第146話 最悪の出会い頭

「ショーナ。最低限でいい。あまり大荷物になると目立つ」

「分かっているわ」


 宿場町に着いたシジマとショーナはそう言い合うと、それぞれ手分けして食料品や医療物資などを買い込みに行く。

 どちらも自身の頭髪を他者から見咎みとがめられぬよう、しっかりと頭巾ずきんを被ることを忘れない。

 宿が5つほどのこじんまりとした宿場町だが、それでも街道沿いにあるため行商人などが露店を広げてにぎわっていた。

 シジマはかさばらない程度に保存食の干し肉や干し果実などを一定数購入すると、5つある宿のうちの一つに入る。

 露店では目ぼしいものが売っていなかった手拭てぬぐいなどを買うためだ。


 シジマが宿の受付に向かうと、ちょうど1階にある宿泊客用のかわやから幼い女児が出てきた。

 シジマは思わずその女児に目を留める。

 まだ幼いその女児は頭に頭巾ずきんを被っており、髪の毛は見えなかったがその瞳は灰色であり、美しい顔立ちをしている。

 シジマは思わずその女児に注目しそうになったが、不自然にならぬよう視線をらした。


 なぜならその女児のとなりには大柄おおがらな人物が寄り添うように立っていたからだ。

 その人物も頭に頭巾ずきんを被って頭髪を隠しているが、その筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたるたくましい肉体は隠しようがなかった。

 シジマは息を飲む。


(ダニアの女だ……ということは)


 シジマは悟られぬように顔を受付の方に向け、目の端で一瞬だけ幼い女児を見やった。

 目標の人相や姿格好は事前情報を得て、隊の全員が頭に叩き込んでいる。

 シジマは確信した。


(間近いない……ウェンディーだ)


 ウェンディー。

 それは共和国のイライアス大統領とダニアの女王クローディアの間に生まれた娘だ。

 頭巾ずきんの下に隠れている頭髪は間違いなく美しい銀髪だろう。


 自分達がねらっている目標の人物が今目の前にいる。

 これはシジマにとっても予想外だった。

 目標の動きについては協力者たちから逐一ちくいち報告を受け取っていて、今はもうこの宿場町を通り過ぎたはずだったからだ。

 まだ、ここに滞在しているという報告は受けていない。

 

(どういうわけか知らんが、何にせよ千載一遇せんざいいちぐうの好機だ。これを逃す手はない)


 シジマは落ち着いた様子で予定通り手拭てぬぐいを買うと、チラリと背後を見た。

 ダニアの女に付き添われたウェンディーは宿の2階へと上がっていく。

 この宿の2階に部屋を取っているのだと思い、部屋番号を確かめたくなる衝動に駆られたが、シジマは思い留まって冷静に判断した。


(まずはショーナに知らせ、すぐに将軍閣下かっかに連絡して部下たちを呼び寄せる)


 シジマは決して駆け足にならぬよう落ち着いた足取りで宿を出ると、ショーナを探して歩き出すのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「そろそろ時間です。起きて下さい。お2人とも」


 ジリアンの声にヴァージルはハッと目を開け、ウェンディーはムニャムニャと口元を動かしながら身じろぎした。

 宿に入ってから2時間ほどが経過し、外は昼下がりの光に満ちていた。

 ヴァージルは身を起こすと、となりでむずがっている妹のウェンディーの髪を優しくでながら起こす。


「ウェンディー。出発の時間だよ。起きて」

「まだ眠いのに……」


 そう言いながらもウェンディーは兄の声ににじむ緊張感を感じ取ったのか、ゆっくりと身を起こした。

 そんな2人の様子を見つつ、ジリアンは小姓こしょうらに指示をして手早く2人の身支度みじたくを整えさせる。

 今、リビーが宿の周囲を警戒して見回っていた。

 宿から出たところを襲撃されるのを懸念けねんしてのことだ。


「今から出発すれば夕方には次の宿場町に着きます。そこで一泊して出発したら明日には目的地に着きますからね。そうしたら移動は終わりです。しばらくはゆっくり出来ますよ」

 

 兄妹にそう言うとジリアンは部屋の窓から通りを見下ろす。

 この宿場町にも政府の手の者がいる。

 もし何かあればすぐに助太刀が来てくれるかもしれない。

 だが、それを期待するのは余りにも楽観的すぎる。


(港街まであと1日。必ず切り抜けてやる。クローディアのために。そしてこの子たちのためにも)


 ジリアンはもう一度気を引き締め直すのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「チェルシー将軍閣下かっか。中間点の同志から緊急連絡を受けました。それによると……」


 緊張に顔を強張こわばらせた黒髪術者ダークネスの男の報告を受けたチェルシーは、おどろきにその目を見開いた。


「その話、確かなの?」

「はい。シジマ様がその目で確かめたと」


 シジマは神経質なほど几帳面きちょうめんな男だ。

 彼が先走った報告をするとは思えない。

 チェルシーはうなるように言った。 


「ヴァージルとウェンディーが……。あの宿場町にはすでにいないと報告を受けていたけれど……協力者たちの報告が間違っていたか、あるいは故意ににせの情報をつかまされたか」


 チェルシーは立ち上がる。

 協力者たちの情報の齟齬そごについては後で指摘すればいい。

 今は目の前の好機を逃がさぬよう確実につかみ取ることが最優先だ。

 チェルシーはその場にいる全員の部下に力強く命じた。

 

「全員出撃する! 宿場町にて目撃された目標、ヴァージルとウェンディーの身柄を取り押さえるわよ!」


 チェルシーの号令に部下たちが大きく声を挙げ、全員が目的の達成に向けて力強い一歩を踏み出すのだった。

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