第41話 外堀を埋めに来ていた兄と姉
――――【秀一目線】
雄司と陽香ちゃんが家を出たあと、ボクは律子
香の病室を訪れていた。病室に入ると律香は爽やかな春風に煽られ、黒髪を靡かせながら写真立てを手に取り見つめていた。
「体調はどう?」
「悪くはないわ。むしろ秀一の方が重傷じゃない?」
歯こそ折れなかったけど腫れ上がった左頬を指差し律香にアピールしていた。
「そうだね、この頬見てよ。雄司に殴られたんだよ!」
「ふふっ、殴られたのにうれしそう」
「やっぱりそう見える?」
「ええ! とっても」
手を口に当て、くすくすと笑う仕草は姉妹そっくりで、さすが上流階級のお嬢さまだと思わせる。
とにかく、あの大人しい雄司があんなにも怒るなんて思わなかったけど、ボクはうれしかった。雄司がボクが反応できないくらい速いパンチを繰り出せるほど成長したのだから。
ただ二人には相当嫌われてしまったはず……。
「陽香ちゃんには悪いことをしてしまったよね……」
あのジレジレしてまったく関係が進まない二人を心配したとはいえ、ボクは二人に劇薬を飲ませてしまった。
「仕方ないわ。私は秀一の取った選択が一番だと思うの」
「そうだね。家を出るとき、雄司は陽香ちゃんの手を引いて出て行ったよ。もう愛の逃避行って感じで」
「まるで雄司くんが秀一から婚約者を奪って駆け落ちしたみたい」
「そうかも」
「何が何でもあの二人には幸せになってもらわないと困るわ」
律香は持っていた写真立てをサイドテーブルに置くと、スマホを手に取り隠し撮りした雄司と陽香ちゃんのツーショット画像をじっと見つめていた。
――――【雄司目線】
「はあ、はあ、はあ……」
雛森の手を引き走っていた。これじゃまるで兄貴に嫁いだ雛森と駆け落ちしてるみたいだ。
どれくらい走っただろうか?
繋いだ手が段々と重くなってゆく。
「はあっ、ゆ、雄司くんっ」
雛森が俺に呼び掛けたことで足を止めていた。二人とも息を切らしていて、ふと周りを見ると近所の公園があったのでベンチで休憩することにした。
「ごめん……」
「なんで雄司くんが謝るんですか?」
「たくさん謝らないといけないことがあるから」
「たくさん?」
「ああ、兄貴にあんなことされたっていうのに雛森の手を握ってしまった」
「私はうれしかったです。雄司くんが私を助けにきてくれて」
兄貴に酷いことされそうになって、男にトラウマを抱えるんじゃないかと危惧したが、彼女は俺と肩を合わせると泣き出してしまう。
「怖かったです。秀一さんに助けられて以来想いを寄せていたのに……。すべて私の想い込みでした……」
初めて人を殴った。
兄貴を殴った右拳がまだじんじんと痛んでいる。普段の兄貴なら俺のパンチなんて、余裕で躱すと思うんだがもろに当たっていた。
そこは雛森に心を奪われたんだろう。
雛森はかわいいから、そのお陰で兄貴から取り戻すことができた。
ん?
取り戻す?
いや雛森は俺の彼女じゃないのに取り戻して、どうするんだよ……。
俺は思わず雛森の髪を撫で、あやしながら頭を抱えてしまっていた。兄貴みたいに律香先輩と雛森の二人と関係を持とうなんて考えたくもない。
俺はまだ律香先輩に未練が……。
だけど傷ついた雛森を放っておくこともできない。このまま偽装カップルでいることが良いとすら思えてきた。
「雄司くん……また、私とれんしゅうしてくれませんか?」
「いやでも、兄貴に酷いことされそうになってたなに、俺とれんしゅうなんて……」
「あ、あれは、れんしゅう量が足りてなかったんだと思います」
そういう問題か?
雛森は明らかに兄貴を拒絶していたように思うが……。
「分かったよ。雛森がそこまで言うなら俺も最後まで手伝うつもりだ。諦めずに頑張ろう!」
「はい!」
雛森は泣き止むといつもの通り元気に返事してくれる。彼女の返事は堪らなく心地良かった。
「あそこでれんしゅうしませんか?」
「えっ!?」
雛森が指差したのはまたあの多目的トイレだった……。
―――――――――あとがき――――――――――
【悲報】雄司のせいで陽香たんがれんしゅう好きになってしまいましたw これは責任不可避ですなーニヤニヤ。
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