第6話 あなたには言っておきたいことがあるの

「味付けはこれくらいで良かった感じ?」

「丁度いいんじゃないか? 何か問題でもあった?」


 河合真幸かわい/まさきは疑問口調で返答した。


「んん、だったらいいんだけどさ」


 白石美蘭しらいし/みらはカレーをスプーンで掬い、それを口にしていた。

 彼女は悩んだ表情を見せていたのだ。


「美蘭からしたら普段と味付けが違うとか?」

「そうじゃないけど。私さ、あまりカレー食べないんだよね」

「そうなの?」

「だからさ、このくらいの味付けでもいいのかなって」


 不安そうな口調で、彼女はスプーンで口元に運んだカレーと、皿に盛りつけられているライスを交互に食べていた。


 テーブル上には四人分のカレーライスと、スーパーで購入してきた唐揚げ。それからポテトサラダがある。

 コップには水が入っており、四人で夕食を楽しんでいたのだ。


「私。なんていうか、恥ずかしい話なんだけどさ。料理がそこまで上手くなくて。昔、私もカレーを作ったことがあったんだけど。文香も食べたことあるでしょ」

「う、うん」


 白石家のリビング内。一緒のテーブルにいる白石文香しらいし/ふみかは、対面席にいる姉の美蘭の問いかけに頷いていたのだ。


「それからカレーを作らなくなってさ。今は簡単に作れるサンドイッチにとか、野菜炒めくらいしか作らないんだよね」


 美蘭はため息をはいていた。


「でしたら、私がそこは手伝いますよ! 私、料理とか得意なので」


 妹の河合咲夜かわい/さくやが美蘭に問いかけていたのだ。


「本当? でも、私、レシピ見ても上手に作れるかわかんないよ」

「頑張れば何とかなりますよ! でしたら、最初に文香さんに教える形でもいいですか?」


 文香の隣に座っている咲夜が、そう提案していた。


「その方がいいかもね。後で、私が文香からゆっくりと教えてもらうって感じで。文香、ちゃんと咲夜から習っておくんだよ」

「うん」


 文香はカレーを掬ったスプーンを持ちながら軽く頷くだけだった。


「そう言えば、美蘭って、普段から文香さんと二人で過ごしているの?」

「まあ、そうね。両親もいるんだけど。ちょっと仕事の都合で別のところにいるって感じ」

「そうなんだ。じゃあ、普段から大変じゃない? 自炊しないといけないし」

「まあね、そうかも。でも、私は慣れたし、この生活も悪くないかなって」


 美蘭の声のトーンが小さくなっていく。


 学校内では明るい性格をしているのに、どこか悲しそうにも見える。


「まあ、そんな事よりさ。今は食事中だし。明るく行こうよ」


 美蘭が急にテンションを上げだしたのである。


 あまり聞いてはいけない事だったのかもしれない。

 家庭事情は人によって違うのだ。

 これ以上は踏み込んだ話はしない事にした。


 真幸が難しい顔を浮かべていると、美蘭からは笑顔を向けられ、カレーのおかわりが必要かどうかを聞かれたのであった。


「いるけど。自分で取ってくるよ」


 カレーが入っている鍋や、ご飯が入った炊飯器はリビング隣のキッチンにあるのだ。


 真幸は席から立ち上がって、キッチンへと向かって行こうとする。

 すると、隣に座っていた美蘭も立ち上がってついてきたのだった。




「ねえ、ちょっと話があるんだけどさ」

「え?」


 キッチンの方で二人っきりになった時に背後から話しかけられる。

 いつもと違って声質が低かった。


「重要なこと?」

「まあ、そうかも。一旦、カレーの皿をおいて」


 美蘭から促されたのち、美蘭の部屋まで案内されたのである。


「あのさ、ちょっと話しておきたいことがあって。昔、文香の事を助けてくれたんでしょ」

「う、うん。そうだけど。でも、あの時は美蘭はいなかったよね?」

「あの時はバイトしてたからね。多分、あの時は文香は友達と遊んでいて、その帰りの事だと思うわ。そのことについてなんだけど、全然お礼が出来ていないと思って、真幸はどんなお礼の仕方がいい?」

「その話?」

「そうだよ。というか、真幸と付き合う事にしたのも、文香の意見を踏まえてなんだからね」

「そうなの?」

「文香が、あの時助けてくれた人となら付き合ってもいいって。そんな事を言われてさ。今年、真幸とは丁度同じクラスになったじゃん。だから、私、思い切って告白した感じ」

「じゃあ、俺の事が好きとかじゃなくて、妹の文香さんに言われたからってこと?」

「そうじゃないよ。普通に……私も真幸のことが気になってからで。そういうこと」


 美蘭は上目遣いで、真幸のことを見つめていたのだ。


「そうなんだ」

「裏事情を知りたくなかったとか?」

「いや、本当の事を言ってくれてよかったよ。今日さ、いきなり、君から告白されて、ちょっと戸惑ってたんだ。釣り合わないと思ってさ。でも、そういう事情があったんだね」

「でも、釣り合わないとか、そんなことないよ。真幸だって本当は心優しいでしょ。他の人はそこまで知らないだろうけど。私は、真幸のことをちゃんと理解しているから安心してね」

「ありがと。そう言ってくれると、何か嬉しいし」


 部屋で二人きりで会話していると、誰かの視線を感じていた。


 二人が扉の方へ視線を向けると、そこには扉からチラッと覗き込んでいる咲夜と文香の姿があったのだ。


「ちょっと、文香、勝手に見ないでよ!」

「ご、ごめんなさい。でも、咲夜さんが」

「え? わ、私のせいなの?」

「まあ、いいから、私らもリビングに戻るから、二人は先にリビングに戻ってて!」


 美蘭は強気な口調で言い放ったのち、真幸にこれからもよろしくね的な感じに、意味深なウインクをしてきたのだ。


 真幸は対応に困り、照れながらも軽くはにかんでいたのだった。

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