第32話 箱が出せなくなるモ
「『幸運』を使用すると疲れたりとかするの?」
『箱が出せなくなるモ』
「別に構わんな」
『箱を出す時には容赦なく「幸運」を止めるモ』
「箱を出したいと思った時、だな……」
こいつは注意が必要だ。「箱を開けるモ」と発言した時には「幸運」の効果が無くなっていると考えた方がいい。
そんなこんなで、ザ・ワン一階のエレベーターへ向かう。
「お、カエデたちはもう130階に到達したんだな」
「クラウディオ殿も既に130階まで攻略済だったのでござるな」
複数人でエレベーターに入ると全員が行ったことのある階層が表示される。
今回の場合はカエデたちが130階で、俺が190階まで進んでいるので130階まで表示されているってわけだな。
おっと、何やらキラキラした目でカエデが見上げてきているじゃあないか。切れ長のシュッとした顔貌の彼女が子供っぽい仕草をすると普段からのギャップでグッとくるな。
……ともかく誤魔化しとくか。
「以前にちょこっと進んでいてさ」
「さすがでござる! して、いかほどまで!?」
「ま、まあ150階くらいは」
「やはり、クラウディオ殿こそ……」
「ん?」
「な、何でもござらん」
ポッと頬を染められても困る。どこか恥ずかしがるポイントあったか?
いや、高揚し紅潮しているのかもしれないな。カエデは割に戦闘大好きだからなあ。
◇◇◇
131階以降の地図も手持ちにあるのだが、通った部分しかマッピングしていない。次の階を目指すだけならそれで十分なんだよな。
「しまった」
「どうされたのでござるか?」
「汚いメモ程度だけど、今急ぎで階層を進んでいるパーティがいてさ。彼女らにメモを渡しておけばよかったと」
「昨日お見掛けした御仁らでござるな。して、クラウディオ殿の思い人はどちらでござるか?」
「そんなんじゃないから」
「そうなのでござるか!」
突然声が大きくなったから耳がキンキンしたぞ。
「し、失礼」と謝罪と共に目を背けるカエデなのであった。
「お、小部屋があるぞ、行こう」
「承知」
都合よく小部屋があってよかったよ。微妙な空気でどうすればいいんだ、となってしまっていたからさ。
小部屋はあからさまに怪しいひし形のヒスイが壁に埋まっていた。俺の手の平より大きなヒスイで綺麗に磨かれており、宝石的な価値が高そうだ。
触れたらどうにかなるやつだろうことは明らかなのだけど、これに触れようとする人って……いたああああ。
「どうしたぽん?」
「いやそれ、明らかに罠だろ」
「罠は無いぽん」
「そいつはマーモの腹具合と我慢次第だけど」
ひし形に触れたヌタがもう一方の手も当て、回転させるように両手を動かす。
ゴゴゴゴゴ。
なんと、ひし形の埋まっていた壁が動き出したではないか。壁が動き奥の部屋が見え――。
「ヌタ、下がるでござる」
「ヌタ、下がれ! スキル『光あれ』」
俺とカエデの声が重なる。
開いた壁の奥にモンスターらしき緑の触手が見えたから叫んだのだが、彼女と同時だったようだ。
二人より後ろにいた俺がとっさにとった対策は目つぶしだった。
触手の元が視力にたよるモンスターかアンデッドであれば効果はあるが、触手だと望み薄だな。
一方でヌタは鞭のように叩きつけてきた触手を真後ろに倒れ回避する。その触手に対しカエデが小刀を一閃し、斬り落とした。
こいつは初めて見るタイプのモンスターだな。
奥の部屋に見えたものはモンスターそのものだった。壁のところかしこから蔦が伸び、壁には目らしき光が四か所ある。
『ドアールだモ』
「倒し方が分かるか?」
『目を潰せばいいんじゃないかモ?』
「分からんってことね」
構えながらマーモに尋ねてみたものの、やはり名前しかわからないらしい。
「カエデ、ヌタ、赤い光を狙ってみよう」
「承知!」
「ぽん」
目くばせしあい、誰がどこを狙うか決める。
よおし、一気に行くぞ。
「スキル『縮地』そして、スキル『ファング』」
縮地で一息にドアールの壁際まで駆け抜け、右、左のファングで二か所の光を潰す。
遅れてカエデが別の赤い光を切り裂き、ヌタがハンマーで赤い光を叩く。
その間にも蔦が彼女らに襲い掛かってきていたので、ファングで退けておいた。
赤い光を全て失ったドアールが光の粒と化していく。
部屋全体が光に包まれ、危険を覚えた俺たちは小部屋まで退避する。
光が晴れた後、部屋はそのまま残っていて蔦と赤い光だけが無くなっていた。
ドアールというモンスターは部屋に寄生するようなモンスターだったのかな? 詳細は不明だが、倒せたから良し。
ん、さっきまでなかった宝箱が部屋の中央に鎮座しているじゃあないか。
「開けてみる。念のため小部屋にいてもらえるか?」
「いえ、何かあった時のため、この場に留まるでござる」
「ヌタは小部屋に行くぽん」
二人の意図が分かったので、彼女らの意思に任せヌタが移動するのを待つ。
宝箱の前でしゃがみ込み、蓋に手を当てる。
「開けるよ」
慎重にじわじわと宝箱の蓋を開けて行く。いつ罠が飛び出やしないかと心臓がバクバクしている。
一方で立ったまま俺の後ろで宝箱を見下ろしているカエデからは緊張感が伝わってこない。
彼女はマーモの食いしん坊具合を知らないから安心しきっているのだろう。
「ふう……」
何事もなく無事宝箱の蓋があいてホッと一息をつく。こいつは胃にくるなあ。
宝箱には巻物が入っていた。
巻物を見て最初に思い浮かぶのは「転移の書」である。こいつとは奇妙な縁で結ばれているのだろうか。まだ罠が解除できる階層の時に開けた宝箱の中にも転移の書が入っていたりしたし。
「どれどれ、お、これ『解呪の書』じゃないか」
「どのようなものかご存知なのでござるか?」
「こいつを探している人がいてね。まさか一発目で手に入るとは」
「マーモの『幸運』が引き寄せたやもしれません」
そうかもしれない。仕方ない、誠に遺憾ではあるが、ニンジンとキュウリをいつもより二本多く追加してやるか。
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