第8話 昨夜のこと
「今、何時だ……?」
今日は学校が休みだからといって寝すぎた。そろそろ起きないとこのままじゃ朝食と昼食が一緒になってしまう。
うんと背伸びをするとすうすうと気持ち良さそうに寝ている月島が目に入った。
「……ん?」
なぜ月島がここにいるんだ? それに俺のベッドで寝てるし。
昨日は確か、見せたいものがあると言って寝間着のような格好で10時頃に家に月島がやって来た。そこから動物の動画を一緒に見て……って俺、大丈夫だよな?
月島に変なことをした記憶はない。だから大丈夫───いやいやいや、一緒のベッドで寝てる時点でアウトだろ。
昨夜、寝る前の事を思い出そうとすると月島が俺の手を握ってきた。
「ちひろ……」
夢の中にでも出てきているのだろうか。手を握られたり、名前を呼ばれたり、だんだんと変な気持ちになってきた。
抑えろ抑えろ。今俺がすべきことは彼女を起こすことだ。
「月島……朝だぞ」
優しく彼女に声をかけると強くぎゅっと手を握ってきた。
「んん……まだ眠たいです」
「後で寝ていいから一度起きてくれ」
「ん~、千紘……?」
彼女はゆっくりと起き上がり目の前にいる俺のことをじっーと見ている。
「お、おはよう……昨日の夜のことなんだけど、覚えているか?」
「……昨日の夜? 昨日は───」
─────昨夜
猫の動画をソファに座って2人で見ていると月島がうとうとし始めた。
「月島、そろそろ自分の家に帰ったらどうだ?」
「……もう少し千紘といたいです」
俺の肩に寄りかかってきた彼女はそう言って小さく笑った。
「そうは言ってもここで寝られるのは困るんだが」
そう言った時にはもう遅かった。彼女は寝てしまい、起こしたくても起こしにくい状況となってしまった。
取り敢えず風邪を引かないようにソファに寝ている月島に毛布をかけてあげた。
そこからは記憶がない。自分のベッドの上で寝たことは覚えているが……。
「夜中に起きたら千紘がいなかったので探しまして……気付いたらここで寝てしまいました」
えへへと笑う月島を見て俺は少しほっとした。記憶が曖昧すぎて変なことをしてしまったかもと思っていたが、大丈夫だろう。
「千紘、眠いです……」
起きていた月島は再び寝ようとして俺の膝に頭を置いてきた。
彼女の頭を優しく撫でるとふにゃっとした表情になる。
もう少し警戒してもいいんじゃないか? 俺は嘘の彼氏だ。本当の恋人じゃないのにこんな姿を見せていいものなのか。
「月島は俺のこと、もっと警戒すべきだと思う」
「どうしてですか?」
「俺は男だ。寝ている間に変なことするかもしれないぞ」
「……私は千紘のこと信じていますから大丈夫です。そ、それに……千紘になら別にいいです」
何言ってるんだこの子はと心の中で軽く突っ込みを入れる。
俺ならいいってそれはつまり何してもいいってことなのか?
「そういうことは軽々しく言うもんじゃない。か、勘違いするから……」
「勘違いとは? 私は本気です!」
(本気って何!?)
「俺、今から朝食にサンドイッチ作るけど月島も食べるか?」
「た、食べたいです!」
「じゃあ、作ったら呼ぶよ」
俺はベッドから降りてキッチンへ向かった。すると月島も後をついてきた。
「千紘、洗面所借りてもいいですか?」
「ん、どうぞ」
そう言うと月島は嬉しそうに洗面所へ向かっていった。
数分後、彼女は帰ってきて俺の料理姿を見ていた。
「昨日の猫さんの動画可愛かったですよね」
「そうだな」
動物の動画などあまり見ないのだが、案外癒されるな。最初は、数分だけ見るつもりが、動画が終わるとオススメでまた関連の動画がでてきて見ることをやめるタイミングを失った。
猫ではなくウサギの動画も可愛くて癒されるらしいから今度また見てみよう。
って、癒され動画を求めて俺はもしかして疲れているのか?
「ちなみに私と猫さん、どちらが可愛いですか?」
「どっちって……月島も猫も可愛いけど」
「どっちもはなしです」
「月島かな」
「ふふっ、ありがとうございます」
手で隠して小さく笑って彼女は何かに満足したのかソファの方へ言ってまたふにゃと寝転んでしまう。
(なんか、月島って動物に例えるなら猫みたいだな……)
サンドイッチを作り終え、朝食をテーブルに並べると月島はバッと素早く起きてイスに座った。
「わぁ、美味しそうです。いただきます!」
「いただきます」
月島は、一口パクっと食べる度に幸せそうな表情をしていた。
(笑顔が天使すぎる……)
「千紘、今日は予定ありますか?」
「今日は深と映画を見に行く予定だ」
「映画ですか。楽しんで来てくださいね」
「あぁ……楽しんでくる」
***
「千紘、月島さんと上手くやってるのか?」
映画が、始まるまでの間、俺と深はファーストフード店で飲み物を片手に話していた。
「上手くってまぁ……」
「まぁ……ってなんだよ。見ている限り、月島さん、千紘にベッタリだし、俺から見たらいい感じに見えるけどな」
ベッタリ……確かに月島は他の人とは違って俺にだけかなり距離が近い。それは嘘の恋人を演じるためのものかと前までは思っていたが最近は違う気がしていた。
「なぁ、深。これは秘密にしておいてほしいんだが────」
友人に嘘をつくのは嫌だと思い、俺は深に月島とのことを話した。
「やっぱりね、そうだと思ったよ」
「やっぱり?」
「距離がね……。月島さんはグイグイ行くけど千紘はそれに一歩引いてるって感じ。本当に付き合っているわけじゃないから距離を保ってるんだろ?」
「そう、だな……。俺と月島の関係は誰にも言うなよ。月島のために」
「わかってるよ。誰にも言わない」
飲み物を飲み終え、深はイスから立ち上がった。そろそろ映画の時間なので俺もイスから立ち上がろうとすると月島からメッセージが来ていることに気付いた。
『千紘、帰ってきたら教えてください』
夕食のタイミングが知りたいのだろうかと思い、俺はわかったと返信した。
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