11話。モブ皇子、Sランク冒険者から剣を習い、爆速で達人になる

【Sランク冒険者ガイン視点】


「剣術師範の立場を利用してルーク皇子を殺せば、金貨300枚ってか? 悪いが他を当たってくれ。俺は冒険者であって、暗殺者じゃないんでな」

「これでは足りないと? では、その2倍の報酬を出しますわ。前金で金貨300枚ではいかがかしら。Sランク冒険者、【ダンディライオン】のガイン殿?」

「おい、そういう問題じゃ……」


 ケバケバしく着飾ったカミラ第4皇妃が、呼び鈴を鳴らした。

 メイドが重そうな宝箱を抱えて運んでくる。


 ここは宮廷のカミラ皇妃の私室だ。

 豪華な調度品が並び、腰掛けたソファーは夢のようなフカフカの座り心地だった。


 根無し草の俺なんかじゃ、本来なら決して入ることを許されない高貴な場所だ。


 【ダンディライオン】の呼び名は、気ままに諸国を飛び回っていることから付いたものだ。

 俺は誰かに縛られるのが大嫌いだからな。

 

 ……だが、今は、金が必要で、そうも言っていられない状況だった。だから、皇帝からの剣術師範の依頼を受けたんだが。

 まさか、いきなり宮廷の権力争いに巻き込まれるとはな。クソ、最悪だぜ。


「コイツは壮観だな」


 宝箱が開かれると、ぎっしり詰まった金貨がきらびやかな輝きを放った。


 魔物退治なんぞやっていては、一生お目にかかれないような大金だ。


「だが、子供を殺したとなれば、目覚めが悪い。なにより、娘のレナになんて説明すればいいかわからなんでな」


 俺は席を立って帰ろうとした。

 不愉快なのもさることながら、こういった連中には関わらないのが、長生きのコツだ。


「お待ちなさい。あなたの娘は、私が預かっていますわよ」 

「なに……?」


 まさかの発言に、俺はあ然とした。

 カミラ皇妃は勝ち誇ったように告げる。


「私の依頼を蹴った上で、あのルークの剣術師範をするということは、この私に敵対するのと同じこと。かわいそうに娘さんとは、もう会えなくなりますわね?」


 コイツ……

 一瞬、俺は怒りに我を忘れかけたが、懸命に自分を抑えた。


「もしルークの暗殺に成功したら、報酬に上乗せして、私のお抱えの魔法使いに娘さんの治療をさせますわ。どう? 悪い条件ではないでしょう?」

「……はっ、俺のことを調べているようだな」


 俺は再び、ソファーに腰掛けた。


 2か月ほど前のことだ。

 立ち寄った村が、たちの悪い魔法使いの実験場にされて、村人全員が昏睡状態になった。

 そこには、俺の7歳になる娘レナも含まれていた。


 魔法使いの中には、新たな魔法を開発するために、人体実験を繰り返すクソ外道がいる。


 レナと村人たちはそれ以来、死んだように眠ったままだ。


 俺の助けになりたいと、レナは【回復薬】ポーション作りを学び始めていた。将来は薬師となって、俺の助けになりたいんだそうだ。


 そんなレナが、もう目覚めないかも知れないなんて、バカげたことがあってたまるか。


 だが、魔法を打ち消す【解呪】ディスペルを使えるような凄腕の魔法使いを雇うには大金が必要だった。


 だからルーク皇子の剣術師範を買って出たのだ。


「……約束は必ず守ってくれるんだろうな?」

「ええっ、もちろんですわ。その代わり、ルークはなるべく苦しめて、痛めつけて殺すんですわよ。死体は母親と妹に送りつけてやりますわ」


 カミラ皇妃は、人の悪い笑みを浮かべた。


「わかった。なるべくリクエストには応えてやる。その代わり、仕事の前にレナに会わせろ。今すぐにだ!」


 俺は威圧的にカミラ皇妃を睨んだ。


 王侯貴族には、平民の命になど毛ほどの価値も感じていない連中が多い。カミラ皇妃も、まず間違いなくその手合いだ。

 仕事を完遂したら、おそらく俺とレナは消されるだろう。


 だから、仕事の前にレナに会って、コイツらの手から強引にでも奪い返す。それが最善手だ。


「……よかろう。では、とくと見るが良い」


 そう言って、金貨を運んで来たメイドが水晶玉を取り出す。水晶玉にレナの寝顔が映った。

 これは遠くの映像を映し出す【遠見】の魔法じゃないか。


「レナ!? おい、ここは何処だ? 娘に直接会わせろ!」


 俺はメイドの胸ぐら掴んで脅しつけた。

 だがメイドは気圧されるどころか、冷笑を浮かべた。


「……それはできぬ相談だな。貴様の娘は、貴重な【冥界落とし】タナトスの魔法の被験体だ。できれば近くで、じっくりと経過を見たい」

「何!? お、お前は、まさか……!」

「そのまさかだ。あの村を魔法の実験台にしたのはこの私。なら、魔法を解くことができるのも、この私しかおるまい?」


 こ、こんなところで、レナを昏睡状態にしたクソ野郎に出会えるとは……

 頭に血が上りつつも、俺はメイドを注意深く観察した。


 見た目は10代ほどだが、老人──しかも男のような喋り方をするメイドだった。見た目通りの若い娘じゃなさそうだな。


 変装の魔法か……?

 それにしても、俺の殺気に当てられてるってのに、コイツの余裕はなんだ?


「素直に金を受け取って、言うことを聞いたほうが良いですわよ。このザイラスは私の実家、ルードヴィヒ公爵家の子飼いの魔法使いですわ。かの高名な大錬金術師サン・ジェルマン伯爵に師事したほどの者です」

「サン・ジェルマンだと?」


 だとしたら、まさか不老不死の秘術を授けられているクラスの魔法使いか……?


 サン・ジェルマンは一部の弟子に、その偉大なる叡智を分け与えていると聞く。

 ちっ、だからこそのこの余裕か。


 ハッタリだとしても、レナを人質に取られている状況では、俺に勝ち目は無い。ここは一旦、要求を飲まざるを得ないな。


「……わかった、仕事を引き受けてやるよ」

「そうだ。ルーク皇子を殺せば、元気になった娘に会わせてやる。安心して励むがいい」


 ザイラスはくぐもった声で笑った。


 こうして俺は、悔しさに歯ぎしりしつつも、ルーク皇子の暗殺を請け負うことになった。


 次の日──


「……あんたがルーク皇子か」


 俺はまったく気乗りしない気分で、宮廷の中庭でルークに会った。

 ルークは一見するとダークエルフの血を引いてるとは思えない白い肌をしていた。


 いや、並ならぬ美しい顔立ちは、まさに魔性のソレか……

 こいつの母親が絶世の美女という噂も頷けるぜ。


「はい。Sランク冒険者に剣を教えてもらえるなんて、光栄です。俺は一刻も早く強くなりたいんで、ビシビシお願いします」

「へぇっ」


 ルークは、礼儀正しく頭を下げた。

 王侯貴族特有の他人を見下す態度が全く無いのが、気に入った。

 興味を引かれて、ちょっと話してみることにした。


「……なんで強くなりたいんだ? 皇帝に剣術を習いたいと、自分から申し出たそうじゃねぇか?」

「母さんと妹を守りたいからです。俺たちは、魔族の血を引いてるせいで、宮廷では迫害される立場ですからね」


 ……ちっ、聞くんじゃなかったなコレは。


「最初に言っておくが、俺のことはガイン師匠と呼んで敬え。俺の命令は絶対だ。俺に師事している間は、自分が皇子だなんてことは忘れろ」


 俺は高圧的に命じた。

 いずれ、このガキを罠に嵌めて殺すためにも、絶対服従させる必要があった。


「俺はお前を、ルークと呼び捨てにする。敬語も使わない。いいな?」

「はい、もちろんです。そうでなければ、剣を教え込むなんて、無理ですものね」


 7歳のガキとは思えないほど、わきまえた返答が来た。

 なにより、コイツの全身には強い決意がみなぎっている。

 

 決心が鈍りそうになるが、俺は心を鬼にすることにした。


「……なら初日から実戦形式でいくぞ、ルーク。強くなるには、これが手っ取り早い」

「はい、よろしくお願いします、ガイン師匠!」


 ガイン師匠か。思えば、俺が弟子なんて取るようになるとは思わなかったな。


 剣士としての名声を得たとはいえ、独学の我流で強くなった俺には、そもそも、どう弟子を育てて良いかなんて、わからない。  


 だから、自分が一番強くなれると信じている方法──いきなり木剣を使っての打ち合いから入った。


 格上相手の実戦に勝る修行は無い。

 正統派剣術が重視する形稽古など、二の次、三の次だ。


 だが、木剣とはいえ、命中すれば相当な痛みが走るし、下手をすれば骨が砕ける。


 カミラ皇妃の要望通り、初日からルークを容赦なく痛めつけてやった。

 だが、ルークは少しも怯むことなく、俺に喰らいついてきた。


 たまげたぜコイツ、喧嘩慣れしているじゃねえか。

 皇子の癖に、すでに実戦を何度も経験しているとしか思えない動きと、思い切りの良さだった。


 次の日も、その次の日も、俺はルークが打ちかかってくるたびに、手痛い反撃を浴びせてやった。

 だが、ルークは修行を投げ出そうとはしなかった。


「……初日の言葉に嘘は無いらしいな」

「もちろんです」


 しかも、動きがどんどん洗練されていった。


 ルークは子供とは到底思えない敏捷性を備えていたが、最初はまだ無駄な動きが多く、返り討ちにするのは容易だった。


 だが、ルークは俺の動作や技をすぐマネして、取り入れていった。


 1週間経った今では、フェイントを混ぜて、俺を翻弄することさえしてくるようになった。

 俺のマネではあるんだろうが……虚実入り混ぜての騙し合いなんてのは、もはや達人の領域だぞ。


 その域に1週間程度で到達するなんざ、異常な成長速度だ。


 才能があるだけでなく、強くなりたいという強烈な目的意識が、ルークを爆速で成長させていた。


「まだ甘いぞ、ルーク。目線の動きでも、相手を騙せ。剣術ってのは、先の読み合いだ」

「はい、師匠!」


 いつの間にか俺は、ルークに剣を教えるのが、楽しくなっていた。


 こいつが、どこまでの剣士になれるのか、その行く末を見届けてみたい。俺の手でこいつを最強に育てたい、そんな思いにふと、囚われてしまった。

 これが弟子を育てる喜びってヤツか……?


 できれば、こんな形では出会いたくなかった相手だ。


 そのわずかな葛藤が、俺の剣を鈍らせた。

 俺たちの放った剣が、お互いの脇腹に同時に決まる。


「やった! 相討ちですね、ガイン師匠!」

「ま、まさか捨て身で一本、取りに来るとはな」


 痛む脇腹を押さえながら、俺はいたく感心していた。


 まったく、こいつは大した男だ……痛みを恐れずに大きく踏み込んできやがる。


 実戦では怯えや迷いが、致命的な隙を生む。

 いろいろ小細工は教えたが一番大事なのは、結局は勇気だ。


 戦うと覚悟を決めたのなら、躊躇なく敵の懐に飛び込んで行く勇気こそが、剣士にとって最重要だ。


 母と妹を守りたいと覚悟を決めているコイツには、それが備わっている。

 なるほど、強い訳だな……


「ああッ!? お兄様をイジメないでください!」

「うぉ!?」


 そこに突然、ドレス姿の小さな女の子が飛び蹴りをかましてきた。

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