第13話 『平凡令嬢』、心のメモを開ける



 ミランダは先程までひたすらマルクスの今までの行動や気持ちを疑い責めていたのに、いきなり自分の心を聞かれて動揺した。



 ……私の、気持ち? 

 学園でマルクスに再会するまでは、確かに彼に好意を持っていた。しかしそれから彼の不実な態度を見てショックを受けて…………私はマルクスの事を、嫌いになった?



 ぐるぐるぐる


 ミランダの心は大きく揺れる。



 ……どうしよう。分からない。



 そうだ! 昨日ロミルダはなんて言っていた?


 ミランダは心のメモ帳を開ける。



『……運命の相手はやる気だけでは見つからないわ。お相手とのタイミングが合わなければ会っていたとしても分からないものなのかも。……きちんとお相手を、そのお心を見て差し上げてね』 


 

 マルクスの、心……? そしてタイミング……。


 確かに、彼とのタイミングはミランダの学園入学時には全く合わなかった。けれど彼の問題が解決した今、マルクスは真っ直ぐに私を見つめてくれている。


 いやいや……。

 でもマルクスは彼の知らぬところでとはいえミランダと出会った後婚約者が出来ていた。

 そして彼が婚約解消の為に取っていた行動は、私も見ていて『彼のような人とは絶対にない』と思うようなことだったじゃない!



 ──そう、マルクスとなんて、あり得ないんだから!



 そう思ってマルクスを見たミランダはそれでも真っ直ぐに自分を見つめるマルクスに、また思わず目を逸らす。



 ……えーと。……じゃあさっきお母様は、なんとおっしゃっていた? ミランダはまた心のメモ帳を取り出した。



『……この人はないって思ったのに、何故かお父様がいつも視界に入るの。そしていつの間にか目で追ってしまっていた。そしていつしかお父様と目が合って、お互い少しずつ近付いて……、ふふ。運命って、自然と引き寄せられるものなのかしらね』



 引き寄せられる……。


 ミランダはまたチラリとマルクスを見た。真っ直ぐな、ミランダを熱く見つめる青い瞳。


 ……そうだわ。初めて出会ったあのパーティーでも、そして学園でも……。私の視線はいつもマルクスを追っていた。学園での彼の行動を嫌いながらも、それでもいつでも見てしまっていたじゃない。



 私の気持ちは……、私はずっと彼の事を……?



 急に全てが繋がって、ミランダは自分の気持ちに気が付いた。



 ……そうなんだわ。私、マルクスのことがずっと好きだったんだ……。



 だけど、それを認めるのが怖かった。一度は両思いだと思った彼に冷たくされ更に婚約者もいて……、振り向いてもらえるはずのない彼を想い続けているのが辛かった。そして婚約者がいるのに更に他の女性と仲良くする彼が許せなかった。


 ……そして今は、彼と婚約してもまた傷付けられるのではないかと恐れているのだわ……。



 ミランダは、じっと答えを待ち自分を見つめ続けるマルクスの瞳を見た。



「…………マルクス。私、貴方の事が好きみたい」



 ミランダの言葉にマルクスはパッと表情を綻ばせたが、間をおかずミランダは言った。



「……でも! 私は、怖いの……。貴方の心変わりが。私を好きだと言ってくれた貴方が他の女性に微笑みかけるのずっと見て来たわ。私は……この恐怖から逃れられる自信がないの。貴方を……心から信頼できる自信がない」



 ミランダは自分がマルクスに対して感じている正直な気持ちを口にした。



「ミランダ……! これからはそんな事はないと誓う。君の不安がなくなるくらい、君だけに微笑むし愛する……いや、私はミランダしか愛せないんだ」



「……『平凡な令嬢』、なのに?」



 ミランダは悲しくて、少し潤んだ目でマルクスを見た。



「……ッあれは違うんだ! あの時……ミランダに攻撃的だったマリアンネ嬢の気持ちを抑える為には君を貶める必要があったんだ。だけど、どうしても君の悪いところなんて思い付かなくて、それで苦し紛れに『平凡な令嬢』、などと……。……それにゴニョゴニョ……

(……それにそれでその後ミランダに悪い虫が付かずに済んだし……)」



 最後マルクスはボソボソを何かを呟いていたけれど、それはミランダには聞こえなかった。


 それよりも、マルクスがミランダを『平凡な令嬢』と呼んだ理由が分かった事で動揺していた。



「え……と……。他に、悪い所を思い付かなかったから、『平凡』?」



 そう考えれば、別に『平凡』の何が悪いかと言われれば確かに何も悪くはない。

 元々『非凡』な才能があると言われた事も無いしあると思った事も無い。ミランダはすこぶる、普通の令嬢なのだから。



「ミランダの少しソバカスがあって目がクリクリとして私を見つめてくれる薄紫の瞳に胸が高鳴ってしまう。そして周りの話をよく聞いてくれて、笑うと小さくエクボができるのも愛おしい。……自然に、私はミランダに引き寄せられる。君しか、私の心をこんなに揺さぶることは出来ない」



 マルクスは、そう言ってミランダの手を取った。



『引き寄せられる』


 お母様も言っていた。……そして、今正に自分もマルクスに引き寄せられている。



 …………降参、だわ。


『この人だけはない』。……そう思って……いいえ思い込もうと、していたけれど。



「……私も、……マルクス様が……好き。……大好き、なの……」



 そう言った瞬間に、ミランダは涙が溢れ出た。


 マルクスも一瞬くしゃっと泣きそうな顔をした。それから心からの笑顔になってミランダを引き寄せそっと大切な宝物のように抱き締めた。





ーーーーーーーーーー




お読みいただきありがとうございます!



ハルツハイム伯爵家の人々は、前日から近くの宿で宿泊しています。

見合いの場で突然会ったのではミランダに受け入れられないかもしれない、と思い詰めたマルクスが時間より先に会いに行きました。

結局はその時もミランダに受け入れられなかった訳ですが……。

本番はもっと気合いを入れて臨んだマルクスでした。



 

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