33話。モブ皇子は、囚われの王女に希望を与える

「後ろのお前たちも頭が高いです。この場で一番偉いのは、ルークお兄様ですよ!」

「おっ、おいおい……!」


 胸を反らして尊大に言い放つディアナに、呆気に取られてしまう。

 魔法の封印を解かれ、気が大きくなっているようだが……妙にさまになっていた。


 ディアナはゲームシナリオでは、やがてダークエルフたちを支配し、魔王として君臨するからな。


「ルークお兄様こそ、神であり、支配者! さっ、復唱しなさい!」

「……って、まるで俺が魔王か何かみたいじゃないか!?」

「お戯れを……!」


 さすがにヴィンセントも腹に据えかねたようで、険悪なオーラを発した。


 今はこんなことをやっている場合じゃない。

 俺は強引に話題を変えることにした。


「それよりも大事な話が……! ルーナ母さんが2日後に公開処刑にされる予定なんだ」

「それは本当か……!?」


 案の定、ヴィンセントは食いついてきた。

 その慌てぶりからして、どうもコイツの母さんへの忠誠心は本物のようだ。

 

 なら、この手は極めて有効と言えるな。

 皇帝らと話し合い、ダークエルフの主力をアジトから引き離すために、見せかけの公開処刑をすることにしたのだ。


 成功すれば、アジトの守りが手薄になり、オリヴィアを救出しやすくなる。


「そうだ。今は内輪揉めなんてしている場合じゃない。母さんを助け出すのに協力してくれないか?」

「……いいだろう。まずは、我らの根城に案内しよう。そこで、詳しく話を聞かせてもらおうか?」

「ああっ、ところで、その根城にはオリヴィア王女もいるか?」


 ヴィンセントはやや訝しげな目つきになった。

 俺としては、これから案内される先にオリヴィアがいるか、いないかは大問題だ。


 もし、いないのであれば、どこかのタイミングで、クロにそのことを伝えなければならない。


「無論だ。しかし……なぜ、そのようなことを聞く?」

「オリヴィア王女を人質に使ってマケドニア王を動かし、母さんの処刑を中止させるためだ!」


 俺はなるべく切羽詰まった様子で、訴えた。


「皇帝は俺たちの要求を飲むつもりは無くとも、マケドニア王の要求なら飲む可能性がある! なにしろ奴は、マケドニアとの戦争を回避したいんだからな」

「なるほど。その手があったか……!」


 ヴィンセントは感嘆の声を上げた。


「オリヴィア王女を傷つけるようなことはしていないだろうな? もしそんなことをすれば、この策は台無しになる可能性があるぞ!」

「……問題ない。丁重に扱っている」


 俺は顔には出さなかったが、心底ホッとした。

 オリヴィアを拷問させないために考えた策だったが、意外と紳士的な対応をしてくれているようだった。


「なら、すぐにマケドニアに使者を出してくれ。『ルーナ母さんに危害を加えたら、オリヴィア王女の命は無い』とな、空を飛べる魔獣をテイムしている者がいるなら、ギリギリ間に合うだろう?」

「……わかった。すぐに手配しよう」


 ヴィンセントは首肯した。

 この策については、俺の独断で皇帝と共有していなかった。


 俺にとっては、母さんを皇帝に殺させないための二重の策だ。

 こうすれば、オリヴィアが無事である限り、ルーナ母さんが殺される心配は無い。


 皇帝アルヴァイスは必要とあれば平気で無慈悲な手段を取る人間だ。

 奴の行動も念の為に、牽制しておく必要があった。


「だが、これは無論、確実な策じゃない。その上で、主力部隊を派遣してのルーナ母さん奪還作戦も練らなくちゃならない。処刑が行われるのは宮殿の庭だ。俺は宮殿の構造や警備体勢に詳しいから、ぜひ作戦会議に参加させてくれ」

「……ッ!」


 俺が真剣な目を向けると、ヴィンセントは考え込んだ。


 作戦会議に参加できれば、ダークエルフの現在の戦力を把握することができる。これは非常に重要なことだ。

 その上で、なるべく、多めの兵を出させれば、2日後のオリヴィア奪還作戦が有利に運べる。


「さすが、お兄様の策は完璧です! ヴィンセント、従いなさい!」


 ディアナが手を叩いて喜び、居丈高に命令した。


 俺の策を成功に導く最高の援護だった。

 えらいぞ、ディア。後で頭をいっぱい撫でてやるからな。


「……ルーナ様の奪還は我らの悲願。そのために必要な情報は是が非でも欲しい。お前にも作戦会議に参加してもおうか」

「ありがたい。知りたいことがあったら、なんでも教える。何としても母さんを取り戻そう」

「ああっ……」


 ヴィンセントは何か気圧されたように俺を見下ろした。


 俺のことをまだ多少、怪しんでいるようだが、母さんの処刑が実行されるとなれば、ヴィンセントは確実に兵の何割かを宮殿へ差し向ける筈だ。


 ヴィンセントの母さんへの忠誠心が本物なら、おそらく作戦は成功するだろう。


「……では付いて来い。我らの根城に案内しよう」


 俺たちはヴィンセントの案内で、森の中にあるダークエルフの根城に招待された。


 彼らは地下にトンネルを掘って、ちょっとした地下街を形成していた。入り口は、魔法で隠されていたので、これは地上をいくら調べても見つからないな。


 幸いなことに、ヴィンセントたちはクロの追跡には気付いていないようだった。


「ディアナ様、さぞかしお疲れでしょう。さっそく、御身にふさわしいお部屋をご用意いたします」

「その前に、できればオリヴィア王女に会っておきたいんだが?」

「なに……?」


 ヴィンセントの足が止まった。

 

「なぜ、そんなことをする必要がある?」

「ふん! お兄様に色目を使っていたメス猫! 恐怖に打ち震えている姿を見て、嘲笑ってやります!」


 ディアナがオリヴィアへの嫉妬をたぎらせて言い放った。


 これは事前にディアナと示し合わせていたことだった。

 

 オリヴィアの所在の確認は、最優先事項。多少、強引でも早めに知っておきたかった。


 それにオリヴィアを丁重に扱っているとの話だったが、魔族の価値観は人間とは異なる。

 逃げられないように足の骨を折るくらいのことは、されている可能性があった。


 そもそもヴィンセントが嘘をつき、ここにオリヴィアがいないことだって考えられる。


 ちゃんと事実を確認した上で、適切な対策を考えなければならない。


 なにより、不安に押し潰されているだろうオリヴィアを元気付けてやりたかった。


「お兄様とディアは結婚の約束をしていたのに、よくもぉ、よくもぉ!」


 すごい迫力。地団駄を踏む妹には、わざとらしさが微塵も無かった。

 ちょっとディアナのことを見直したぞ。


「ヴィンセント、今すぐに案内しなさい!」

「……わかりました。ディアナ様がそうおっしゃるのであれば」


 ヴィンセントの案内で、俺たちは牢獄に案内された。


「ひとつだけ警告を。オリヴィア姫に触れると、爆発が起きる魔法罠スペルトラップを何重にも仕掛けております。決して、お手を触れないでください」

「へぇっ、そんな危険なトラップを仕掛けているんですか?」


 ディアナが問う。


「身内に裏切り者がいないとは言い切れませんので……」


 そう言ってヴィンセントは、俺を疑い深そうに見た。


「それなら、万が一にも王女を外に連れ出そうという者は現れないな」


 俺はしれっと応える。


「その通りだ。さらに、牢獄は我らの精鋭が24時間体制で警備している。私の許可なく近付く者は、誰であろうと攻撃して良いことになっている」

「なるほど」


 さすがに厳重な警備体制だな。


「まさか、ルーク様……! ああっ、なっ、なんて……!」


 俺と対面したオリヴィアは、感激に涙を浮かべた。

 深夜にも関わらず起きていた彼女は、やや憔悴した様子だった。


「わたくしを助けに来て下さったんですか!?」


「もちろんだ、オリヴィア。ここから、君を無事に助け出すために俺は来た」

「こっ、こんなにうれしいことはありません! 神様ぁ!」

「むぅっ!」


 何やらディアナがむくれたような声を出した。


「言っておきますが、ルークお兄様が真に愛してるのは、このディアです! お兄様がそうおっしゃったんです!」


 喚き散らす妹は無視して、オリヴィアにやさしく語りかける。


「だから、どうか安心して眠って、待っていてくれないか? 必ず無事にお父上の元に帰れるようにするから」

「は、はい!」


 脱出のためには、十分に休養を取って、元気になってもらわなくちゃだからな。


「おい、待て貴様……今のは、どういう意味だ?」


 踵を返して立ち去ろうとすると、ヴィンセントが語気を強めて尋ねてきた。


「どうもこうも、ちょっとしたイタズラさ。俺はあの小娘と、火遊びをしていたからな」


 俺は邪悪な笑みを浮かべて応えた。

 オリヴィアの態度を見れば、たとえ俺がどう振る舞ったところで、俺たちが深い仲だったのは見抜かれただろう。

 

 だから、怪しまれないように、邪悪な魔族の王子を演じることにした。

 どうすれば良いかは、さんざんファンタジー系のゲームをやり尽くしてきたので、知っていた。


「希望を与えてから絶望に落とした方がおもしろいだろう? どうせ最後は、帝国とマケドニアを衝突させるためにあの小娘は殺すんだからな。俺は人間が絶望する様を見るのが好きなんだ」

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