第15話 検索と実験と再会 5
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〈手〉が見えた。
久々に見た自分の〈手〉だ。
洋二がいちばん最初に感じたのは安堵だった。
これで母さんや信夫に受けいれてもらえる、という意味での安堵だった。
スマホに差し込むチップは出るのだろうか、と本当にかすめるくらいに思った。
すると、部屋の中に戻っていた。
戻ったということは、どこか別の場所に行っていたということである。
〈手〉にばかり注意がいっていて、そこがどこかすら思い至らなかった。
今この部屋ではカーテンが風で揺れている。
一人部屋に移った時に、男の子だからという配慮が母親にはあったのだろう、ブルーのカーテンを撮取り付けてもらった。
本棚やデスク、ワードローブやiPad、それらは〈手〉の周囲にはなかった。
いや、そもそも、周囲を見るような環境にいなかったのではないか?
―あの、自分の〈手〉をもう一度見る?
部屋の中で今見ていた手とそっくりな本物の、自分の〈手〉をまた見ている。
そして今度は周囲を見渡してみようという発想になった。
その発想は裏切られた。
頭部が動かないのだ。
では、と視線だけを動かす。
あ、視線は動くのだな、と思うと、洋二は遂に自分が置かれている運命を見ることとなった。
―ここは、どこだ。
真っ暗だった。
自分の部屋には煌々と蛍光灯がともっていたが、ここには行く筋かの光しかなかった。
その光を頼りに、周囲に視線をやると、自分がイスのようなものに座っているのが判る。
―そうか、視力ではなく、他の五感を働かせるんだ。
〈手〉は動く。
尻と足は、座っているイスのようなものを感じている。
嗅覚はあたかも病室にいるような匂いを感じる。
―あ、なんで、今まで気づかなかったのだろう、おれは閉じ込められていたんだな。
洋二は、イスに拘束はされていなかったものの、身体をほとんど動かせない状態にいた。
それは腹と足から管が無数に生えていたからだ。
〈手〉は辛うじて動かせるものの、上腕を左右ともに固定されている。
但し、リクライニングというのか、ああいったイスより更に快適なもの座らされているようことを洋二は感じていた。
それは流体物質とでもいうのだろうか、床ズレを一切おこさせないように有機的テクノロジーで出来ていた。
〈手〉の自由度は左右とも約20㎝程だったら効く。
水の味を強いて挙げれば苦味だが、今それをダイレクトに味わった。
自分の口に突如発生したと思っていたのだが、それは頬から生えた管から口内にもたされたようなものだ。
寝かされた流体物質のベッドだかイスに、液体と気体の中間の形態になった〈なんらか〉に浸されることで、こんな独房以下の部屋のようにいてもストレスを感じないようだ。
しかもどんな人間も閉所恐怖症に陥るであろう、こんな状態も頭部から生えている管の影響でかなり緩和されているようだ。
ここまで五感をフルに生かして、ようやく洋二は気づく。
―ここは、病室、なんだな。
改めて、腹と足に意識を動かす。
痛みはないが、痛覚すらない麻酔薬に浸されているように感じる。
―やはり、あの飯田安奈に刺されていたのだ!
そして、両足ともに複雑骨折を負っているのだ。
あの日、あの朝、洋二は飯田安奈に刺され、川に転落し、この病室に収容されたのだ。
それも一瞬にして。
―じゃあ、収容されてからのオレは何だ?
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