第3話 転落と吸収と突進 3
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麻井藍は、平凡な女子高生であった。
ごく普通の女の子だが、あんがい自分はかわいいのではないか?くらいの自惚れは思っているくらいの子。
会社では課長の父とその父に今でも甘える母、思春期なのか会話がなくなった弟と四人で暮している。
学校の成績は上々で、部活は受験があるから高校に入ってやってないが水泳が好きで、しかも早い、特に背泳ぎが得意、特技はオリジナルの顔文字を作ることで、皆から評判がいい。
―って、何を私は確認しているのだ?自分のフツーっぷりを確認している!
見知らぬ風体の人物がナイフを持ってこちらに走ってくる。
その歪曲物を始末するように、自分の普段の生活が、精神のバランスを保つために意識のトップに躍り出たのだ。
「麻井さーーーーーーーーーーん!」
藍はその声に感謝した。
逃避は、彼女にとって敗北だし、水泳の時も・受験の時もそのようにして生きてきたのだ。
取り戻した藍は足で踏ん張った。
未だ距離は5メートル。
持っていた学生鞄を投げた。
―ナイフは? 飛ばされない!
但し、ブルゾン姿に鞄は当たり、うろたえさせるくらいはできた。
藍から見て正面にブルゾン姿がいるのだが、自分の投げた鞄による、うろたえを又見たのは洋二も同じで、だから鞄を投げた。
それはブルゾン姿の足に当たり、今度ははっきりとよろけた。
投げた元には洋二がおり、藍は「背が高いと高いトコのものをた易く取れていいなぁ」と思った同じクラスメイトの男子だと認識した。
次の認識は奇妙なのものだった。
ブルゾン姿に関してなのだが、二つの鞄の衝撃からか、それによる状態を崩したものか、ブルゾンのフードがめくれた。
藍はその顔が〈女〉であったことに驚いた。
そして直ぐに「この女性にはどこかで会ったことがある」と想起させた。
どこだったか?と考えるヒマを彼女に与えることはブルゾン姿の〈女〉にはなかった。
切っ先は確実に藍を狙っている。
おのれの平凡を想起し、襲撃者の意外な性別とどこかで会ったという薄い記憶に翻弄され、洋二のことを思い出した先にあったものは、クラッシュ!
いや、クラッシュといえば、どこか破壊や覚醒を思い起こさせるが、藍はあまりの情報の奔流に脳内がショートしたようになり、判断停止の状態に落ちたのだ。
ブルゾン姿の女性はそのような藍の思考ルーティンが手に取るように理解できた。
故に彼女は右の口端だけを上げる、という微笑を浮かべた。
振り下ろすためには振り上げなければならない。
この場合の指示語は勿論、ナイフである。
さすれば顔・頭・喉といった致命傷になる藍の身体の箇所にナイフを潜らせることができる。
しかしブルゾン姿の女性はよろけた姿勢のままであった。
本来ならば、下半身の態勢を整えてから、ナイフを振り上げるべきであった。
そうしてしまったのは、藍の放心状態を認識して、勝った気分になってしまったからだ。
だがブルゾン姿の女性の判断はそんなに間違ってはいない。
その軽度によろけた姿勢のままでも、彼女が女性でも、藍に一撃を与えられるくらいの態勢ではあったからだ。
すると相手は確実にひるむ。
その後に態勢を整えて、致命傷を与えるために再度、ナイフで刺せばいい、今度は腹を突くようにしよう、とそこまで判断していたのだ。
だが、ブルゾン姿の女性は二発めの足に当たった鞄のことを、藍を襲うことを第一に考えたため、無意識でスルーしていた。
振り上げ切った時にも二発めの鞄には思い至らなかったこそ、洋二に突進された時には、ヒトではなくモノが倒れてきたように感じた。
だが洋二と藍はしょせん、レスポンスとして対応しているだけだ。
ブルゾン姿の女性は悪行とはいえ、信念を持ってやっている。
突進するとはある程度を身をかがめる必要がある。
飛ばされたが、直ぐにその浮力でもって持ち直したのは、態勢を整えないままだったことが幸いしたブルゾン姿の女性は洋二に向かった。
しかし、浮力、今だ態勢が整わない状態、洋二のかがんだ姿勢、という2人の激突というには遠い、追突は、2人を地面に倒した。
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