第22話 付き合い始めた頃の話
─────数ヵ月前
「天野くん、私の彼氏になってほしいです」
「……え?」
聞いたときは一瞬、聞き間違いか冗談でそう言ったのかと思っていた。
だが、彼女は今日みたいなことがまたあったら怖いので俺に彼氏になってほしいと頼んできた。
付き合うといってもフリでいいらしく、断れなかった俺は彼女の言葉に頷いた。
「では、今日からよろしくお願いしますね、天野くん」
その時の彼女はまだ今と違って笑顔が作られたものに感じていた。
付き合ってから数日は、登下校と一緒なだけで特に恋人らしいことはせずに終了。
だが、雨が降ったある日のこと。その日は晴れだと言われていたが突然雨が降ってきた。
「雨が降ってきましたね。天野くんは、傘を持ってきていますか?」
一緒に帰ろうとしていて校舎から出ようとするものの雨が降っており、彼女はカバンから折り畳み傘を取り出した。
「いや、持ってない。借りれるかもしれないし借りに行ってくるよ」
そう言って傘を借りに行こうとすると彼女は俺の手を掴み、引き止めた。
「……一緒に使いませんか? きっと天野くんのように借りに行く生徒は多いです。今から行ってもないかもしれませんよ」
確かに彼女の言うことはあり得る話だ。けど、そんなの見に行かなければわからないことだ。
「いや、一応見に行くよ。2人で1つの傘使ったら濡れるかもしれないしな」
「……そんなに私と相合傘が嫌なんですか?」
嫌と言うわけではないが、相合傘って凄く距離が近くなるやつだよな……。
「そう言うわけではないが……」
「付き合っているのですから周りの目も気にしなくていいのですよ?」
こうしている間も雨はだんだんと強くなっていき、彼女がこうして言ってくれているのに断るのはどうかと思い、俺は彼女の傘に入ることにした。
「俺が持つよ」
彼女から傘を取り上げ、自分が持つことにした。身長差もあるし、何より、彼女に持たせるわけにはいかないと思った。
「あ、ありがとうございます……」
彼女はそう言ってなぜか俺から目をそらし、下を向いた。
目をそらされた……もしかして俺はしてはいけないことでもしてしまったのだろうか。
学校が出てから長い沈黙が続き、結局、家まで話すことなく歩いてしまった。
彼女とこれまで関わってきたことがなかったので何を話せばいいのか全くわからない。
そもそも彼氏になってほしいと言われてたが、お付き合いというものがわからない。ただ一緒にいたらいいのかなと思っていた。
エレベーターに乗り、同じ階で降りると彼女は家の鍵を出して自分の家へと入ろうとする。
「では、また明日」
「……ちょっと待ってくれ」
俺は特に何を話すのか考えずに彼女を引き止めてしまった。
「どうかしましたか?」
「……傘、貸してくれてありがとう。今からシュークリーム作るんだけど傘のお礼ってことで食べないか?」
「シュークリーム……? 作るって市販のやつではなく手作りですか!?」
どうやら手作りか手作りじゃないかが重要らしく彼女はグイッと顔を近づけて尋ねてきた。
「て、手作りだ……」
「た、食べたいです!」
「お、おぉ……わかった」
***
作っているところを見たいそうで彼女を家に入れたのだが、そう言えば一人暮らししてから女子を呼ぶなんて初めてだ。
初めての女子がまさか学校で完璧美少女と呼ばれるほどの月島有沙になるとは思ってもなかった。
「月島は、シュークリーム好きなのか?」
先程、聞いたことがないような声の大きさで食べたいですと言ったのでシュークリームが好きなのかと俺は思った。
「好きですよ。チーズケーキの次に好きです。天野くんは料理が得意なんですか?」
「まぁ……大体のものは作れるよ。スイーツ系も作れるし」
「凄いですね。私は料理ができませんので」
苦笑いする彼女はそう言って自分のことを語りだした。
付き合い始めてからこうして自分のことを話してくれるのは今日が初めてかもしれない。
仮の付き合いだとしても彼女のことをもっと知りたいとこの時初めて思った。
「ご飯とかどうしてるんだ?」
「スーパーで売っているもので何とか。料理はしません。今日の夕食はオムライスですか?」
カレンダーに今日は何を作るか書き込んでいたのを彼女は見つけて尋ねてきたので頷いた。
「いいですね、オムライス」
「……食べていくか?」
お節介かもしれないがその食生活だと心配だ。1人分増えても大した負担にはならないし、夕食に誘ってみた。
「シュークリームを頂いた上、夕食までご馳走になるのは悪いです」
「貸し借り関係なしに俺は月島に食べてもらいたいと思ったんだが……」
その時は遠慮して断っていたがシュークリームを食べた後、オムライスが食べたくなったのか彼女はお願いしてきた。
「……ざ、材料費は払いますのでオムライス、作って欲しいです」
「わかった。ところでシュークリームはどうだった?」
人に自分が作ったスイーツを食べさせたことはあまりなかったので感想を聞く。
「甘さ控えめでとても美味しかったです」
「それは良かった」
その頃から月島が家に来て夕食を食べることが増えていった。
彼女の分の昼食も作ったり、休日は家で過ごしたりと仮なのに普通の恋人らしいことばかりしていたと今振り返ってみると思う。
***
3月14日。春休みに入ってから毎日のように有沙は俺の家に来ていた。
「有沙、ホワイトデーのお返し」
ホワイトデーは、彼女が、一番好きであるチーズケーキを作った。
「あ、ありがとうございます! チーズケーキ、大好きです!」
思っていた通り、彼女は喜んでくれた。彼女が好きなものは作っている側としてだんだんと把握できてきた。
「後、シュークリームもあるから」
「本当ですか!? 夕食後にいただきますね」
今日、全て食べなくてもいいのに彼女は好物からか今日中に食べようとするのだった。
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