2章。第4皇子との帝位継承争いに勝利する

7話。モブ皇子、虐めてきた第4皇子にざまぁする

 2年後──


「アヒャヒャヒャ! 逃げろ、逃げろ! 俺様の【火球】ファイヤーボールに当たったら、火傷じゃすまないぞ!」


 次々に飛んでくる火の球を、俺は転がりながら必死に避けていた。


 7歳になった俺は、宮廷の中庭で腹違いの兄である第4皇子ヴィクターから、攻撃魔法の標的にされていた。


 高価な魔杖をこれ見よがしに振りかざした8歳のヴィクターは、魔法を俺にぶつけて楽しんでいた。


 まったく、良い性格をしているな。


「おほほほっ、しょせんは出来損ないの魔族の子、無様ですことぉ!」


 ヴィクターの母親であるカミラ皇妃が、キンキン声で笑いながらはやし立てる。

 それで、ヴィクターはますます調子に乗った。


「悔しかったら反撃してみろ! 最下級魔法しか使えない無能がぁあああッ!」


 俺は皇帝アルヴァイスとその側近のサン・ジェルマン伯爵から、無能の烙印を押されたため、何をしても良い相手だと舐められていた。


 もっとも、これは俺が意図的にそう仕向けてきた結果であり、願ったり叶ったりだ。


 母さんとディアナは強大な魔法使いだと認識されているため、魔法を封じる【魔法封じの首輪】を嵌められていた。

 この首輪は、牢獄塔から一歩外に出ると効力を発揮し、魔法が一切使えなくなる。


 母さんを使ってディアナに魔法を教え込みつつ、反逆や脱走を防ぐための措置だった。


 だが、無能と思われている俺は、そんな警戒とは無縁だ。何の枷も嵌められていない。


 母さんの暗殺事件が起きるのは、今から約1年後。

 それまでは無能を装いつつ、【闇刃】ダークエッジの腕を磨きに磨いて、強くならなくてはならない。

 

 ヴィクターは俺を虐めて楽しんでるが、コレは俺にとっては貴重な実戦形式の修行だな。


 命中しそうになる【火球】ファイヤーボールを、新型【闇刃】ダークエッジ──名付けて【魔断剣】ディスペル・ソードをほんの一瞬だけ発生させて切り裂き、消滅させた。


「あん? 当たったと思ったんだけどな……?」


 ヴィクターが首を傾げる。

 

「ヴィクターちゃん、しっかりなさい! まだ魔法制御が甘いのよ。そんなことでは、兄君たちを追い越して、皇帝陛下の後を継ぐことはできないわ!」

「は、はい! お母様!」


 この2人は、まさか俺が【火球】ファイヤーボールを無効化したとは、思いもよらないようだった。

 単にヴィクターの腕が未熟で、魔法が届かなかったのだと思い込んでいた。


 これこそ俺の2年間の努力の成果──【魔法封じの首輪】を破壊するために生み出した魔剣。魔法を消滅する闇属性魔法、【解呪】ディスペル【闇刃】ダークエッジを合成し、あらゆる魔法を無効化できる効果を備えた【魔断剣】ディスペル・ソードだ。


 母さんが暗殺者に襲われた時、これで【魔法封じの首輪】を破壊できれば、母さんは自衛ができるようになり、命を救える可能性がグッと上がる。

 

 とはいえ、なるべく俺の実力に疑念を抱かせないように立ち振るまうのがベストだ。

 実戦テストも重要だが、【魔断剣】ディスペル・ソードは、そう何度も人前で披露すべきではない。


 バレても言い訳の効く、別の防御方法を試してみるか……


 俺は【火球】ファイヤーボールが右足にに当たりそうになったを瞬間、右足から一瞬、極小の【闇刃】ダークエッジを出現させて、軌道を逸らした。

 

「何をやっているのよヴィクターちゃん! また外したじゃない!?」

「あ、あれ? おかしいな……おい、お前、ちゃんと当たれ!」


 魔法のコントロールが下手だと思われて、ヴィクターはカミラ皇妃から叱責を受けた。


 俺としては最小の消費魔力で、魔法を防御することに成功できたのは、大きな収穫だ。


 6歳を過ぎて、魔力暴走で命を落とす心配が無くなった今、いかに大量の魔力を消費するかではなく、最小の消費魔力で最大の成果を得るような魔法行使を覚えていくべきだと考えていた。


 孤立無援の俺の戦いは、おそらく一対多となるからだ。


「ルーク、お前、何を笑ってやがる。下賤な生まれの分際で、高貴な俺様をコケにしてやがるのか!?」


 どうやら、自然と笑みがこぼれていたらしい。ヴィクターが顔を真っ赤にして激怒しだした。


「帝国の正統なる皇子の力を思い知らせてやる! 喰らえ【火炎驟雨】ファイヤー・レイン!」

「きゃあああッ! さすがよヴィクターちゃん! やっちゃいなさい!」


 ヴィクターは逃げ場が無いくらい無数の火炎弾を放った。


 【火炎驟雨】ファイヤー・レインは、効果範囲の広いBランクの火属性魔法だ。これほどの魔法を8歳で使えるとは、さすがは皇帝の血統と言えるが……


 こいつ、俺を本気で殺す気か?

 さすがに、これを実力を隠したまま防ぐのは骨が折れるぞ。

 

「ルークお兄様ぁああッ!」


 そこに甲高い少女の声が響いた。

 腰まで届く、月の光を束ねたかのような金髪と青い瞳。我が妹ながら目の覚めるような美少女に成長したディアナだ。


「ディア!? 来るな!」

「お兄様をイジメないでください!」


 止めるのも聞かずディアナが飛び込んで来て、【火炎驟雨】ファイヤー・レインから、俺を身を挺して庇った。


 まずい。【魔法封じの首輪】をされているディアナに、【火炎驟雨】ファイヤー・レインを防ぐ手段はない。


【闇刃壁】ダークエッジ・ウォール!」


 俺はとっさに幅広でぶ厚い大盾状の【闇刃】ダークエッジを出現させた。それで【火球雨】ファイヤーボール・レインを弾き返す。


 俺の実力がバレてしまうことより、ディアナの命の方が優先だ。


「強力な闇の防御魔法!?」

「まさか、あの小娘に嵌めた【魔法封じの首輪】が、機能していないのぉおおおッ!?」


 真っ青になったカミラ皇妃が、金切り声を上げた。

 なに……?


「サン・ジェルマン伯爵に連絡を! 宮廷魔導士団でもなければ抑えられません!」


 周りの人間は今の魔法を使ったのがディアナだと勘違いして、動揺しまくっていた。


 6歳にしてディアナは、こと魔法に関しては、怪物と呼べる域に達していた。その恐怖が、勘違いを後押ししたのだろう。


 なら、ここは最大にして最後のチャンスかも知れない。


 できれば、どこかのタイミングで実際に【魔断剣】ディスペル・ソードで|【魔法封じの首輪】を破壊できるか試しておきたかった。

 ぶっつけ本番はいくらなんでもリスキーだ。

 

 俺は【火炎驟雨】ファイヤー・レインの爆炎で視界が遮られた一瞬の隙に、【魔断剣】ディスペル・ソードで、ディアナの【魔法封じの首輪】を斬り裂いた。


 キンッと硬質な音を立てて、真っ二つになった【魔法封じの首輪】が地面に落ちる。


「やぁああああッ!」


 その瞬間、ディアナが近くにあった樹木を片手で引っこ抜く。6歳の子供とは思えない異常な光景に、その場の全員が戦慄した。

 ディアナが、身体能力強化魔法を使ったのだ。


「や、やっぱり魔法が使えるのか!?」

「ひっ、化け物だわ!」

 

 やった。

 俺は思わず内心で快哉を上げた。

 俺の実力を隠したまま【魔法封じの首輪】を破壊することに成功できたぞ。


 あとはこの首輪を粉々にして、証拠を隠滅すれば……


「ま、待て! 皇子である俺様を木で殴ろうというのか!? そ、そんなことをしたら、お父様が黙っていないぞ!」

「ディアナ様、おやめください!」

「ルークお兄様をイジメる人は、ディアが許しません!」


 ディアナはヴィクターの脅しにも、召し使いたちの制止にも全く聞く耳を持たなかった。絶叫と共に、ヴィクターたちに向かって突撃して行く。


 あっ、まさか威嚇じゃなくて、本気でヴィクターをぶん殴ろうとしているのか? それは、いくらなんでもマズイぞ。


「ディア、もういい、やめるんだ!」


 俺は慌てて叫んだが、時すでに遅しだった。


「ぎゃあああッ!?」


 ディアナは逃げようとしたヴィクターとカミラ皇妃を樹木でぶっ飛ばした。

 2人は仲良く宮廷の壁に激突して沈黙する。


「お兄様、お怪我はありませんか!?」

「……ああっ、大丈夫だ」


 俺は頭痛がした。

 これはさすがにやりすぎだろう。


「良かったです! もし、ルークお兄様がお怪我をされていたりしたら、火炙りにしても、飽きたらなかったところです! あの人たちは、いつもお兄様をバカにして!」


 ディアナは怒りが冷めやらない様子だった。

 どうやら、普段からヴィクターとカミラ皇妃が俺を見下し馬鹿にしているのが、我慢ならなかったらしい。


「一応、殺さはない程度には、手加減をしたんだよな?」

「はい!」


 ディアナが俺に抱擁してきたので、抱きしめ返す。

 俺のために怒ってくれたのはうれしかったが、今後のために釘を刺しておく。


「……そうか。ふつうの人間は壁にめり込んだりしたら死ぬから。次回からは、この10倍は手加減するんだぞ」


 ヴィクターとカミラ皇妃は壁にめり込んだまま、ピクピクと痙攣していた。


「お兄様がそうお望みなら、そういたします!」


 ……まあ、ディアナが無事だったので、この場はよしとするか。

 俺が頭を撫でてやると、ディアナは気持ち良さそうに目を細めた。

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