワーでも浴びて、着替えなよ。話はそれからだ」
よろよろと立ち上がる安奈。
洋二は脳内コクピットで出前ビジネスのサイトから注文をした。
駅からこの賃貸までの間にケンタッキー・フライドチキンのチェーン店があったことを思い出し、そこからの配達してもうらうためにメニューも参照し、オーダーした。
浴室からシャワーのお湯が地面をたたく音がする。
少し考えてから、洋二は隣の建物の一階に趣味の良さそうな喫茶店があったことを思い出し、その店の連絡先を調べ、コーヒーの注文をした。
シャワーの音が止み、少々時間が経った後、ジャージ姿の安奈が戻ってきた。
どちらも話辛そうにしている時に、チャイムが鳴ったのは、フードデリバリーが到着した証である。
洋二がつかつかと玄関に移動して、スマートフォンで素早く代金を支払う。
「出すよ」
「いや、奢りだ。ひととしゃべるのはけっこう体力を使う。だから腹ごしらいといこう」
洋二は、この部屋の惨状から、ロクな食事も摂っていないと判断した。
だから、メニューは10ピース入りバーレルにコールスローとコーン、ツイスター3種にビスケット5個と多めに頼み、チンして明後日くらいまで食べられればいいと思いこの量を頼んだのだ。
だが、洋二が最新のフィレサンド一個を食べている間に、この量を安奈は全部平らげたのだ!
骨肉を食べ、ビスケットという炭水化物を投入し、サラダで中和、冷蔵庫から取り出したウーロン茶のペットボトルをラッパ飲みする、という工程を何度となく繰り返した。
その安奈の食べ方に洋二は唖然とした。
食べる度に生気が上がってくるのが、目で見て判る。ここまで目で見て判るので、洋二には驚きだった。
安奈が食べ終わったら、指まで舐め始め、それでも油は取れないと判ると流しで手を洗いに立ち上がる。
その時に又チャイムが鳴り、又洋二がつかつかと玄関に移動して、現金でで素早く代金を支払う。
今度はポットに煎れられたホットコーヒーである。
持ってきたウェイトレスがかなり直球なメイド姿で洋二はギョッとした。
洋二が戻ると安奈はゴミ袋に今食べた紙袋や骨といった残骸を押し込んでいた。
ちゃんと分別もしていた。
付属していたミントンのカップに洋二は2人分のコーヒーを注いだ。
「コレも奢り?」
「勝手にこっちが頼んだんだ」
安奈はブラックで、ミルク指しはあったが、洋二は砂糖だけを使った。
「で、何を知りたいの? 麻井さんとのこと?」
洋二には安奈の表情が妙に澄んでいるように見えた。
正直云えば、洋二には彼女からもう聴くことはなかった。
藍の父親となんかあって、なんかあったから、ああいうことをした、このストーリーは確定していたので、あとは細部ばかり、洋二という高校生男子には不倫した男女の細部など聴く気は毛頭ない。
けれども、相手の話に耳を傾けるべきだと思った。
自分を傷つけ、セックスが出来ない身体にしてくれて、交際したい藍を殺そうと思った相手の話を。
「言い訳でも後付けでもいいから、経緯を知りたい。最初にそう云うべきだった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます