第24話 別れる選択を彼女は選ぶ

 変わらない休日。彼女は、ソファに座って動物特集の番組を見ていた。


 俺はというと彼女の隣に座り、本を読んでいた。読書をすることは嫌いではなく好きな方だ。


 会話することなく自分の時間を過ごしていると有沙が俺の肩へもたれ掛かってきた。


「眠くなってきたのか?」


 動物特集が終わり違うコーナーに移ると、つまらなくなったのか彼女は目をつむる。


「いえ、ただ千紘に甘えたいんです」

「有沙は甘え方が上手いな……」

「そっ、そうですか? 甘え方が上手いなんて初めて言われました」


 彼女はそう言って嬉しそうな表情をした。


 俺も甘え方が上手と誰かを誉めたことはない。けど、俺には真似できないからこそ羨ましいと思った。


「千紘も私に甘えていいのですよ」

「そう言われても……」

「こうしてぎゅっとするだけでも十分甘えていると言えます」


 彼女に急にぎゅっと抱きつかれ、驚いた俺は反射的に彼女の肩を掴み、ゆっくりと引き離した。


「千紘……?」


 彼女は勇気を出して俺を抱きしめていれくれたことはわかる。けど、今の俺は雰囲気に流されて抱きしめることはできなかった。


「ご、ごめん……。今はそういうのされると有沙に伝わってしまうから……」


 彼女が悲しそうな表情をしていたのでちゃんと理由を言って謝った。


「伝わる? 何がですか?」

「それはその……前みたいに近付いたらドキドキしてるのが伝わるだろ?」


 前に一度、彼女と電車に乗っていて近付いた時、もしかしてドキドキしていますかと言われたのでまたバレてしまうのではないかと思い、俺は彼女から離れた。


「伝わったらダメなのですか? 私としてはドキドキしていることとわかった方が嬉しいのですが……」


 有沙の言いたいことはわからなくもない。ドキドキしているのを知る側は嬉しいことだろうが、する側は恥ずかしい。


「何と言うか恥ずかしいからダメだ……」

「千紘、可愛いですね」


 そう言って有沙は抱きつくのではなく俺の頭を優しく撫でた。


「男に可愛いと言われてもな……。そ、そうだ、そろそろお茶にでもして───」


 いたたまれない空気になり、逃げようとしたが彼女に腕を掴まれた。


 掴んだ彼女の手は震えていて何かを伝えるために俺の腕を掴んだとすぐにわかった。


 立ち上がったが、もう一度彼女の隣に座り、彼女が話すのを待った。


「千紘、もし、私が別れたいと言ったらどうしますか?」

「別れたい……?」 


 もしもの話だが、突然すぎてすぐには答えが出ない。これがもし、本当の話だった時、俺はどんな気持ちでいるのか考えるだけで何も考えたくないと思った。


「千紘の素直な気持ちが聞きたいです」

「それはもちろん……まずは有沙に何で別れたいのか理由を聞いて、納得がいく理由が聞けるまで話す」


 別れたいと言ってすぐにはいとは絶対に言えない。せっかく偽りの恋人関係から本当の恋人関係になったというのにすぐに終わるのは嫌だ。


 彼女の側にいて1番に見てやると約束をしたのにそれが果たせないのも俺としては悔いになってしまう。


「千紘ならそう言うと思ってました」


 有沙がこれ以上話してはほしくなかった。今から何を言われるのかとさっきと違う意味でドキドキしている。


「千紘、大切な話があります。聞いてください」


 もしもの話で終わってほしかった。だが、彼女は言葉を続ける。


「私は千紘が好きです。私を大切にしてくれて優しくて……一緒にいる時間はとても幸せでした。これからも一緒にいたいし、まだ───千紘?」


 俺は彼女の言葉を遮り、ぎゅっと優しく抱きしめた。


 捕まえていないとどこかに行ってしまいそうな気がして俺は気付けば彼女を抱きしめていた。


「まだの続きは聞きたくない……」

「……そうは言われてもちゃんと伝えなくてはならないんです。最後まで聞いてほしいです」


 そうお願いされては嫌とは言えず俺は無言で頷いた。


「千紘、私はあなたと別れなくてはいけません」


 もしもの話は何かを確認するため、そして今、彼女から伝えられた言葉はもしもの話ではなかった。


「……理由を聞いてもいいか?」

「千紘に言われた通り、私は相手にちゃんと断りました。好きな人がいるので付き合えませんと」

「相手って?」

「婚約者です。お父様の会社と付き合いがあるところの息子さんで2つ年上の方です」


 彼女が相談したときには話してなかったことを聞かされ、驚いた。


(婚約者……有沙みたいな家が凄い人はあり得そうな話だ)


「有沙はその人が─────」

「好きになったわけではないですよ。今でも千紘のことが1番好きです。ですが、お父様に昨日かなり怒られてしまいまして」


 彼女は悲しそうな表情をして無理やり笑おうとする。


「子供同士が話し合っても簡単に親がはい、わかりました、婚約の話はなしで……なんてことにはならないんですよ。色々とあるので……」


 彼女は俺を好きでいてくれる。その相手とはあまり付き合いたくない。


 彼女のためにも俺ができることはないかと考えた。だが、部外者同然の俺に何ができるって言うんだろうか。


「説得はしたのか? その婚約者とは付き合いたくないって」

「何度もしましたよ。けど、私の言葉をお父様は聞いてくれませんでした……。この高校に行きたい、一人暮らしを始めたいとわがままを言ったのが原因でしょうか……」


 話からしてお父さんに俺と付き合っていることに関して怒られたから言われた通り、婚約者との付き合いを選んだように見えた。

 

 けど、彼女はまだ俺と付き合える可能性を探しているように見えた。


「有沙はもうお父さんへの説得を諦めて俺と別れる選択でいいのか?」 

「本当は嫌ですよ。けど……私の言葉はお父様には届きません。お父様は苦手ですが親なので嫌いにはなれません。お父様を困らせて嫌われたくはないんです」


 この話は終わらせたらダメだ。このままだと本当に別れることになって、有沙の側にいられなくなる。

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