12 卒業 薄明かりの中で。

 卒業


 薄明かりの中で。


「ありがとう。三雲鞠さん」

「なにがですか?」

 鞠は言う。

「私は、三雲さんのおかげで、音楽を続けることができるようになりました」三久は言う。

 鞠は黙って三久の言葉を聞いている。

「三雲さんに勇気をもらって、今の私はここにいます」

 卒業証書を手に持った三久は、じっと、在校生である三雲鞠の顔を見つめる。

「あなたがいたから、私は暗闇の中で、道に迷わずに済んだんです」

 季節は、春。三月の中ごろ。

 西中学校の卒業式の日。

 その古い校舎にある、淡い光の差し込む、音楽部の部室である、古い音楽室の中に、二人はいる。

 この年の卒業式で、三久は卒業生代表として、自分の課題曲である『鳥のように自由に』を、みんなの合唱のために、伴奏として、ピアノで弾いた。

 その演奏は完璧だった。

 鳥のように自由には、『西中学校の校歌』だった。

 その曲を弾いている間に、三久は、『……みんなそれぞれ、少しずつ、自分の意思とは関係なく自然と前に進んでいく。みんな今日、中学校を卒業して、……、こうして少しずつ、大人になるんだ』と、そんなことを心から、思った。その演奏が終わって、礼をしたときに、思わず、こらえきれずに三久は泣いてしまった。

(そんな恥ずかしい思い出も、数年も経てば、すごくいい思い出になるのだ。きっと)

「私はなにもしてません」

 鞠は言う。

 それはいかにも、三雲鞠らしい素直で真っ直ぐで正直な言葉だった。

「そんなことはありません」

 三久は言う。

「あなたは、私の音楽が好きだと、そう私に言ってくれました。私にこれからも音楽を続けてくださいって、……そう言ってくれました」

 にっこりと笑って、三久は言う。

「それだけで、あのころの、『すごくぎりぎりだった私は』、すごく、すごく救われました。きっと、三雲さんが思っている以上に、私は三雲さんに救われていたんだと思います」

 三久は鞠を見て、……光の中で柔らかく、微笑んだ。

「だから、ありがとう」

 三久は言う。

「本当に、……本当にありがとう」

 そこで、三久の目から涙が溢れた。

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