19話。ヴィクター皇子、モブ皇子に復讐しようとして逆に全てを失う

【ヴィクター皇子視点】


「なっ、何をしているんだ!? ここは第4皇子である俺様の部屋だぞ!」


 夕方、乗馬の稽古から戻ってきた俺様は、召し使いどもによって部屋の物が次々に運び出されているのを見て驚愕した。


 奴らが、部屋の掃除や模様替えをしているのではないことは、すぐにわかった。運び出された荷物は、荷馬車に積載されていたのだ。


「そ、それは、お父様から誕生日プレゼントにいただいた魔杖!? やめろ、無礼にも程があるぞ!」


 俺様は怒りに任せて、【火球】ファイヤーボールを召し使いどもに放とうとした。


 強くならねば覇者たる資格なし、そのために魔法に励めと、お父様から激励と共に贈ってもらった大切な品まで、奴らは奪い去ろうとしていたのだ。


「騒々しぞ、ヴィクター。それはもう、お前には必要無い」


 だが、俺様の【火球】ファイヤーボールは、横合いからぶつけられた【火球】ファイヤーボールによって、掻き消された。


「お父様!」


 それを成したのは、厳しい顔をしたお父様──皇帝アルヴァイス陛下だった。


「皇帝陛下!」


 突如、姿を見せた皇帝に、召し使いたちが一斉にかしずく。


「この魔杖は、ディアナに与えるとする。余の跡目を継ぐ資格が無くなったお前が持っていても、無意味であるからな」

「ディアナに!? ど、どういうことですか!?」


 俺様は慌ててお父様に詰め寄った。


「お前の母、カミラは許しがたい罪を犯したが故に後宮より追放となった。よって、お前は廃嫡。今後はルードヴィヒ公爵家への人質として、離宮で大人しく暮らすが良い」

「は、廃嫡!?」


 次期皇帝を目指して日夜、修行に励んでいた俺様にとって、寝耳に水のできごとだった。

 いや、それよりも、今日、お母様の姿を見ないと思っていたが、ま、まさか……


「お母様は、どちらにおられますか!? お母様に会わせてください!」

「聞いていなかったか? カミラは、罪人として余罪の追及を受けておる。そして、お前は人質。今後、カミラに会うことは、まかりならん」

「そ、そんな! お母様にもう会えない!?」


 俺様は足元の地面が崩れるような錯覚を覚えた。


 あ、あんまりじゃないか。一体、俺様とお母様が何をしたというんだ?


「予定通り、ここにあるカミラの財産、私物はすべて牢獄塔に運び入れよ」

「はっ!」


 俺様は耳を疑った。


「あの下賤な魔族どもに、お母様の財産をお与えになるというのですか!?」

「そうだ。ルークは、余の役に立った。カミラの罪を暴き、帝国軍の強化に貢献したのだ。ならば、褒美を与えてやらねばなるまい? 信賞必罰だ」

「ま、まさか……!」


 あの出来損ないのルークに、俺様はすべてを奪われたというのか?

 有り得ない屈辱。あってはならないことだった。

 怒りのあまり、全身が震えた。


「待て、どこへ行く?」


 気付いた時には、もう駆け出していた。

 お父様の制止の声は無視した。


 ルークは最近この時間帯に、警備兵の詰め所前で、剣術の稽古をしていた。

 生意気にも警備兵相手に、一対多の戦闘訓練をしているのだそうだ。


 なら、そこに乱入して、俺様の魔法でヤツをぶっ殺してやる。

 【火炎驟雨】ファイヤー・レインの不意打ちを喰らわせれば、十分に可能な筈だ。


 そうすれば、いかに俺様が魔法の才に優れているか。次期皇帝にふさわしい器か、お父様も理解してくれるに違いない。


 無我夢中で走った俺様は、ルークの姿を見咎めると、魔法を放とうとした。


「し、死ねぇぇええッ!」


 偉大なる皇帝の血筋を怒らせたらどうなるか、下賤な者に思い知らせてやる。


【火炎驟雨】ファイヤー・レイン!」


 しかし、魔法が発動する直前、かざした右手に鈍い衝撃が走り、鮮血が噴き出した。右手を剣で斬られたのだ。


「ぎゃああああッ!?」

「おいおい、攻撃魔法を人様に向けて撃ってはいけませんって、ママから教わらなかったのかよ皇子様?」


 俺様を斬ったのは、ルークに剣を教えているSランク冒険者のガインだった。


「あっ、すまねぇ。お前のママは、むしろ逆のことを教えていたか? なら、俺が正しい教育をしてやる。他人に刃を向けるなら、ぶっ殺されることを覚悟しろよな?」

「き、貴様ぁあああッ! 第4皇子である俺様にこんなことをして、ただで済むと思っているのかぁあああッ!?」


 俺様は痛みにのたうち回りながら叫ぶ。骨まで達する深手だった。


「誰でもいい! コイツを、この無礼者を殺せぇええ!」

「あなたは廃嫡されたのではありまんか? ヴィクター兄上」


 ルークが俺様を冷たく見下しながら告げた。


「それにここにいる大勢の警備兵ごと、俺を殺そうとしましたね? そんなあなたに味方する者がいると本気でお思いですか?」

「な、なに……?」


 ヤツの言葉通り、ガインを手に掛けようとする者は誰もいなかった。

 警備兵は全員、白い目で俺様を見ていた。

 血が流れ過ぎたため、意識がもうろうとしだす。


「……これは母上の【上位回復薬】ハイ・ポーションです」


 ルークが俺様に薬瓶を手渡す。

 下賤な魔族女の作った【上位回復薬】ハイ・ポーションであるが、藁にも縋る思いで飲み干すと、嘘のように出血が止まった。傷口が一瞬にしてふさがったのだ。


「あっ、ぐぉおお……」


 しかし、痛みは尾を引いており、俺様は地面に突っ伏して呻いた。

 まさか、ルークから施しを受けるとは。


「母上に感謝するんですね。本来なら、俺の手で首を落とすところですが。母上の教えに従って、命ばかりは助けてあげます」

「……な、何を偉そうに。俺様は帝国の正統なる皇子だぞ!」

「よし、警備兵さんらよ。大量殺人未遂のこのクソガキを捕縛してくれ。コイツは、もはや皇族でも何でもない。れっきとした罪人だ」

「はっ」


 ガインに促されて、警備兵が俺様に縄をかける。


「は、放せ! この俺様が……栄光ある第4皇子のヴィクター様が罪人だとぉ!?」


 信じられない扱いだった。こんなことは許されない。


「ああっ、その通りだ。自覚しやがれ。てめぇは、これから一生、薄暗い牢獄で臭い飯を食うんだ」


 ガインが吐き捨てるように告げた。

 俺様の命令に従う兵士は、誰もいなかった。


 この日、俺様はすべてを失い、離宮どころか陽の光も差さない地下牢獄にぶち込まれることになったのだった。

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